まだ始まってもいないのに





 初対面の相手と親しくなるには、とにかく相手の話を聞くことだ。その点を角松もよくわきまえているらしく、上手に話をし、草加の話を聞いた。否定的なことは何ひとつ言わなかった。
 草加は角松を輝かせている魅力が、単に外見だけのものではなく内側に隠された強靭でしなやかな心にあることを知った。そして、角松洋介という男をもっと深く知りたくなった。
 角松も同じ思いだったのか、草加が自宅に誘うと疑いもせずにのってきた。親しみのこめられた眼差しに胸が高鳴る思いで草加は欲望を膨らませていった。互いの理解を深め、独占する。その方法を、草加拓海はひとつしか知らずにいた。

「乾杯しましょう」

 これ以上酔って迷惑をかけてはと、角松は何を飲みますかと尋ねた草加にビールと答えていた。綺麗に白い泡の浮き上がったグラスを掲げた彼は何にと上機嫌で問う。草加は目を細め、角松を促した。

「私たちの出会いに」

 乾杯。カチンとグラスがぶつかり、泡が揺れた。にこにこと嬉しそうに角松がグラスにくちびるをつけ、一口ずつ飲み込んでいく。喉が動くのを確かめて、草加もグラスに口をつけた。
 角松の目が戸惑ったようにビールを見て、それから草加を見た。まだ何も疑っていないが、もの問いたげに。安心させるようににこりと微笑めば、彼はバツが悪そうに苦笑した。

「このビール、変わった味だな」
「初めて飲みましたか?」
「ああ。どこかの地ビールか?」

 最近は技術の進歩と流行により、その土地の名産品を使用した様々な地ビールが販売されている。規模の大きなデパートメントストアに行けば、それこそ日本だけではなく輸入物のビールまでよりどりで選べるだろう。しかし、これはそうではない。どこにいっても買えないし、騙まし討ちで飲ませるものでもなかった。

「まあ、そんなところですね」

 草加はしゃあしゃあと言ってのけた。そのうちに気づくかもしれないが今ここで自分が明かすことはない。なによりそれでは楽しめない。ゆっくりと角松が乱れ堕ちてゆくさまが見たかった。
 角松のビールにだけ、草加は薬物を混入させていた。今はまだ違法ではないもののそのうち規制されるのは間違いないだろう、次々と処方の新しくなるドラッグの一種だった。
 こういったものにありがちな特徴である副作用としての依存性は当然のように強いが、量を調節してあるし、角松ほど体格の良い男であれば、効果は短い時間だけだろう。草加に罪悪感はまったくなかった。
 角松は初めての味に恐る恐るといった様子で飲んでいる。好みではないが、残すのも悪いと思っているのだろう。草加が嬉しそうに自分を見ているのに気づくと、怪訝そうな顔をした。

「ずいぶん楽しそうだな…」
「はい。楽しいです。…とても、ね」

 含みをもたせた口調をどう思ったのか、角松は最後のひと口をぐいっと飲み干した。ちいさく息を吐き、身体を震わせる。

「おかわりを持ってきましょうか?」
「いや、いい。…酔ったみたいだ」

 そろそろ帰るよと言って角松は腕時計を見た。電車は動いている時間帯だ。
 ふわふわと視線を彷徨わせている角松は、しかし立ち上がろうとはしなかった。体が軽くなったような浮遊感に包まれている。酒に酔ったくらいでこんなふうになっただろうかと頭の片隅で思うが、他に答えはでなかった。疲れているのだということで納得してしまう。帰らなくては。このままでは醜態をさらして、せっかく新しくできた友人に迷惑をかけてしまいそうだ。ぼんやりとした思考のなかで生き残った理性が言う。この不思議な気持ちよさに身を委ねたいと思う誘惑を、角松は振り払おうとした。

