あなたが欲しいと鳴り響く





 何かと騒がしいオフィスに、実に不釣合いな美しい音楽が鳴り響き、一瞬その場が静まり返った。

「愛の讃歌…?」
「誰のケータイだ?」

 メロディは鳴り続けるが、誰も自分の携帯電話を探す気配がない。皆が自然と耳を澄まし、音の発信元を探した。視線が集中した先にいたのは角松洋介。ここのボスである。

「課長、ケータイ鳴ってますよ」
「?」

 まさか自分だと思っていなかった角松は、半信半疑で自分の携帯電話を取り出した。確かに音楽はここから流れてきている。何にすべきか迷ったあげくにシンプルな黒電話のベルにしてあったはずの着信音に首をかしげつつ、角松はスライド式のそれを開いた。
 そこで、途切れた。
 電話の相手は草加拓海。もちろん、相手によって着信音を変えるなんて小技を角松がするわけがない、草加が設定したのだろう。なんともわかりやすく子供っぽい自己主張だ。呆れたため息を吐き出し、角松は着信をマナーモードに変更した。部下の目が生温かいのが堪らなかった。



「草加、なんだあの着メロは!」
「気に入りませんでしか?」

 開口一番怒鳴りつけた角松に、けろっとして草加が言った。まったく悪びれていないどころか込められた意味に気づいてくれたのかという喜びのほうが大きいようだった。

「今すぐ変えろ」
「はい…」

 有無を言わさない剣幕で睨みつけられてしまい、草加はしぶしぶと従った。いい方法だと思ったのに。ぼそりと草加が呟いた。私からの電話が鳴るたびに、私の想いがあなたに届く。それはとても素敵なことではないですか?ああそりゃいいアイデアだろうよとじろりと睨みつつ角松は応えてやった。ただし想いが通じ合っていればの話だ。角松としてはこのままのいい友人関係でいいじゃないかと思っている。

「角松さん」
「…なんだ」
「好きですよ」

 にっこり笑って臆面もなく言い切った草加に、角松はがっくりと肩を落した。
 翌日、再び草加からの電話が鳴り響いた。オフィスでなかったのは幸いだったろう。今度こそ角松は呆れるどころではなくなってしまい、慌てて周囲を見回したほどであった。
 着信音は「Je te vewx.」。
 角松洋介は電話にでることなく電源を切り、そして着信を拒否に指定した。