悲劇的な朝を待って





「あれ、洋介、もう帰るのか?」
「ああ。雅行が心配だからな……。お先に!」

 お前らもほどほどにしておけよ、と釘を刺すのを忘れない角松に、尾栗はやれやれとうなずいてみせた。他のメンバーがブーイングをあげるのを制する。
 菊池が大人数で飲みに行くとき、気分が悪いと先に帰ってしまうのはよくあることだった。3人で飲むときにはそんなことはない。人に酔った、と菊池は言い訳をする。店の音楽と人の話し声、雑音、酒や煙草の匂い、店内に籠もった熱に酔うのだと。元々菊池は少し神経質な性質だ。そして角松は責任感が強く、誰にでもやさしい。

「…悪酔いしたヤツの看病は学生長にまかせて、次行くぞー」

 小さくなっていく角松の後姿に、尾栗は誰にも気づかれないようにため息をひとつ、吐く。大勢でいるときに気分が悪くなる菊池の、その「気分」を角松はまったく理解していないだろう。
 大勢で飲むとき、たいてい角松はあちこちに引っ張られて、2人の側にはいない。菊池は尾栗が角松とじゃれあうのは許せるが、他の者となるとまったく駄目だった。許容できない。他の誰かが角松と愉しげに笑いあい、時には肩を抱いたりもする。酔っ払いのスキンシップとわかっていても、菊池は嫉妬で焦げ付きそうになるのだ。そして、そんな自分に嫌悪する。ならば来なければいいのだが、自分の知らないところで角松が誰かと親密になるのではないかと想像すると、いてもたってもいられない。堂々巡りの悪循環がかくして生じ、結果、感情が精神と肉体に影響を与え、気分が悪くなるのだ。
 大丈夫かなアイツ。一瞬、尾栗の胸にヒヤリとした不安が込み上げた。アイツ、が菊池なのかそれとも角松なのか、尾栗自身にもわからなかった。






 角松は道すがら、コンビニエンスストアに寄った。夜中にもかかわらず客が何人かおり、つまらなそうに雑誌を立ち読みしている。角松はかれらの脇をそっと通った。酔っている自覚があったから、意識していないと足がふらついてしまう。
 飲み物のコーナーで何を買うか悩んでいると、珍しいことに気がついた。ビールのコーナーがひとつぶん、丸々開いているのだ。誰かが買い占めていったのか商品の入れ替え時期なのか、僅かな隙間から薄暗い冷蔵庫が覗いて見えた。
 水と、翌朝のための粥を買った。気分が悪いと言っていたから、二日酔いでもなんとか食べられるものが良いだろう。様子を見るだけのつもりだった角松は、自分のものは買わなかった。
 見慣れたアパートメントに着く。菊池の部屋の電気はすでに消えていた。寝ているのなら遠慮しようと思ったが、差し入れを冷蔵庫に入れておくくらいはいいだろう。3人で持ち合っている互いの部屋の鍵を取り出す。何かあった時にという名目のもと、お互いに強奪しあったのだ。いつも勝手に入って勝手に何かを借りたり、酔いつぶれたヤツからわざわざ鍵を探さなくてもすむように。
 角松は小声でそれでもお邪魔しますと断ってから、そっと忍び込んだ。外とは違いカーテンも閉ざされた部屋は真っ暗で、眼を凝らしてもよく見えない。物音を立てないように歩いてきたのに、さっそく何かを蹴飛ばしてしまった。軽い金属音がぶつかり合う。何だと拾ってみればそれはビールの缶で、どうやらテーブルの上だけでなく床にまで転がっているらしい。
 菊池が目を覚ましたかもしれないと思うより、どうしたのだろうという疑問がわいた。気分が悪いと言っていたはずなのに。嫌な感じがした。コンビニエンスストアでビールのコーナーを空にしたのは菊池なのか?しかしこの量だ。下戸ではないが、こんなに飲むヤツではない。ほったらかしにしたまま寝る性格でもないはずだった。どこか荒廃した部屋に不安が増した。何があったのだろうか。
 そろりと寝室を覗き込んだが、やはり暗闇で彼の姿は見えなかった。ベッドがあるはずの空間を睨みつける。わずかに動いているようだ。眠っているのなら帰ろう、と思った時だった。

