失ったものの傷み





 角松は泣きながら缶コーヒーをすする草加を前に、怒りがこみあげてくるのを抑えていた。好きだのなんだのという前にコイツは俺に言うべきことがあるだろう。中身を飲み干した空の缶はあっという間に冷えて、不快感を増長させた。自動販売機の隣にあるゴミ箱まであえてゆっくりと歩き、捨てる。再度草加を視界にいれるには、努力が必要だった。
 草加は呆けたように立ち尽くしていた。言いたいことを言ってしまった虚脱感に包まれている。角松の視線に気づくとかれは瞬時に赤くなった。うつむいて、目を逸らす。黙ったまま。
 自分の見立てに間違いはなかったわけだ。角松は思った。草加は恋愛に対する経験値が絶対的に不足している。自己満足で終わっているのがいい証拠だ。相手がどう受け取るか、自分の告白をどうするか、たとえ子供の初恋であってもまず考えることを草加は考えていない。思春期の少年というより、むしろ少女のようだ。恋に恋するという一種身勝手な思い込み。しかし恋愛感情がすべてにおいて免罪符になるはずがないのだ。
 角松はポケットからカードケースを取り出すと、一枚抜き取った。

「これ、返す」
「………え」

 草加の名刺だった。角松は目を細め、彼にしては珍しいあからさまな侮蔑の笑みを浮かべてみせた。草加の顔色が赤から青へ変わる。

「お前が誰を好きになろうがお前の勝手だと言うべきだろうが」

 受け取ろうとしない草加のスーツのポケットに名刺をすべりこませる。いつか草加がしたのと同じように。角松は言葉を続けた。

「俺にするのはやめろ。迷惑だ」
「…かど……」

 草加が咄嗟に角松の腕を掴んだ。

「………っ!」
「!」

 途端、怖ろしいものが触れたかのように角松は顔を強張らせ、その手を振り払った。有無を言わさない拒絶。
 その瞳に嫌悪と、まぎれもない恐怖が宿っているのを見て、草加ははじめて自分の行動を後悔した。謝罪すらしていないことにようやく気がつき、焦りとともに言葉を探したが咄嗟にはでてくるはずもなかった。なにしろ今まで角松との思い出は草加の中で美しく彩られていたのだから。

「さようなら。もう二度と会うこともねえだろう」