Dog fight





 尾栗は後悔した。これはまずったなと思いはしたものの、もう後には引けなかった。彼はむしろそんなの後回しと持ち前の楽観性を発揮して棚上げすることにした。今この時点ですでに遅いのだが、それを今考えたところでどうにもなるまい。なんせ気持ちより体の欲求のほうが強いのだ。
 たかがキスひとつ。しかし充分ではあったわけだと尾栗は納得した。自分の本気の在りかがどこにあったのかを悟るには。
 尾栗は角度を変え、溜まってきた唾液ごと角松の舌を吸い上げた。わずかに漏れる息がアルコール臭い。口内もさっきまで飲んでいたビールの味がまだ残っている。どこまでも男臭いキスはしかし、どこまでも甘かった。はっきりいって、気持ちいい。
 角松が薄く瞼を開け、潤んだ黒い瞳で見つめてきた。そっと耳元を愛撫される。途端、ゾクリとしたものが背筋を駆け抜ける。尾栗はくちびるを押し付けた。鼻にかかった甘い息が漏れた。

「……ッ、ンゥ………」

 ようやくくちびるを解放する。一瞬にしてぷつんと切れた水の糸が惜しくて舌先でちょろりと舐めとると、くく、と笑い声があがった。

「…何?」
「気持ち悪い、と思って」

 心外な言葉に尾栗は眉を寄せた。そんな彼に角松はまた楽しげに喉を鳴らす。気持ち悪いという言葉とは裏腹の笑い声。

「その割にずいぶん気持ち良さそうな顔してたけど」
「うん。男とキスして気持ちいいなんて、気持ち悪いだろ?」
「別に……」

 気分的にはそれが正しいかもしれないが、尾栗は嫌悪感など催さなかった。それがなぜかわかってしまっているだけに苦い気分になる。

「脱ぐか?それとも脱がせてやろうか?」

 角松は一瞬きょとんと目を瞬かせ、すぐにまた笑った。酔っているせいか機嫌がよろしい。そんな仕草にすら尾栗は胸を高鳴らせた。かわいい。

「脱がせろ」

 命令形だよ。了解と応えた尾栗はシャツのボタンを外しにかかった。指先が震えそうになるのを必死に抑えて外していく。焦らすつもりはなかったが動作は緩慢にならざるをえなかった。早く、と焦れついているのは尾栗のほうだった。角松はチラリと視線を背け、つまらなさそうにビールの残っているグラスの縁をなぞっている。彼にしてみれば尾栗がしたいのならつきあってやってもいいし、やめるのなら飲み会の続きでかまわないのだろう。どちらかというと後者に未練がありそうだった。
 ボタンを外し終えると、角松はためらいなく腕を引き抜いた。尾栗の手がズボンにかかり、下着を脱がせる時も協力的だった。もともと風呂などは修学旅行のように数人で入ることを義務付けられているのだから、裸になるのも見られるのも慣れている。
 それとこれとは意味合いが違いすぎる。あらためて見る角松のたくましい肉体に、尾栗は喉を鳴らした。ため息がでるほどだ。このまま彫像にでもなれそうなほど完成された美しさがそこにはあった。
 そっと胸に触れる。貴重なものにでも触れるように尾栗の手はためらいをみせた。慎重に扱え、と頭の中で声がする。でないと、暴走してしまいそうだ。自分よりあきらかに強い男に対しなんと臆病なとは思うが、惚れた相手となれば臆病になるのも当然といえよう。しかも自覚したのはついさっきで相手に告げてもいないとなれば尚更である。下手を打って嫌われてはたまらない。

「…洋介、洋介……っ」

 首筋に顔を埋める。くちびるの下で脈打つ血管がいとおしくて吸い付くと、ぴくりと反応した。康平、と呼ばれて顔をあげる。うっすらと赤くなった角松が怒ったように睨み付けてきた。平静を装ってはいるが、内心そうでもないらしい。