「…洋、介……」

 かすれた声で呼ばれた。続いて低い呻き。うなされていると角松が思ったとしても無理はないだろう。足音を殺して近づき、手を伸ばした。他意はなかった。ただ悪夢を見ているのなら、覚ましてやりたかっただけで、何も気づいてもいなかった。

「雅行……?」

 闇よりも黒々とした何かを滾らせた瞳が、角松洋介を捕らえた。








 吐き気がするほど気分が悪かった。
 誰のせいでもなくまして酒のせいでもないことは菊池自身がよくわかっていた。自分に対して気分が悪い。最悪だ。
 飲みに行かないかと誘われた時、どうして断らなかったのだろう。こうなることはわかっていたはずなのに。
 角松が誰と飲みに行こうが話をしようが笑いかけようが、彼の自由だ。なのに、どうしてそれが許せないのだろう。黒々とした粘ついた感情が心を染めていくのを感じ取り、菊池はその場にいられなくなった。自己嫌悪と親友に対する罪悪感に押しつぶされたのだ。
 帰ると言った自分に、親友は心配そうな顔で送ると言った。菊池はそれを固辞した。冗談ではないと思った。今、2人でいたら、彼に何をしてしまうのか自分でも予想できない。そっと背中を擦ってくれた熱い手のひらの感触が消えていかなかった。じわじわと理性を侵食していく。
 眠ってしまいたかったが、様々な感情が入り混じって興奮してしまっていた。帰り道でコンビニエンスストアに寄り、お気に入りのビールをありったけ買い込む。菊池はアルコールならなんでも良いという性格ではなく、好きではないものには手もださない。おかげで高くついてしまった。
 部屋に帰ると、ほとんど条件反射でTVをつけた。なるべく気楽に観られる番組を肴に、ビールを空けていく。しだいに酔いが回ってきたが、望む眠気はやってこなかった。

「……………」

 どうすれば眠れるか、どうすればこのドロドロした感情が治まるのか、本当は知っている。欲望を叶えてやれば良いのだ。吐き出せばすっきりする。誰にでもわかる、単純な生理だ。
 TVを消し、ベッドに潜り込む。したくなかった。頭の中でなら親友は恋人になり、自分の思うままになる。どんな欲求にも応えてくれる。自分に向かって笑いかけ、たくましい肉体を恥じらいに染め、足を開いて体の奥に欲しいと強請ってくる。自分の望むままに。ありえない、想像というより妄想だ。まさしく自慰行為。

「洋介……」

 するりと手が伸びた。
 下肢を露出させ、すでに熱くなっていたものを撫でる。何度か触れたことのある角松の手の感触を脳裏に浮かべ、上下に扱くと、簡単に声がもれた。

「雅行……?」

 ひそめられた、気遣わしげな声が、闇から自分を呼んだ。










 何が起きたのかわからない、というのが2人の心境だった。
 一拍おいて、菊池が何をしているのかに気づいた角松が目を瞠った。気づかれたことに気づいた菊池の顔に慙愧の色が浮かぶ。

「ご……っ」

 ごめん、と言うよりも早く菊池が角松を捕らえた。体が反転し、角松がベッドに乗り上げる。大の男2人分の体重が勢い良く乗ったせいで、ベッドだけでなく床まで軋みをあげた。
 夢かもしれない、と菊池は思った。それでもいい。こんな都合のいいことが現実に起こるはずがない。

「洋介……っ」
「ま……っ、ん!」

 慌てた角松が体勢を立て直そうとするのを押さえつけ、くちづける。ばしばしと肩や腕を叩かれるが、加減しているのだろう、さほど痛くはなかった。服の隙間から手を入れて膚を弄ると、しなやかに張り詰めた筋肉がびくっと緊張した。

「…っはっ、バ…ッカ、俺だって……!」
「わかってる」

 菊池は押さえつけた手に力を込めた。角松の表情が痛みに歪む。

「すまない、洋介……」
「雅行…?」

 菊池は一瞬角松と視線をあわせたが、すぐに耐え切れなくなってうつむいた。

「見たろ…聞こえてただろ?俺は、お前にこういうことをしたいと、ずっと思ってた」
「ず、ずっと……って、お前、酔ってるから」

 体を起こそうとした角松の足の間を膝で割る。手は太股を撫で上げ、中心へと移動した。角松がわっと慌てた声をあげ、咄嗟にその手を押さえた。

「ずっと、こうしたかった」

 血を吐くような想いを吐露する。言ってしまえば楽になれると思っていたが、かえって苦しさが増した。
 耳元に熱い息がかかり、角松は肩をすくませた。菊池は困惑している彼の耳朶や首筋に吸い付く。

