何かが扉を叩いた。
360度スクリーンには宇宙空間が広がっている。とはいっても本物ではなく予想される景色が人間の目にもわかりやすいように表示されているだけなのだが。本物は肉眼では奥行きも影も見えない。どこまでも続く闇に眼が眩んでしまうだろう。
「……?」
エンジン音にまぎれて微かに聞こえるのはカリカリと扉をひっかく音。コクピットの外部入り口に、誰かがいるような。
カリカリカリカリ。
ひっかく音がぴたりと止んだ。ほっと息を吐いた次の瞬間。
バン!
今度は叩かれた。ノックなどというものではない。叩いてこじ開けようとしているようだった。誰かがコクピットを開け、中に入ってこようとしている。
スクリーンには見えない誰か。
その想像にシャアは笑った。ありえない。きっとなにかがぶつかったのだ。
「シャア、どうしたのコレ」
帰投するとアムロがシャアを出迎えていた。コクピット扉を見た彼は怪訝そうな顔をしている。
「ああ、何かがぶつかってきたようだ」
「ぶつかった?でもコレってまるで………」
アムロは言いよどんだ。何だと振り返ると、それがシャアの眼に飛び込んできた。コクピット扉、頑丈なそれについた細かな無数の傷と、そして。
無数の手の痕。
爪先から赤黒く、ひきずった痕がついている。まるでひっかきすぎて爪が剥がれ、それでもさらに叩き続けたかのような。
ぞっとしない想像に、アムロは引き攣った笑みを浮かべた。そしてあえて明るい口調で言う。
「まるで、誰かが素手でコクピットをこじ開けようとしたみたいだな」
シャアは笑った。そう、ありえないのだ。
「宇宙空間で?」