「…何?」
「…脱がないのかよ」
「あ、…悪い」

 そそくさと脱いでいくが、じっと見つめられてどうにもやりにくい。なんとも間の抜けた感じだ。

「おまたせ」
「待ってなんかない」

 へらず口を塞ぐ。全裸になってみて、ようやく角松がごまかしてしまいたいのだとわかった。男と、というよりは親友とこんなことをしでかそうとしている現実を。
 カタン、とテーブルが揺れた。押し倒されるように肘をついた角松の肩がぶつかったのだ。くるくるとグラスが回り、再度の揺れにとうとう倒れた。残っていたビールが零れ、テーブルを伝い角松の顔にまで滴った。

「わっ」

 余分な脂肪などついていない胸や脇腹をくすぐっていた尾栗は、自分の指や舌よりも顕著に声をあげさせたものに驚いて顔をあげた。ぽたぽたと零れてくるビールを顔で受け止めていた角松は不快げに拭おうとする。その手を捕まえて、尾栗は体ごとずりあがった。裸の胸同士が擦れあう。

「洋介…エロい」
「…………」

 額や頬を伝い垂れていくビールを、大きく舌を出して舐めとる。生ぬるいビールは苦いだけで不味かったが、角松がくすぐったそうな笑いを漏らしたのでよしとしよう。おかえしとばかりに角松も顎や頬を舐めてきた。犬が互いを確認しあうように2人は顔や舌を舐めあった。

「…ぅあっ」

 尾栗の手が角松のものに触れた。緩く握りしめ、上下に扱く。角松は眉をよせ、頬を紅潮させた。くちびるから漏れる息が熱っぽくなっていく。

「洋介、…俺のも」
「ン…ッ、…ああ……」

 角松は促されるまま、わずかに興奮してきた尾栗のものを掴んだ。自分と同調させるように動かす。
 あの指が。そう思うだけで尾栗はたちまち張り詰めた。

「は……ぁ、洋、介…っ」
「康平……」

 自分の手の中で形を変え、淫らに蜜を零しはじめたものを嬉しく思いながら、尾栗は角松の表情の変化を見つめていた。あの角松洋介が、自分の手指で乱れているのだ。余裕があったら口笛を吹いていただろう。代わりに尾栗は舌舐めずりをすると、首筋や耳朶をくすぐった。ビクッと角松が震え、尾栗を愛撫していた手に力がこもった。

「あっ」

 やばい、と思った瞬間には達していた。同じく尾栗の指にも力が入り、低く呻いて角松が精を吐く。しばらく部屋には荒々しい呼吸音だけが満ちた。
 角松は終わったことに惜しいような気分で安堵していた。何かで拭かなくてはと視線を巡らせ――しかしまだ呼吸も整わないというのに尾栗に引っ張られる。何をと思う間もなくベッドへと引きずり込まれた。その間にも2人分の精液が床にぽたぽたと零れたが、尾栗はおかまいなしだった。

「こ、康平……!?」

 焦った角松は起き上がろうと身を捩る。尾栗はうるさげに彼の体に体重をかけ、抵抗を封じた。

「な、何やってんだ…!?もういいだろ!?」
「…何言ってんだ洋介?」

 尾栗は低い、それでいてどこか軽口のような声で言い返した。仰向けで体を捻らせている角松の耳に囁く。

「本番。意味は、わかるよな?」

 角松の目が驚愕に見開かれる。尾栗は自分の意思が正確に伝わったと解釈し、彼の体をうつ伏せに返した。もちろんそれがどういうことかわからないほど初心ではない角松も、尾栗の言わんとすることぐらいわかったが、わかったからといってそう易々と受け入れられることではなかった。

「ふざけんなっ。嫌だ…!」

 手淫程度ならばまだ許せる。遊びがエスカレートしたと思えばいいだろう。笑ってすませられる話だ。
 だが実際にセックスをするとなると違う。しかもこの状態ではどう考えても自分が受け入れる側だ。