「角松さん」
「…っ!」

 至近距離にせまった草加の顔に、角松の心臓がはねた。お化け屋敷でふいに何かに襲われたように、ドキドキしている。

「あ、草加…?」
「そうですよ」

 草加の手が膝頭を撫でていた。その手が上へと忍び寄っていく。くすぐったさに身を震わせた角松が制止する前に、草加は離れていった。

「立てますか?」

 差し伸べられた手をとって、角松は立ち上がった。指先がそっと手首をすべる。ぞくりとしたものが角松の背筋を駆けていった。それが何であるのか曖昧なまま、草加に誘われる。

「ベッドに行きましょう」

 ベッド。なぜ行かなくてはならないのかと思ったが、手を引かれるまま連れて行かれる。草加がドアを開けた。隙間から覗く寝室は暗闇のなかにあった。音も立てずに扉が開かれていく。
 角松はいいようのない不安に襲われた。立ち竦む。
 そこへ行ってはいけない。

「角松さん。…さあ」

 草加が笑いながら手を引いた。行きたくない。奇妙なほど温かい手が不安と、なぜだか期待を増長させていく。そこに何が待ち受けているのだろう。角松は誘惑に逆らえなかった。彼はまっすぐにベッドへと向かい、身体を横たえた。上掛けのさらりとした感触が気持ちいい。細波のように湧き上がる不快とも快感ともいえる胸の動悸を押さえようと深呼吸する。自分のものではない体臭が染み付いたベッドに寝ているというのに、現実感が掴めなかった。

「角松さん」

 やけに嬉しげに草加が呼んだ。ここにいたってようやく角松は自分の体がおかしくなっていることに気づいた。そして、原因がなんであるかもわかった。

「おまえ…何した?」

 さっきのビールだ。草加はベッドにあがると、角松に覆いかぶさるように馬乗りになった。

「これからするんですよ」
「これから…?」

 この状態で角松が思い浮かべたのは、財布をとられるか命をとられるかという犯罪だった。ついさっきまで、あれほど親しくしていた相手に。あの笑顔や言葉は、すべて偽りであったのだ。騙されたのだという怒りと、ついていった自分への後悔と憤り、そして哀しさが危険に対する恐怖よりも上回った。それをどう思ったのか、慰めるように草加が言った。

「あなたに危害を加えたりなどしませんから、ご心配なく」
「何を…する気だ?」

 出会った最初からだった丁寧な言葉遣いが癇に障る。額がくっつきそうなほどの至近距離に角松は顔を背けた。草加が胸元に顔を埋め、くすりと鼻を鳴らす。

「案外、鈍いんですね。わかりませんか…?」
「………っ…?」

 そろりと体のラインをなぞられて、角松がちいさく跳ねた。体の奥に溜まりつつあった重い塊のような不安感にも似た感覚が鋭敏になっていく。
 何のことだと角松は目を瞬かせたが、すぐに意味を悟る。驚愕と、まぎれもない恐れが瞳の中を走りぬけた。

「怖くはありません。大丈夫」

 大丈夫だとかそんな問題じゃないだろう。起き上がって草加をぶん殴ろうとしたが、身体は骨が抜けたかのようにくにゃりと崩れ落ちた。それでも戦わなくてはと思う。男に犯されるなんて御免だ。

「あぁ…」

 角松は熱っぽいため息を吐いた。草加の手は確認をとるようにあちこちを彷徨って、ゆるやかに彼を追い詰めていく。シャツを脱がせていく指先が胸をかすめる、些細な刺激にさえ敏感に反応した。
 男同士でこんなことをしたって気持ちが悪いだけだ。そう思う頭と素直に快感を受け取る身体が切り離されていく。
 まるで自分のものではないような腕をなんとか動かして、草加の頭を掴む。戦うことも逃げることもできないのなら止めさせるしかないのだが、目の前の男はそんなつもりはまったくないようだった。それどころか、くすりと笑うと角松の股間にそっとくちづけた。