「俺は、ずっと……」

 菊池の手を押さえていた手が震えた。

「お前が好きなんだ」
「うそ……だろ?」

 呆然と、角松は否定した。嘘だと笑う菊池を期待して。信じられなかった。今まで一度だって、そんな素振りを見たことがない。
 菊池は泣き出しそうな顔になった。心地よいだけの親友関係を望んでいる角松に、告白どころか素振りすら見せることはできなかった。それでも、あからさまにならない程度には態度に出ていたはずだ。現に、何も言わないが尾栗は気づいているらしい。何かの間違いだと思ったし、何度も諦めようとした。なによりこの関係を壊したくなかったのだ。

「嘘じゃない。誰かと楽しそうにしているのを見ただけで、吐き気がするほどだ」
「雅行……。ぁっ、」

 遠慮がちに太股を撫で回していた手が股間に触れた。声が漏れたことに気を良くしたのか、大胆な動きになっていく。

「やめ……っ、雅行!」
「…洋介」

 ごめん、と誤りながらも、菊池の手は止まらない。じわりと体の奥に熱が灯り、息があがっていくのに角松は本気で焦りを覚えた。まさかそんな、ともがいてみても、体重を乗せて組み敷かれた体はわずかな抵抗しかできなかった。ちょっと待て。まさか本当に、貞操の危機なのか?

「じょ、冗談…ってことにしとけ、そのほうが…っ」
「お前は俺が冗談でこんなことができると思うのか」

 ズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろす。するりと手が潜り込むと顕著な反応が返ってきた。逃れようとしているのか求めているのかわからない、曖昧さで角松の足が揺れた。

「っ、んなこと言って…、明日になって覚えてませんなんて言うつもりじゃ……あっ」
「忘れない」

 盛り上がった下着がしだいに湿りを帯びてきた。強く押すと一点、染みがつき、それは見る間に拡がっていく。ぬめりを帯びた布の上からくすぐるようになぞると、形がくっきりとわかるほどになった。咄嗟に角松は口を塞いだ。

「ふっ、……ぅ…」
「俺は、忘れない。洋介」

 自分の指に感じている角松にうっとりと囁き、菊池は頬をすりよせた。濃い潮の匂いがした。

「…愛してるんだ」
「………ま……」

 ずっと夢見てきた。今も夢なのではないかと疑っている。それでもかまわないと菊池は思った。それこそ夢のような一夜を、忘れられるわけがない。

「愛してるよ、お前だけだ、洋介…。ずっと、俺にはお前しかいない」
「………。本当、だな?」
「本当だ。もし、朝になって俺が覚えていなかったら」

 菊池は泣き出しそうな顔で微笑んだ。角松は息を飲んだ。これほど愛しげな表情をみたことがない。枷を外された菊池の瞳は雄弁に彼の本気を語っている。見ている角松の胸が痛くなるほどだった。この時の菊池の微笑を、角松は忘れられないだろう。

「殺していいよ」

 胸が引き裂かれるほど切ないのだと。

「…わかった……。そこまで言うんなら、信じる」

 ほとんど降参の気分だ。大きく息を吸い込んで菊池の頬を両手で挟み、引き寄せる。菊池の瞳が欲情して潤んでいるのに笑ってみせた。洋介、と低い掠れ声。目を閉じると少し躊躇ってから、菊池がくちびるを重ねてきた。ひどく臆病なほど、ゆるやかに啄ばまれる。と、間を縫って舌が差し出されてきた。されるがまま、絡み合う。酒臭いな、と現実に逃避したい頭が要らぬことを考えた。角松は言った。

「…朝になったら、返事を言うよ」

 言葉は熱っぽく、欲にまみれていた。菊池の指はあいかわらず悪戯を続けたままで、角松を追い詰めている。布地越しの快感はまったくもどかしく、直接的ではないぶん他人に施されているのだという羞恥を煽った。