「やめろ、康平…っ、嫌だ」
「暴れんなよ、それとも、縛り付けてほしいか?」
「どっちもゴメンだ…!ンゥ…!?」

 声を張り上げようとした途端、乱暴に頭を捕まれ布団に押し付けられた。呼吸を塞がれる。

「ン!…ン――……ッ」

 息苦しさに呻く。すぐに手が離れ、抗議をしようと角松は首を捻った。そこで、にっこりと自分に笑いかけている尾栗を発見した。
 罪悪感などまるでないその笑顔。ようやく角松も、尾栗が本気で自分を抱こうとしていることを理解した。

「お…尾栗……」
「ん?」

 名前ではなく名字で呼んだのは無意識に距離を測ろうとしたからだった。親友と呼べる間柄になって、普段は名前で呼んでいる角松も学校内で、学生長として接する時には誰に対しても等しく名字で呼びかけている。上に立つものとしての線引きを彼はそのようにしていた。しかしそれが今この時に有効であるかどうかはまったく別問題だった。
 尾栗は他人行儀なその呼び方にほんの少し不思議そうに首をかしげたが、気にした様子はなかった。もちろん遠慮するつもりも彼にはない。すっと指を背に滑らせ、双丘の狭間に潜り込ませる。びくんと硬直した蕾にはあえて触れずに、尾栗はまだ濡れたままの彼の前へと手を伸ばした。

「アッ」
「洋介…」

 尾栗は身を屈め、頬にキスした。もう片方の手で顎を掴み、喘いでいるくちびるを塞ぎ舌を吸い上げる。角松に絡みついた手はそのまま、彼の体からしだいに力が抜けていくのを感じることができた。

「はぁ…っ、アッ、…く、ぅ……」

 角松は首を振り、体を浮かせようと肘を突いた。うつ伏せのままでは呼吸が苦しいし、なによりも尾栗に弄られているものが圧迫されていて苦しいのだ。しかし、顔はともかく尾栗に押さえつけられている下肢はわずかに動かすことしかできなかった。

「……ッ、こ…へいっ」
「……ん?」

 尾栗は手にあわせるように、角松の太股に腰を擦り付けて小刻みに揺らしている。当然それがあたっている角松には彼の状態がわかっていた。

「ン!……やぁ…、康平…っ」

 精一杯身を捩り、自分を苛んでいる腕を掴む。懇願を含んだ瞳で睨みつけられても尾栗は余裕を崩さなかった。むしろ内心に封じていた嗜虐性が芽吹いていく。強いものと戦い屈服させ支配する。大人になるにつれ凶暴な衝動はなりをひそめたが、ふとした拍子に、たかが外れたようにそれが顔を出してくる。我慢することはないな、と尾栗は思った。角松の隣へ横になり、跨るように促す。

「え……っ、あ…ァッ」
「ほら、洋介」
「う、ん……」

 くちゅりと育ったものが擦れあう。角松は体を震わせ、腹に手をついた。角松ほどではないものの尾栗の張り詰めた筋肉はなめらかに整っている。高い体温が溶け合うようで気持ちいい。
 尾栗は絶景に目を細めた。全身を薄く朱に染め、震えながら切なげに黒い瞳を潤ませている角松。体重をかけないようにと気を使ってくれているのだろう、あまり重たくなかった。なんて、いじらしい。胸が熱くなる。

「…洋介……」

 好きだよと言いかけて尾栗は口元を歪ませた。女に対する男の常套句が角松に通用するとは思えなかった。たとえ本心であっても、時と場所を考えて言わなければ信用されないだろう。
 尾栗はやわらかさのまったくない胸を飾る双果に手を伸ばした。べとついた指先で色づいた周囲をなぞり、中央の花芯を摘んでは弾く。角松の肩が跳ね、体を支えている太股がぶるぶると震えた。