「……っ!」
「ふふ…期待していますね」
「ちが…っ」

 そこに息がかかっただけで震えた。体の奥に蠢く重い熱は、いまやはっきりと快感だとわかる疼きに変わっている。認めたくないが、確かに角松の身体だけは、これから与えられるだろうものに期待しはじめていた。
 草加は組み敷いた体躯にほぅっと感嘆のため息をついた。胸が大きく上下しているのは薬のせいだろう。汗ばみ、上気した肌はなめらかに張り詰めて角松洋介を形作っている。まったく見事というほど完成されていた。まるで生贄のようにこれから自分の身に起こることを畏れているのだろうに、決して屈しようとしていない強い瞳。彼は美しかった。
 草加は顔を近づけた。キスだとわかった角松はくちびるを噛み締めて顎をあげた。触れようものなら噛み付いてやるという決意を込めて睨みつければ、草加はやさしげな顔いっぱいに凄惨な笑みを浮かべた。

「…強情ですね」

 そのほうがこちらも楽しいですがと言う。そこはあとでたっぷりと味わわせてもらいますよ。ドクドクと脈打っている角松のものを手の中に収めると、草加はゆっくりとなぞりあげた。ただそれだけで、角松が大げさなほど跳ね上がる。

「あっ…!」

 熱が集中したそこは、たちまち大きくなり、反り返った。角松はぎゅっと目を閉じ、シーツに顔を押し付けた。草加の見ている前で、感じている姿を晒したくなかった。
 ふわりと立ち上る色香に、草加はごくりと喉を鳴らした。血液が巡り一箇所に集中していく。この男を自分のものにしたい。強い願望が湧き上がる。
 草加はベッドの脇にある棚からローションを取り出すと、角松の腰をかかえあげて奥の蕾へと垂らした。

「ひ…っ?」

 いきなり冷たいものに襲われた角松がちいさく悲鳴をあげた。襞を撫でた指が蕾を強引に開かせ、とろりとした液体を中へと滑り込ませていった。

「…っ、気持ち、悪い…っ!」
「すぐによくなりますよ」

 正直すぎる訴えにムッとしたのか間髪をいれずに草加が言った。抗おうと揺れる足を押さえつけ、角松のそれを咥えると、彼はひゅっと息を飲み、一瞬身体を強張らせた。腰が浮き、もっとというように震える。それに気づくと顔を赤くして止めるのだが、草加が舌を這わせる度に耐え切れないというように腰が揺れた。

「あ、あぁっ、やめ…」

 角松はなんとか頭を振って正気を取り戻すとした。強引に与えられる快感は強烈すぎて怖ろしい。
 蕾を撫でていた指先がそこをやさしく突く。しかし受け入れるどころか慣らされたことすら一度もないそこは、僅かに開くことはできても指の侵入を許さなかった。成人男性の太く長い指。
 自分の指で彼の内壁を確かめたいと思ったが、今すぐは無理そうだった。そう判断した草加は逸る心を抑えて棚から小さな道具を取り出した。口の中の角松は育ちきり、苦みばしった粘液を溢している。ここまで追い詰められてしまえば、もう拒めない。草加はそっとそれを彼の中に押し込んだ。指よりもずっと細いそれはローションで濡れた内部にぬるりと入り込む。突然の侵入者に、脅えた蕾はぎゅっと閉じられた。

「なっ?な…に…?」
「大丈夫です。痛くないでしょう?」
「いや…だ…!」

 こんなこともあろうかと、というお定まりのセリフを思い浮かべ、草加は眼前で震えているものの先端を舌先でちろちろとくすぐった。太股が痙攣し、草加の頬を挟み込もうとする。今にも弾けそうだ。

「ぅあ…。や、めろっ」

 角松はベッドの上でもがき、逃れようとした。手がシーツを掻き、波紋を作る。もちろん止めるつもりのない草加には無意味どころか煽る効果しか与えなかった。サディスティックな欲望を満足させるだけだった。
 草加は埋め込まれた蕾から細く伸びたコードの終点についているスイッチを回した。低い振動音が響き、角松がベッドに沈む。

「あ…っ!?あ――…!」

 信じられないというように見開かれた目に涙が浮き上がり、視界が霞む。草加が上体を起こし、両手を掴んだ。ベッドに磔られた獲物をじっくりと眺め回す、支配者の眼差し。腰から全身に行き渡る甘い毒のような痺れが脳髄まで愉悦に染め上げていく。

