大佐







 俺は「大佐」を飼っている。というとなんだかアヤシゲだが、「大佐」というのはペットの名前だ。ベタという種類の熱帯魚。真っ赤な鰭をゆらゆらさせて、身をくねらせるその様は真紅のマントを羽織った道化師のようなアノヒトをどうしても連想させて、ペットショップのショウウィンドウの前で見つけた時に、つい足を止めて、しげしげと見入ってしまった。なんて綺麗なんだろう。アノヒトと違い、こいつなら思いつくまま賛美することができる。
 ペットを飼い始めたと報告すると、アノヒトは目をぱちぱちさせて、ふわりと笑った。厭味な様子はなく、心底嬉しそうだ。お前がペットを飼うとはな、何を飼ってるんだ?そう訊かれた。魚です。ベタっていうんですけど、知ってますか?いや知らないな。どんな魚だ?綺麗な魚ですよ、まだ小さいんですけど。

「名前は?」

 名前・・・本人を前にして、ちょっと言いづらい。躊躇っていると少し眉を顰め、名前はつけたんだろうなと尋ねてきた。ペットに名前をつけないほど野暮だと思われているのだろうか。
 つけましたよ。なんて名だ?秘密です。どうしてだ。

「当ててみてください」
「実物を見たことがないのに、当てられるわけがないだろう、ギュネイ」
「じゃあ、今度、見に来てください。見れば、わかりますよ」
「そうか。・・・楽しみだな」

 そう笑うアノヒトは、やはり美しくて、俺はつい「大佐」と比べてしまった。




 俺の「大佐」は言葉を理解しない。当然話しかけても応えてくれない。笑ってもくれない。触れることすらできない。冷たい水のなかでひとりぼっち。
 けれど、俺だけのものだ。
 目の前の大佐は俺と話をしてくれるし、笑ってもくれる。触れればあたたかい。皆にとりかこまれて崇拝されている。
 けれど、俺のものにはなってくれない。




 どちらがマシなんだろう。水面にぱらりと餌をまけば、ゆらりと鰭をなびかせて「大佐」が浮かび上がってくる。暗い水の中で、俺の帰りを待って、餌を与えてくれるのを待っている。俺が餌をあげ、水を換えてやらなければ「大佐」は死んでしまうだろう。儚い存在だった。





 やがて平和とはいえない穏やかな時間は終わりを告げ、戦争がはじまった。兵士である俺も当然戦いに赴くことになった。今度、という約束を置き忘れたまま。
 目の前に迫る閃光に包まれた時、恐怖はなかった。思い浮かぶのは闇の中でゆらめく赤いひらひら。あれは「大佐」なのか、それとも大佐なのか。
 俺が死んだらたいさはどうなるのだろう。と、光の中で俺は考えていた。







これは非常に評判のよかったギュネイ話。
年末の大掃除の時にようやく紙の束の中から発見。
もしかしたら捨ててしまったのかと焦っていたので本当にほっとしました。
初期のものはレポート用紙に書いていたので、うっかりどっかに行っちゃってたりします。
今では長いもの以外はノートに書いている。PCに直接書けないのよねぇ、これが・・・。