「つッ、…んぅ……ッ、ふ……」

 鎖骨から首筋をくすぐり、薄く開かれたくちびるに辿り着く。角松は目を瞬かせたが、指先を潜り込ませると戸惑いと嫌悪を浮かべた。

「…って!」

 軽くであったが噛み付かれる。しかし尾栗は引かず、嫌がる顎を捕まえてさらに押し付けた。笑う。

「慣らしもしないでいれられたいか?」
「………っ!」

 信じられないというように目を見開き、角松は一瞬躊躇した。それから意を決したように尾栗を睨みつけ、おずおずと舌を差し出す。慣れない味に味覚が驚いたように痺れた。これからも好きにはなれないだろう味を消すために溢れる唾液を飲み込み、指をしゃぶる。尾栗はにやにやと笑ったままだ。歯や口腔をもてあそぶ太い指先。

「ふ……っ、あ……」

 滴るほど濡れそぼった指を引き抜くと、尾栗はぺろりと舐めた。しばらく口をもぐもぐさせ、おどけて言った。

「洋介の味がする」
「なに…言ってやがる……」

 とろんと赤くなって顔を背けた角松の、奥の蕾へとその指を伸ばす。反射的に身をすくませた角松を宥めるようにもう片方の手で背中を撫で、引き寄せた。キスをすると彼は眉を寄せ、目を閉じた。奥の襞をなぞり、そっと侵入させる。肩に置かれていた手が縋ってきた。

「ん、ん――…。…っ、ん、う……っ」

 くぐもった声が漏れる。狭隘なそこは熱く、また驚くほどやわらかかった。女の複雑さはないものの、締め付けは指でさえきついほどだ。突くように内壁を探ると、腰が逃げを打った。触れ合っていた互いのものが擦れあう。前と後ろで淫靡な音が鳴り出すころ、角松が嬌声を漏らした。

「ア……ッ」
「ん…、ココ…?」

 尾栗の息も乱れている。付け根まで飲み込ませた指を増やし、ぐるりと回す。絡みつく内壁がそれに応えた。

「あ、アァ…ッ、くぅ…ッ」
「洋、介…っ」

 尾栗は指を引き抜くと、角松の腰をあげさせてひくひくと蠢くそこに自身をあてた。強張った双丘を掴み、強引に下ろす。

「―――ヒ…ッ」

 角松が仰け反り、悲鳴を上げる。串刺しにされたショックで涙が散った。
 挿入の瞬間、あまりの締め付けに尾栗は中で放ってしまったが、ぴっちりと栓のされたそこから精が漏れてくることはなかった。しばらく2人とも、違う意味で荒い呼吸を整えることに専念する。

「洋介…大丈夫、か…?」

 大丈夫なわけがない。角松の全身がそれを表していた。汗をかいていたはずの肌が冷え、時折痙攣をおこす。ただ繋がった箇所から響く痛みだけが熱かった。
 角松はぎゅっと目を閉じたままうなずいてみせた。自分の体内を濡らしたものの正体を考える余裕もない。早く終わらせたい、というのと、気持ちよくなりたいというのが交じり合って、意地になっていた。その態度が男にどう映るのかを忘れていた。痛みを堪えて、なおも受け入れようとする健気な姿。

「洋介……ッ」
「…くぅ、ア……ッン…っ」

 衝撃で力の抜けている角松の重みで、上手く動くことができなかった尾栗が、彼の背を支えると後ろへと倒した。隙間からどろりと零れたものを惜しむように絡みつく内壁に、萎えたものを押し付ける。