「ン、ん…ん……」

 下着と共にズボンを脱がされ、角松のそれがほっとしたように天をつく。
 制服の短ランから覗く腹筋は線がわかるほどたくましい。男、それも大男と称して差し支えない角松になぜこうまで欲情してしまうのか、菊池自身にもわからなかった。ただ目の前の角松洋介がいとおしいだけ。愛しい者を自分のものにしたいだけだ。許可を得たとたんに狂暴ともいえるほどの興奮が菊池を急かしている。

「み、見るな……っ」

 闇の中でもまじまじと自分の裸体を、それも性的快感を示しているそこを凝視されて、居た堪れなさそうに角松が身を捩った。いくら暗闇で見えにくいとはいえ、視姦されているようでたまらない。

「見たいんだ…全部。なにもかも、焼き付けておきたい」

 角松はくちびるをそっと噛み、横を向いた。しばらく躊躇った後、消え入りそうな声で彼は言った。

「…触ったほうが、確実じゃねえか」

 菊池は驚いたように顔をあげた。その反応に角松は気まずげに彼を睨みつけた。
 そっと臍から下へと指先をすべらせる。下生えを潜り抜け、さっきから与えられている快感に反応していたものを掴んだ。ビクリと角松が硬直する。強がってみせても実際にされるとなると身構えてしまうのだろう。予想していたことだったので、菊池は構わずに手を動かした。

「あ……っ」

 歓喜の声。鼻にかかった甘いそれに、角松は焦ったように口を押さえた。自分の手に感じていることに菊池は喜びを隠せない。そこだけではなく下の双球や、奥に潜んでいる蕾にまで気まぐれに指を走らせた。その度に、角松は敏感に体を震わせる。

「……っ、は、あ……、ん……ッ」
「洋介……」

 瞼や頬、顎にキスを落とし、時折舐めあげる。潤んだ瞳が菊池を見上げ、くちびるが戦慄いた。

「ま、さ…――」

 角松の下肢に力が入り、手の中のものが撥ねた。痙攣しながら精を吐き、一瞬遅れて角松の体から力が抜ける。激しい息遣いが静かな部屋に満ちた。
 菊池はごくりと喉を鳴らした。角松は目を閉じて忘我の余韻に浸っている。もっと乱したかった。彼を、角松を。
 角松の放った精で濡れた指を、肉の抵抗を抉じ開けて潜り込ませると、脅えたようにそこに力がこもり、締めつけられた。構わずに白濁で中を濡らすことに専念する。

「な……にっ?何を……っ」
「痛いか?」
「くるし……、やめ…」

 あまりの衝撃にまともに動かせない震える腕で菊池の胸を押し返そうとする。先ほどとは一転して、角松は苦痛に眉根を寄せ、耐える表情だ。おそらく角松は耐えられないと思っているのだろう。だが、菊池の望んでいるのは触って出すのみの行為ではなく、もっと深く繋がることだった。

「すまない…もう少し、我慢してくれ」

 実のところはもう少しどころではないのだが、言ってわざわざ怖がらせる必要はない。

「ぁ……、あ……」

 大きく喘いだ角松の腹筋にまた力が入り、それがまた指を締めつける結果になった。余計圧迫が増し、角松は汗を浮き上がらせてなおさら喘ぐ。逃れようと、無意識に体を揺らす。

「あ、ぅ……っ」
「洋介……っ」

 菊池は慎重に、指を増やしそこを拡げた。彼の息も乱れている。早くここに入れろとばかり、下腹部に血が集中しているのがわかった。つきんと頭の奥が痛い。
 わななくくちびるにキスをすると、かちかちと歯があたった。奥で萎縮していた舌を宥めるように舐める。胸を押し返そうとしていた角松の手が背中にまわり、しがみついてきた。正直なところ重たかったが、それ以上の歓喜が菊池の胸を満たした。望む相手に望まれている。これほどの幸福はない。
 菊池は自分のものに角松の白濁の残骸を塗りつけた。指を抜き、足を肩に抱え上げる。閉じてしまった狭い門にあてがうと、角松の足がぶるっと撥ねた。

「雅行……!」
「大丈夫だ、力を抜いて……」
「あ……!」

 腰を抱えあげて、ゆっくりと侵入していく。当然のきつすぎる抵抗。さあっと、角松の肌が泡立った。生理的な反応なのだろうが、罪悪感が沸いた。

「洋介、洋介…っ」
「つ!…うぅ……っ」

 しがみついてくる手に力が増し、角松の口から苦痛の声が漏れた。太い部分が潜り込んだ際に、そこが切れてしまったのだ。菊池は歯を喰いしばった。
 痛みを与えたいのではない。だが同時に痛みを与えていることに、暗い悦びを感じているのも確かだった。

