テーブルの上に、林檎が置いてあった。
 テーブルを挟んでハヤトとなにやら話し合っていたクワトロが、カミーユに気が付いて、サングラス越しに微笑みかけた。その笑みに見事に釣られたカミーユは、クワトロの顔が見えるように隣ではなく、彼の向かいのハヤトの隣りに座った。

「どうしたんです?この林檎」

 林檎、しかもそれがひとつではなく複数が積まれてあるのを見ると、つい、お見舞いというイメージが浮かぶ。しかし、ハヤトはあっさりと「安かったから買い込んだらしい」と言った。

「食べるかい?カミーユ」

 クワトロが、林檎をひとつ手にとりかたわらの果物ナイフを果実にあてがった。

「いえ、いいです」

 実を言うとカミーユは、林檎があまり好きではない。
 見た目や色で味の判別がしにくいため、以前何気なく噛り付いてとんでもなくすっぱかったものに当たったことがあるのだ。当たり外れがあるもので、外れを引いてしまうというのは嫌なものだ。以来カミーユはなるべく林檎を敬遠するようにしていた。
 そんなカミーユの主張を無視して、クワトロは器用に林檎を切り分けていく。ひとつをふたつに、ふたつをよっつに。四つを八つに。だんだんと小さくなっていく林檎は、やがて見覚えのある形になっていった。うさぎ。

「ほら、これなら食べられるだろう?」
「大尉………」

 ひょっとしてこの人は、僕のことをとんでもなく子供だと思っているのではないだろうか。カミーユは自分が目の前の美しい男に対して向ける、抱いている感情をすでに自覚している。子供扱いはやめてください。癇癪を起こしかけたカミーユだが、しかし目の前のクワトロがそれは楽しそうな顔をしているので、怒る気も失せてしまった。
 このひとのほうがよっぽど、子供なんじゃないかなと思う。無邪気な悪戯。嫌いと言っているものを食べさせようとする、それだけのことに、なぜこんな表情ができるのだろう。

「ほら、うさぎも君に食べて欲しいって」

 指で摘み上げたうさぎ林檎をカミーユの口に持っていく。赤い小さな耳が鼻先に来て、カミーユはつい口を開けてしまった。
 しゃく。音を立てて噛み付き、咀嚼し、飲み込んでいく。やがて最後の一欠けらが口に入り、クワトロの指が引っ込められる前にカミーユはその指先に滴る果汁を舐めた。
 クワトロは満足そうに笑う。

「ほら、美味しかっただろう?」

 カミーユは最後のひと口を飲み込んで、うなずいた。



 誘惑の味がした。







遊ばれるカミーユ。
ところでハヤトはどうしたんだろう……(笑)。
当初はカミーユに嫉妬するアムロの話もありました。
でも「samsara」と似た展開になったのでボツ。