さわやかな風





今日はなにかいいことがありそうな気がする。
なんの根拠もない理由で、シャアはアムロを散歩へと連れ出した。あまり人目につきたくないせいもあるだろうが、早朝もいいところだ。人の目はまばらで、犬の散歩をしている人がちらほらといる程度。

「気持ちのよい朝なのに、君はなにをそう不機嫌なのだ」
「不機嫌ってわけじゃないけどさあ。朝早くから起こされたら、誰だってこうなるよ」
「不機嫌だろう。私にわからないと思っているのか」

シャアだってニュータイプのはしくれだ。不機嫌の理由などわかっているだろう。

「…君はよほど血の絆が気に食わないとみえる」
「だってそうだろ。俺だってシャアだって、イロイロあったのに」

特にダイクン家にまつわる因縁の泥沼劇は有名だ。

「では君は、どのような絆がもっとも強いと思うのだ?」
「う………」

ひょっとして、コレは何もかもバレているのか―――悪戯が見つかってバツの悪い子供のような表情になったアムロを、しばらく睨みつけていたシャアだったが、ゆるゆるとその表情を氷解させた。ひょっとして、という思いで眼を見開き、それからうすく頬を染めた。シャアの表情の変化を見て、アムロはようやく彼が何か思い違いをしていたらしいことを知った。
傍から見れば睨みあっているだけのニュータイプの交感は、数分間続き、先に動いたのはアムロだった。やはりこういうことは、自分から言い出すべきだろうと思ったのだ。

「あ、あのさ、ホントは昨日言い出そうと思ってたんだけど、」

しどろもどろになり、赤くなって、アムロはポケットを探った。

「俺ってこうだから、何か気の利いたセリフのひとつも言ってみたかったんだけど、でもあんまりきっぱり「血だ」って言い切られて考えちゃって」

だから、とかつまり、とか考えながら述べるアムロにシャアは微笑んだ。
シャアにそのことを教えてくれたのは親切な近所のおばちゃんだった。人づてに聞いたことがシャアに誤解をさせた。とても悪い誤解を。

「だから―――シャア」

アムロがシャアにもアムロにもおよそ縁の無さそうな高額な買い物をしたのは。

「結婚しよう」

差し出された指輪を薬指に嵌めてもらったシャアの髪を、祝福するようにさわやかな風が撫でた。