恋とはどんなものかしら





 思い切り腫れあがった頬に湿布を貼って会社に出たら、案の定騒ぎになった。どうしたのだという部下たちの問いに、草加は正直に殴られたのだと答えた。彼らは口々に加害者を責めたてたが、もとはといえば草加の自業自得である。むしろ、拳の一発で済ませてくれたことに感謝しなくてはなるまい。角松は許すとはいわなかったが、草加の謝罪を受け入れたのだ。それで、充分だった。

「相談?」

 昼休みになり、草加が同じく企画部の主任である滝に相談があるともちかけると、滝はまず草加の情けない姿を笑い、次に同情し、それからようやく話を聞く体勢になった。

「…で、何だ?」

 食後の番茶を啜りながら何気なさを装って滝は促した。内心ではこの草加の相談とはなんであろうかとあれこれ考えている。草加はおもむろに切り出した。

「好きな人に振り向いてもらうには、どうしたらいいのだろうか?」
「はあ?」

 草加の質問は、まったく滝の意表をついていた。何かのまちがいか冗談だろうかとまじまじと睨みつけてみるも、草加はいたって真剣な顔つきである。ましてや草加がこの手の冗談を言える性格ではないことを滝はよく知っていた。もっとも、冗談だったとしても笑えないが。

「……、草加、お前いくつだ?」
「?32だが」

 32にもなってそんな質問をしてくるな。滝はよっぽど怒鳴りつけてやろうかと思った。草加とは高校からの腐れ縁で、彼の交友関係もおおまかには知っている。草加はもてるくせになぜか彼女を作ろうとしなかった。当然、恋人がいない歴32だろう。恋愛によほどすごいトラウマでもあるのだろうかと思っていたのだが、こんなことを相談してくるということは、おそらく初恋もまだだったのだろう。草加が同性愛者であることを知らない滝は、ある意味鋭かった。まさにその通り。草加拓海は32にして初めての恋に夢中になっているのだった。

「とりあえず、告白でもしたらどうだ」

 なかば投げやりに滝が言った。

「した。ふられた」
「…そうか……」

 身も蓋もなかった。ならば潔く諦めたらどうだと言いたいところだが、諦めきれないからこそこうして滝に頭をさげているのだろう。

「ならば2人で会う機会を作り、そこでアピールしたらどうだ」
「顔も見たくないと言われた」
「………」

 一体何をしでかしたのか知らないが、そこまで嫌われるのはよほどのことだ。振り向いてもらおうなど、虫が良すぎだと思わないのだろうかと滝は脱力する思いだった。正直にいって、見捨てたい。しかし草加に「役にたたなかった」などと言われるのは大変屈辱だ。滝は辛抱強くつきあってやった。
 それから滝は昼休みの時間一杯使ってあれこれとアドバイスをしたのだが、草加ときたらそのどれもを台無しにするようなことをやっており、呆れかえってしまった。遅い初恋は重症だ。加減ができないらしい。

「…花でも贈れ」

 とうとう滝は匙を投げた。

「花?花か…」
「オーソドックスすぎる手だが、とりあえず花を貰って怒るやつはいない」
「そうか」

 草加は感心したように神妙にうなずいた。精神的に疲労困憊した滝だが、ほんの少し溜飲が下がった。
 確かに花を贈られて怒る者はいないだろう。だが、時と場所と相手を選ぶという点においては、他の贈りものに比べて難しいのも花なのだった。

「ありがとう」

 素直に感謝され、滝も満更ではない。がんばれよと言ってやれば思いがけないほど嬉しそうにうなずかれてしまった。



 その日、草加は真紅のバラの花束を持って角松の前に現れ、怒られるどころか愛想をつかされたのだった。