仕事と私と
クリスマスのご予定は?草加が下心を隠そうとしつつも下心たっぷりに尋ねれば、角松はそれはもうそっけなく仕事と切って捨てた。あまりにも興味なさげな態度に、草加はがっかりするよりもむしろむくれてしまう。
「…24日は振り替え休日でしょう?」
「役職は全員仕事。つうか、この年末のくそ忙しい時に、のんきにイベントなんぞやってられん」
うんざり、という顔で角松が答えた。思えばこの時期に彼女がいれば常にされた質問であり、常にしてきた回答であった。若い頃ならば疑問にも思わず休んで遊んでいられたが、役職ともなればそうはいかない。若い連中の尻拭いというか、過去の自分を省みると自然と自分が仕事をやるしかないのが現実だ。結果として彼女たちは当然のごとく怒り、したたかにも時期を選んで去っていく。こちらの正当性を主張しても無駄である。平身低頭して謝らなければ、彼女たちは理不尽とわかっている怒りを解こうとしない。
「何を考えています?」
ピンときたぞというように草加が鋭く訊いてきた。角松は苦笑する。よくわかるものだ。それだけ自分を理解しているのだと思うからこそか、苛立ったりしない。
「お前が想像した通りのこと。…働く姿が素敵とか言ってたくせにさあって思ってた」
「以前つきあっていた方ですか」
「ああ。だから安心してたけど、結局ダメだった。独身なのがわかるだろう?」
角松は仕事が好きだ。会社が好きだし、一緒に働いている連中、部下も上司も好きだった。好きなものに囲まれていれば楽しいのは道理で、その楽しいことを疎ましく思う相手とはやっていけなくなるのも当然といえよう。
草加もわかっている。彼も自分の仕事が好きだし、誇りに思っているからだ。自分のことだけを主張しておいて、相手を認められないというほど、草加は狭量ではない。
しかし、二人が出会って初めてのクリスマスなのに、会えないし遊べない、一緒にいられないというのはなんだか哀しいものがある。クリスマスは大切な人と過ごす。もちろん自分たちの関係をクリスマスに主役となる神様が認めていないことは百も承知だが、ロマンティックなイベントは逃がしたくないものだ。友だち以上、恋人未満というなんとも曖昧でじれったい関係に終止符を打つには絶好のチャンスなのだから。
角松は内心ヤレヤレとため息を吐いた。草加のわかりやすい思惑にのってもいいかなと思い始めている自分がいる。いつのまにか、ほだされた。その言葉から「だ」と「さ」を抜いてもいいかなと思っている。
「ところで草加」
「なんですか」
どうやら少々拗ねているらしい。まったくしょうがない男だ。あの日あれほど卑怯な手段で陥れてくれた人物とは思えないほどである。そういったことと恋とは、この男の中で別問題であるらしい。
「22日は土曜日で、23日は日曜だ」
「それが…」
どうしたんですと言いかけて、草加は角松の言わんとすることに気がついた。なにも当日やイブにこだわらなくても、25日を過ぎてさえいなければ、日本という国の12月はクリスマスムード一色だ。草加は期待に満ちた顔を輝かせた。
「角松さん、22日と23日のご予定は?」
「休み」
「デートしましょう」
断られることなど微塵も疑っていない顔だ。甘やかしたかと一瞬ヒヤリとするが、まぁいいかなと思う。角松は笑った。そしておそらくは草加がもっとも望んでいるだろうセリフを言ってやる。
「デートもいいが、俺んちに来ないか?」
案の定、草加は一瞬唖然とした。それから頬を染め、いいんですかと確認をとってきた。ああ、とうなずけば、まったく純情にはにかんだ。
「…キスをしてもいいですか?」
「どこに」
草加の手がそろりと頬を撫で、親指がくちびるをなぞった。緊張しているのか、冷えた指先。熱っぽい息がかかり、琥珀色の瞳がきらきらと輝いて視界を埋め尽くす。
角松は目を閉じた。