「…あっ、…え…?」

 角松が戸惑った声をあげた。律動を刻む体を止めようと胸に手をあてる。尾栗は乱れた息の下、笑い、赤く色づいた彼の耳朶を舐めた。あっと再び声があがる。

「…ど、した…?」
「お、お前…なんで…っ?」

 まだ強張っている内壁を揉み解すように突くと、放ったばかりのものも勢いを取り戻していく。角松はそれが言いたいのだろう。構わずに、足をかかえあげて奥を抉る。

「ヒッ、あっ…、アぁ……っ」

 苦痛の入り混じった声。角松は耐えるようにシーツを握りしめた。

「…気持ちよく、ねえ…?」
「わ、わか……ッ、なァ…」
「ふ、ん…」

 責める響きの混じった答えに、尾栗はズルリと引き抜いた。白い粘液が糸を引いてシーツの上に零れ落ちる。

「あ…。康平…?」
「俺だけってのも、ズルイから」

 キスをして、壁に手をつくように角松を促す。不安げに振り返った角松の、まだやわらかいままのものを手中に収めた。

「う……ッ」
「洋介、いくぞ」
「ン…ッ」

 勢いをつけて突き入れれば角松の肩が跳ね上がった。動きにあわせて扱かれている彼のものが育っていく。首や肩に舌を這わせ、気まぐれに吸い付いていた尾栗は調子に乗った。動きが激しくなる。

「あ……アッ、康…平っ、ン、く…ぅ」

 角松がぶるぶると震え、尾栗の手に手を重ねた。ちゅっと耳の後ろを強く吸い、赤くなったそこに妙な満足感を覚える。

「う……くッ」

 角松が低く呻いた。ほぼ同時に手の中に迸りが放たれる。指の合間からぼとぼとと零れた。
 痛いほどの締め付けに尾栗は引き抜くこともできず、そのまま達した。ギリ、と歯を噛み締めてそのすさまじい快感を味わう。びくびくと痙攣しているそこが尾栗の余韻を味わっているかのようだ。ちいさく笑う。

「…洋介、良かった?」

 良かったもなにも、達しているのだから訊くまでもないのだがつい訊いてしまうのが男の悲しいところだ。角松は荒い息の下、よくわからなかったと正直に答えた。

「…わからなかったって……?」
「い、痛いし…、熱いし……その…」

 快感というよりは苦痛。ただ性器を摩擦された生理的反応によって沸き起こる絶頂を抑え切れなかった。さすがに尾栗はムッとした。はっきりいって男の沽券に関わる問題だ。

「指のほうが良かったってわけ?」
「そんなこと…っ、って、オイ!」

 尾栗は再び指を潜り込ませた。尾栗の精でぐっちょりと濡れ、尾栗のものをさんざん突き入れられたそこはたやすく二本の指を飲み込んだ。ぐちゅっと粘ったいやらしい音を立てながらかきまわす。

「や…っ、ちょ……っと」

 とっさに角松は尾栗に縋りついた。息を整える時間すら与えられていない。おまけに全力で遠泳をした直後のように疲れきっていた。つまり、角松は逃げられなかった。

「あぁ……ッ、はァ……」
「さっきも言ったろ?良くしてやるよ」
「い、や……っ。いらな……!」

 とろりと膚を滑り落ちたものを、入っていない指が掬い取った。くすぐったさに体が震える。

「ヒ…ッ、やだ……っ」

 指先が奥にあるなにかにあたった途端、そこが意思に関係なくきゅっと締まった。体の勝手は反応に角松は脅えた声をあげる。太く節ばった指の、関節や爪の形までがリアルだった。

「すげぇな…。熱くて、やわらかい」
「い…言うな…っ、バカッ」
「やっぱ、こっちのほうが気持ちいいか?」
「…………ッ」

 指が動く――角松は息を飲み、ゆるゆると首を振った。指は感じるところを掠めてくるが、尾栗のもののような強さがなかった。じわじわと熱がこもり、奥が疼いてくる。焦らされている。一度、激しい蹂躙を許したそこは力強く自分を埋めてくれるものを待っているのだ。