「い…た…っ、まさ、ゆき……」

 痛いだろう。しかしそれ以上の痛みをずっと、菊池は抱えてきたのだ。体の痛みは傷と共に治っても、心の傷はそう簡単にはいかない。ずっと、角松が誰かに笑いかけるたび、触れるたび、その瞳に誰かを映すことにすら痛みを感じてきた。それはまったく菊池の自分勝手な想いからであるが、その痛みを共有したいとも思ってきた。

「洋介……」

 好きだ。囁きが聞こえたのか、わずかにそこが反応した。締めつけられたものは血の気が引いたように冷たかったが、かえって角松の体内の熱が伝わってくる。

「あ……!…ゃ、あぁ……っ」

 おずおずと、腰を動かす。たまらず角松が仰け反り、阻止するように再びしがみつかれた。洋介、と名前を呼ぶ。薄く目を開いて角松は菊池を見た。涙で潤んだ黒い瞳に、なにかを耐えている男が映っているのを菊池は見た。目が覚めたように、唐突に、菊池は思った。角松を独占している。難攻不落と思っていた、角松を。
 胸の奥で、火花が散った。

「洋介、すまない…」
「え……?あ、あぁっ、……あ………っっ」

 高い声が、あがった。
 角松の目が見開かれ、そして閉じられた。睫毛に小さな涙が乗った。
 枷が外れた。そういってもいいだろう。菊池に角松を気づかう余裕は残っていなかった。技巧もなにもない、ただがむしゃらに角松を求めるだけ。

「ひ……っ」

 痛みのあまり、角松の体から力が抜けた。腕が背からずり落ち、シーツをかく。血のぬめりのおかげで動くのは楽になったが、痛みと同時に快感を受け取っているのは菊池だけだった。それがわかるから菊池は一層激しく動いた。早く終わらせる為に。何度も詫びながら。

「い……、から……っ」
「よ…、すけ……?」

 がくがくと震え、涙を散らしながら、角松は必死で眼を開けた。

「あ、あやまるな……っ」
「洋介…」

 ただ一方的に蹂躙されているわけではない。求めたのは菊池だが、受け入れたのは角松だ。拒み、力で押しのけることもあの時できたはずだった。選ぶ権利は角松にあったのだ。
 愛してる、と告げようとして菊池は今更ながらに躊躇った。こんな時に愛してる、なんて、いかにも見せ金のような響きがある気がする。なにより、照れくさい。

「洋介…好きだ」
「バ……ッカ……」

 時折痙攣する腕をなんとか伸ばし、菊池の首にかける。引き寄せられ、熱っぽく荒い息が耳や髪にかかる。掠れた声で、角松は言った。

「…も、わか……た、て……」
「……うん」
「……っ、あっ」

 菊池はそこから自分を引き抜くと、すでに限界を迎えているものに手を添えた。小さな穴を擽り、意識して吐き出す。脈打ったそれから溢れた白濁が、角松の腹にかかった。
 本音を言えば角松のあたたかな体内で絶頂を迎えたかったが、今はこれで満足すべきだ。角松は受け入れ、明日からを約束してくれたのだから――答えはまだ、聞いていないが。

「あ……、いいのか…?」

 あきらかにほっとした表情をしながらも、角松はそんなことを訊いてきた。いじらしさに、菊池の顔が綻ぶ。

「ああ。…良かったよ」

 含みのある言い方に角松の眉が顰められる。色を失っていた頬に赤味がさした。居心地が悪そうに身じろいで、体の奥に走った鈍痛にベッドに突っ伏す。

「…バカ」
「うん」
「バカ…もう、あちこち痛いじゃねえかよ」
「うん、ごめん、な」
「…覚えてろよ、雅行………」
「…洋介」
「明日……、いや、朝…か?なったら………」

 疲れたのだろう。とろとろと眠たげに角松が文句を言う。菊池はうなずいて、彼の隣に潜り込んだ。ぴったりと寄り添う。角松が目を閉じるのを待って、菊池も目を閉じた。
 これほど待ち遠しい朝はない。幸福な未来を脳裏に思い描いて。