「や、め…。やだ、いやだ…。そこは…っ」
「ふふ…、気持ちいいでしょう。これからもっと、よくなりますよ」
「やぁッ、あ…、は……っ」

 頭を振って嫌がると、ぽろっと涙が転がり落ちた。妙に温かい感触が頬をすべっていく。泣いているとわかっていても、止められなかった。涙は生理的な嫌悪感からくるもので、もはや逃げられない角松にとって残された唯一の自己主張だといえた。泣きながら喘いでいる姿が草加にどう映っているかまでは考慮できなかった。

「アァ…ッ」

 ゾクリと寒気に似たものが背筋を這い上がったのを、見澄ましたように草加が内部に埋め込んだものを引き抜き、また中へと押し込むのを繰り返す。振動しながら出し入れされる、ありえない刺激にそこはしだいに緩み始めた。ジンとした熱い塊が奥に溜まりつつあった。

「んン……ッ」

 思いがけないほど甘い声が漏れて、角松は赤くなった。草加が嬉しそうに微笑み、額にキスをする。涙の筋を吸い、それからくちびるに近づいていった。ただ喘ぐことしかできずにいる角松のくちびるをやわらかく噛む。

「ふぁ…、んっ」
「…っ!」

 角松が咄嗟に噛み付いた。草加がくちびるを抑えて身を起こす。口の中に血の味が広がる。
 息を荒げながらも涙の滲む瞳で角松は草加を睨みつけた。

「…可愛いですね」

 酷くしたくなる。草加は角松に、脱いでいくところを見せ付けた。これからこの身体が自分を蹂躙するのだとでも言うように。雪国出身の白い肌が暗闇に浮かび上がる。角松ほどではないにしろ、草加も鍛えられた体躯を持っていた。
 余裕をみせている表情とは裏腹に、草加自身は正直に興奮を表していた。今からこれが中に入ってくるのだとわかる角松は、引き攣った顔で目をそらすこともできずに凝視している。わざとゆっくりコンドームを被せ、濡れた手で頬を撫でる。角松がびくっと震えた。
 角松をうつ伏せにひっくり返すと、いまだ異物を咥えこんだままの蕾に擦り付けた。

「あ…!」

 腰から腹筋を撫で上げれば、脅えたように期待するようにそこは収縮した。角松がシーツにしがみついた。自分の身にふりかかるすべてのことに、諦めたようだった。
 スイッチを切り、コードを引っ張って取り出す。咄嗟にシーツを噛み締め、声をあげるのを耐えた。たいした意地っ張りだ。この男を夢中にさせ、求められたい。ふっと草加は思った。彼は責任を取るべきだ。この私にこんな想いを抱かせたのだから。

「角松さん…」
「く、ぅ…っ、…っ」

 先ほどとは比べ物にならないほどの質量を持ったものが、ゆっくりと侵入してくる。角松は息を詰め、それから意識して吐き出した。熱い塊が容赦なく貫いた。

「イ……ッ」

 嫌、なのかそれとも痛い、なのか、よくわからなかった。涙が溢れ、シーツを濡らした。顎から力が抜け、溢れた唾液がシーツに染み込み頬にぬるりとした布地の感触があたるのがやけに不快だった。
 角松がぶるりと震えた。

「あ…あ、アッ」
「…わかりますか…角松さん」

 わたしが。耳の後ろで草加が囁いた。湿っぽい息がかかり、濡れた舌先が耳を舐めてくる。言われなくても身体に思い知らされている角松はただ顔を背けることで応えた。くすりと草加が笑う気配。ゆっくりと、熱が引き抜かれた。

「や、…っあッ、い…!」
「イイ、でしょう」

 図星だった。体内の奥深くを蹂躙するものに、下肢から蕩けていきそうだった。痛みははじめのうちだけで、あとはただ絶え間ない愉悦に襲われる。自分のあげている甘い声が男を呼んでいた。