「こ、康平……っ」
「ん…?何?」

 ちゅっとくちびるを啄ばみ、尾栗は言葉を促した。角松洋介に、形振りかまわずに求められてみたかった。涙の滲む目元を舐め、しっかりと反応しはじめているものの根元をぎゅっと握りしめた。

「!?…ぐ、ぁあッ」
「ココを塞き止めてると行けないってホントかなぁ」
「な……っ?」

 楽しげに言われて背筋が震えた。冗談じゃないと思ったが尾栗は本気なのか冗談なのかわからない表情でさらにそこに力を入れてきた。痛みに体が強張ると体内に埋め込まれた指をさらに締めつける結果になった。

「は、はなせ…っ、バカ……、アァ!」
「…俺のと、指と、どっちが好き?」
「康平…ッ、こぉ……、やめ……ッ」

 角松は頭を振り乱して戒めを解こうともがいた。先に放たれた精によって濡れた手がぬるりと滑り、上手くいかない。焦れたように目の前の尾栗の胸に爪を立てた。息が止まりそうだ。そこから助け出してくれる、唯一の男に縋りつくしかない。彼が手を緩めてくれるだけでいいのだ。そのためにはどうすればいいのか。答えを言うしかない。角松はぎゅっとくちびるを噛み締め、吐くように言った。もうこれで許してくれますようにと願いをこめて。

「……い、康……のが、いいっ」

 くくっと尾栗は喉の奥で笑いを漏らした。いとおしさが溢れて爆発しそうだ。戒めた手はそのままに、彼は蕾から撤退した。びくびくと何度も痙攣する背をやさしく愛撫する。

「…洋介、好きだ」
「こ、ー……?」
「好きだよ」
「なに…ッ?ア!」

 ぐぷっと突き入れる。汗と涙を散らして角松が仰け反った。体の奥、芯のような部分が強烈な刺激に悦んだ。しかし解放されない熱は奔流となって角松を責め苛む。絶え絶えに、喘ぐ。
 康平、とただ縋るしかない角松を翻弄しつつ、尾栗は気まずさを味わっていた。ぽろりと零れた本音を角松が聞いていたかどうか危ういものだ。聞こえていても、本気にされるかどうか極めて怪しい。はっきりいって無理だと思えた。角松が背を丸め、抱きついてくる。尾栗は自分でもどうしようもない波に飲まれて歯噛みした。なんだか泣きそうだ。

「く…っ、洋介っ」
「あ、ヒ…ッく、康平…っ」

 尾栗がさらに奥をめざして突き入れると、角松の口から切羽詰った嬌声が溢れだした。塞がれたところから溢れた蜜に白いものが混ざり始める。

「…っ、ねが……、たのむ、からぁ……っ…」

 いかせてほしい。拷問のような快感に角松は懇願した。正気に返ったら羞恥でいたたまれなくなるようなセリフ。しかもそれを、自分をこんな目にあわせている男に言っているのだ。助けて、と。体を擦り付け、腰を揺らして少しでも自分でなんとかしようと頑張ってみても、苦しさが増していくだけだった。

「…っく、…っぅン…ッ」
「ふ…、洋介……」

 尾栗が戒めを解くと、角松の体が跳ね上がった。勢いよく精を吐く。尾栗のものを締め上げて蠢くそこを、さらに抉った。

「あ、…あアァ…!ヒッ…ァ……」
「す…げ…、いい…っ」
「やだぁ……ッ」

 叫んだ角松は、眼の奥が熱くなっているのに気がついた。涙が頬を伝っていく。意思を捻じ伏せられ、肉体をおもうさま弄ぶ尾栗になすすべもなく喘ぐ自分に、彼は混乱しきっていた。言葉にもならない舌足らずな抗議は男を調子に乗らせるだけだった。淫らに粘液をかきまわす音が遠く聞こえた。

