喩えるならば、木漏れ日のような





 おとうさん。パッと顔を輝かせて子供が父親に駆け寄った。
 今日の草加のお迎えはいつもより早かった。仕事が予想よりも早く終わった為だ。
 友だちと遊んでいても、大好きな父親には叶わない。抱きついてきた息子を彼は抱き上げた。幼い笑い声があがり、やわらかな頬をすりよせる。
 いいな。ほほえましいとしかいいようがない親子のふれあいに、角松はふっと羨望に捕らわれた。
 自分も結婚して子供が生まれていたら、あんなふうになれたのだろうか。結局破談で終わった過去が過ぎる。なにもかもまとまり、式まで一ヶ月というところで、婚約者だった女性は角松から去って行ったのだ。幸福な家庭。それは角松にとって憧れであり、だからこそ臆病にもなるものだった。
 ため息をついた角松を、草加は見逃さなかった。

「…先生?どうしました?」

 わずかに伏せられた目に悲しみが宿っている。何が彼をそうさせたのか、草加の胸はざわめいた。角松にはいつだって、笑っていてほしいのだ。

「あ、その…いいなって」
「?」
「私も早く結婚して、子供が欲しいなーって、思ったんです」
「結婚…です、か」

 今度は草加が目を伏せる番だった。
 誰かと寄り添い、その人に笑いかける角松。それを想像するだけで嫉妬が胸に渦巻いて焦げ付きそうになる。

「いいですよね。好きな人と朝から一緒って」

 角松は本当に羨ましいようだ。その幸福を想像し、目を細めている。
 あなたが好きです。言ってしまいたいのにどうしても言えない自分がもどかしい。想いを告げてしまいたい欲求はチラチラとまぶしく草加を眩ませる。
 草加に見つめられた角松は一瞬どきりと心臓が跳ねたのを感じた。すぐに振り払い、じゃあ洋介君、みんなにご挨拶してと帰宅を促がす。草加だけを相手にしているわけにはいかないのだ。
 親子を見送って、角松は鋭く息を吸い込んだ。背すじを伸ばす。どうかしている。草加の瞳の中に、欲望があったように見えたなんて。