「くさか…っ」

 聞くに堪えなくなった角松は息を吸ってシーツを咥えた。身体に力が入ったせいでそこがきゅうっと締まり、草加をよりいっそう感じることになってしまった。

「…我慢しないほうがいい。辛いだけです」
「……!」

 キリ、と布を噛み締める。快感を耐える、低い草加の声。腰を支えていた手が前へと回された。大きく膨らんだ欲望を持て余したまま、持ち主同様涙を零しているものに指が絡まる。震えながらその時を待つ先端を抓み、なぞり、時折爪を立て、執拗に責め立てた。

「…!ン、ン――…ッ!」

 がくっと彼の体から力が抜け、ベッドに突っ伏した。腰だけを捧げるように高く掲げ、揺さぶられる。草加が口の中に人差し指を入れてきたが、もはや攻撃するだけの意識もない角松は、素直に嬌声をあげた。

「あ、アッ、や…ッ」
「く…っ、角松さんっ」

 まるで生きもののように蠢くそこに食われてしまうような錯覚を覚え、たまらなくなった草加は体勢を入れ替えた。唾液に濡れたくちびるにキスをする。舌に吸い付けばもっとというように絡みついた。夢中になって求め合う。草加は純粋な歓喜に包まれた。眼が眩みそうなほどの、不思議な満足感があった。

「草加、草加…っ」
「はい。私、です」

 うっとりと愉悦に浸った瞳が草加を映した。薬によって強制的に高められた快感に縛られているのだとわかっていても、草加は嬉しさを隠しきれない。体の芯からじりじりと焦げ付いて、もう抑えられなかった。
 動きを激しくすると、角松はすぐに苦痛なのか快感なのかわからない切羽詰った声をあげた。淫靡な水音と肌の擦れあう音がリズムを刻み、角松の嬌声が歌う。音楽のようだ。草加は思った。

「は、ア…!」

 角松は目を閉じた。白い閃光が走り、すぐあとに極彩色の世界が広がる。到達感と落下感が同時に押し寄せた。太股が抑え切れない震えに波打ち、中のものを絞り上げた。凶悪なそれが熱さを増し、最奥で溶けた。角松が感じ取れたのはそこまでだった。

「はあ…っ、角松、さん…?」

 角松はぐったりとなった汗まみれの身体を投げ出して、虚ろな瞳で荒い呼吸を繰り返している。草加がキスをしても応えなかった。そっと上下する胸の突起を啄ばめば無意識にぴくんと反応するが、やがて、ふっと糸が切れるように、瞼が下りてしまった。名残の涙がぽろりと頬をすべっていった。
 彼の呼吸が整うのを待って、草加は自分が蹂躙したそこを確かめた。赤くなってしまっているが、傷はついていない。淫らに花開いていたのが嘘のように、慎ましやかに閉じている。先ほど適わなかった指を入れてみれば、待ってましたとばかりにうねって奥へと導いてきた。たった一度の行為で、角松の体は男に慣れたようだった。
 彼の精液を拭き取り、汗をぬぐう。角松は魘されたような声を漏らしたが、目を覚まさなかった。眉間に皺が寄っている。キスをして秀でた額を撫でているうちに、しだいに表情がやわらかくなっていった。

「角松さん……ヨウスケ」
「……ン…」

 寝顔を眺めている草加に、角松は心持ち擦り寄ってきた。草加の顔がぽっと赤くなる。えっ、と戸惑うが、胸の奥がじんわりとあたたかくなっていった。なんともいえない幸福感だった。このままずっと、彼に、角松洋介に、傍にいて欲しい。
 アルコールで摂取させた薬の反動は強いらしく、角松は当分目覚めそうになかった。彼が目を開いた時、まずはじめに何と言おう。草加は想い人の寝顔をながめるという幸福をじっくりと味わいながら考えた。



 しかし結局草加の願いは叶えられなかった。角松は草加に発言を許さず、ただ蔑みと屈辱の籠もった視線で一瞥すると、草加の元から去って行った。