浜辺にて・A
息が苦しい。
足がもつれる。
汗が背中を伝っていくのがわかる。シャツが汗を吸い込んで重苦しい。
足を進めるたびに舞い上がる砂が肌に張り付いて、気持ちが悪い。
重たい足が砂に取られ、とうとう走っていられなくなる。がっくりと膝をつくと、前を走っていたシャアが戻ってきた。
勝ち誇った笑みを秀麗な顔に浮かべて、目の前に立つ。
「どうした?もう終りか、アムロ」
「……はぁっ…。はあ……」
「言葉もでないのか、無様だな」
「………っ、はー。はー」
「後悔しても知らん、と私は言ったな?」
うるさい、シャア。
「なんで、あんた…そんなに……元気なわけ……?」
俺より四つも年上のくせに。くそう、悔しいぞ。
「インドア派の君には負けられない。私は常に鍛えているからな」
年の差は関係ない、とシャアが言う。いつも年上ぶって偉そうに説教するくせに、年上扱いをされると嫌がるのだ。そんなところも可愛いな、なんていっていられるのは、自分が優位に立っている時しかないのがまた悔しくて。
立ち上がろうとしても、膝ががくがくで震えてそれすらもできない。全力疾走なんて、そういえば子供の頃の運動会でもした記憶がない。我ながら嫌なガキだったなと思う。手を貸してくれたっていいのに、シャアは知ったことかという顔だ。悪いのは俺だって、わかっているけれど。ああ、もう。
「浜辺で追いかけっこがしたいと言ったのは君だよ、アムロ」
浜辺にて・B
彼は極めて真剣な顔をしていた。
お願いがあるんだけど、と切り出したきり、アムロは口を開いては閉じて、を繰り返し、なにやら躊躇っている。
こういう時に苛立ってはダメなのは経験で知っている。早く言えと急かそうものなら拗ねてもういいよ、で済ませてしまう。いいよと言うのならもうこの話は終りだと本当にそこで終わらせてしまっても、拗ねる。怒るのではなくて、拗ねるのだ。まったく性質が悪いというか、可愛いというか。自分もたいした幼児経験はしていないと思っているが、アムロもそうだったのだろう。素直に甘えるということができない。自分の用件を相手に伝えるという、単純かつ重要なコミュニケイションの経験値が絶対的に不足している。
だからだろう。お願いされると、弱くなる。
「なに」
「あの、だからさ。ちょっと協力して欲しいんだ」
「何を?」
「俺、夢だったんだ。だから……」
「だから、何を?」
「……追いかけっこ、しよう」
「………………………」
無言。絶句。言葉もない。
ここは海で、浜辺で、都合の良いことに季節は夏だ。しかも夕暮れ時ときている。シチュエーションとしては申し分ないだろう。
だが、追いかけっこだと?アムロと私で?
ほほほーつかまえてごらんなさーい。はははーまてーこいつぅ。とかいうアレを、アムロと私で?
こいつはこんなことがしたいがために、わざわざ海にまで人をひっぱりだしたと言うのか……。
思いもかけない「お願い」に、眩暈を起こしかけている私の前で、とうとう口に出して言ったアムロがはしゃぎながら続けて言う。
「ずっと憧れてたんだよなー。浜辺で追いかけっこ。恋人ができたら絶対やろうって、決めてたんだ」
……絶対か。決めていたのか。というか、拒否権は私にないのか?
ぐったりしている私に気づきもせずに、アムロは期待に満ち満ちた瞳を輝かせている。
「ほら、早く!」
「………。後悔しても知らんぞ」
言っておくが、私は負けず嫌いだ。
羞恥心を腹の底に押し込めて、私は浜辺を走り出した。
訂正・加筆 2004/11/8
記念すべきWEB拍手お礼小説第一弾。夏でしたので夏らしい話を、と思い書きました。
しょっぱなっからアホですねー。
恋人、というのを否定しないシャアが密かにポイントです(笑)。
これくらい短いお話がWEB拍手では理想ですね。