「も……だ、めだ……、…ッ、め……」
「は…ッ、く、…ッ」

 熱くたくましいものが体の奥を突き進んでくる。知らない快感に、角松は恐怖を抱いた。未知の領域がぽっかりとした闇を拡げて襲い来る。昇りつめるというより、叩き落される。強引に。

「も、う…やめろ…っ」

 死んでしまう。言葉と裏腹に角松の足は尾栗を逃がさないとばかりに腰に絡みついた。切っ先が最奥を抉り、熱と痛みと鈍い快感に角松は一瞬意識を失った。

「…っ?洋介っ?」

 ふっと脱力した角松を覗き込むと、ぼんやりと目を開けた。尾栗を見て、確認をとるように瞬きをひとつ。わずかに眉を顰めた。

「洋介、大丈夫か?」
「…い……」

 痛い、とちいさな抗議。汗まみれでぐったりとなっている角松は動くのも億劫らしく、尾栗は慌てて彼の上から身を起こした。引き抜くと、我ながら呆れるほどの精液が溢れた。
 尾栗はぎくりと顔を強張らせた。淫らな白濁に混じる痛々しい赤い色。男にも膜があるのかと一瞬莫迦な考えがよぎるが、そんなわけがない。
 傷つけた。そうわかった瞬間、尾栗はひどく狼狽した。角松に対して、まさかこれほど形振り構わずがっつくほど求めてしまうとは思ってもみなかった。

「…康平…?」

 角松がもぞもぞと身じろいだ。眉は顰められたまま、困ったというように笑っている。ぽんと尾栗の頭におおきな手が乗せられる。わしゃわしゃと撫で回した後、ばたっとシーツに落ちた。角松がぽつりと言った。

「…気持ち悪い」
「え」

 どういう意味だと問いただす前に瞼が下りてしまった。まだ汗ばんだままの上気した膚、満足気に緩んだ口元はとても不快には見えない。ショックで呆然としている尾栗の耳に、くくっとかすかな笑い声が届いた。角松が片目を開けてこちらを見ていた。
 そういうことか、と尾栗は心から安堵した。もろもろの体液でべとべとの手を絡め、角松の手の甲にキスをする。

「…洋介」
「…疲れた……」

 はあとため息混じりに言われる。反論の余地なく尾栗自身も疲れきっていた。まさに疲労困憊といったように目を閉じた角松は、そのまま寝息を立てはじめた。濡れたままの体をそのままに、風呂に入らせろとも言わずに寝入ってしまうとは、よっぽどだったのだろう。

「………」

 まだ繋いだままの彼の手を瞼に押し付けて、尾栗は目を閉じた。ああやばいなぁとあえて気楽に考えてみるが、感情は逃避を許さなかった。じんわりと、瞼が熱くなる。
 たった今、抱いたばかりで何をと思う。なのに、もう、このぬくもりを失うことを畏れている。
 遅いだろ。尾栗は後悔した。気づくのが遅すぎた。そして結果がこれだ。
 尾栗は裸の角松に毛布をかけた。汗がひきはじめた膚が冷えてきている。角松がぬくもりを求めるように尾栗に身をよせ、丸くなった。涙の痕にいとおしさが込み上げてくる。
 これからだ。本当に気持ち悪いほど嫌だったのなら、角松はここでこんな風に寝ることはないはずだった。一度きりの遊びで終わらせてしまうかどうかは、これからの行動で決まる。尾栗はもう彼と親友のままでいようとは思わなかった。本気で欲したものを一度つまづいた程度で諦めてしまうほど愚かではない。
 枕元に常備してある煙草に火をつけて深く吸い込む。疲れていたが、満足のいくものであった。全力疾走の恋がはじまった。
 さて。ひと口だけ吸って火を消した。いまだ残っている角松の感触を消してしまいたくない。角松の腰を抱き寄せ、尾栗も目を閉じた。酔った勢いの始末は後回しと決めた。それはこれから2人でゆっくり考えていけばいい。さて。――何と言って口説こうかな。