ダイビング





 休日をどのように過ごすか。
 角松洋介は独身であり、恋人もいない目下気楽な身分だ。久しぶりの長期休暇に、思い切り羽を伸ばそうと前々から計画を立てていた。そう、草加に会う以前から。

「角松さん、GWはどうするんですか?」

 だから草加が、やけに楽しげにうきうきと問いかけてきたとき、即座に答えることができた。

「オーストラリアに行く」

 予定などないだろうと高を括っていたのか、まさか海外だとは思わなかったのか、しばし草加は固まった。

「…誰とです?」

 再起動を果たした草加がいくぶん不満そうに訊いてくる。拗ねた子供のような表情だ。別に角松が草加に気兼ねする必要は、それこそまったくといっていいほどないのだが、彼は宥めるように答えた。

「ダイビング仲間とだ。今回は6人だったか」

 角松は生まれも育ちも海の見える場所だった。勤めている会社も海に関係する仕事をしている。ダイビングは数多い角松の趣味のなかでも一番のお気に入りだ。もっとも昇進してからというもの簡単には長期休暇がとれなくなったこともあり、ずいぶん遠ざかっているのだが。今回はだから、本当に久しぶりなのだ。

「………」

 ここは角松もお前はどうするんだと問うべきなのだろうが、草加がどう答えても角松の予定が変わるわけではなく、草加を誘うことなどできるはずがなかった。すでに予約は入れてあり、満員御礼の状態である。だから角松はことさら楽しげに、自分がいかに休暇を待ち望んでいるかを話すに留めた。青い海を思い浮かべるだけで、自然と顔も綻ぶというものだ。
 草加の表情が目に見えて沈んだ。なんだか苛めているような気分になってしまい、角松は困り果てた。いくらなんでも、自分のことを好きだと言う男と、しかも前科アリの男と連休を一緒に過ごすつもりはない。その意味がわからないほど角松は初心でも鈍くもなかった。角松にとって草加はいまだに性的暴行を働いた犯罪者である。草加がその後恋におちたからといって、その事実が無くなることはないのだ。後悔していようが遅すぎる。
 恋愛は楽しいことばかりではない。草加はそれを知っただろうか。自分の思い込みがすべて上手くいくはずがないということを。悩み、苦しみ、すべての負の感情と甘いときめきの喜びが混淆して息すらできなくなるほどのあの爆発的な感情を。ただ自分の喜びだけを求めているのならペットでも飼ったほうがよほどマシだろう。ワン・マン・アニマル。相手を自分の「モノ」にしたいのなら。
 角松は草加を突き放した。会えずにいる間に草加が考えるのが自分に都合の良い妄想ばかりなら、彼の恋とはその程度のものなのだと見限るつもりでいた。角松のことなど考えもしなかった、というのならば論外だ。気分の良い友人関係の、その一歩手前で線を引く。
 そして。そしてもし本気であれば――その時は。
 俺も答えを出さなくてはならないだろう。角松は怒ったような淋しげな顔をしている草加によい休日をと言った。