※松は中学生です。
※とっぴょうしもない出だしです。
※ご自由に妄想ください。









 その角を曲がった時だった。
 ドン、と誰かにぶつかり、草加拓海は我に返った。この暑さで頭がくらみ、白昼夢の中にでもいたのだろうか?どうも前後の記憶がはっきりとしない。

「ごめんなさい!」
「え…っ?」

 白シャツと黒ズボン。どこにでもありそうな夏用の学生服姿。草加は目を瞠った。

「か、角松さん…っ!?」

 呼びかけに、学生服の少年は顔をあげた。くるんと大きな黒い瞳が草加を見上げる。間違えようのない、彼の黒い瞳。

「え。誰?」

 見つめ合う。見覚えのある角松洋介の面影はあるものの、ずっと若かった。今目の前にいる彼は10代かそこらだろう。
 ハッとしたように、彼は後ろを振り返った。

「誰かに追われているのか?」
「ガッコのセンセ」

 何?と問いかける前に角松は駆け出していた。慌てて草加も追いかける。

「あれ?おじさんも来るのか?」
「おじさんではない。草加だ。君が角松洋介だというのなら」
「ふーん」

 走る2人の背後から、こら角松どこ行ったというおそらくは教師の怒鳴り声が聞こえてきた。



「俺、草加さん?と会ったことあったっけ?」

 13歳、と自己紹介した角松洋介は言った。一緒に逃げたからか親近感がわいているようで、草加の知る35歳の彼よりも気安い。

「いや、これから会うのだ」
「これから?」

 角松の目的地は道路の真ん中だった。道路の向こう側は海だが行くには崖を越えねばならない。角松はどうするのかと見ていると彼は左右を確認し、崖側に生えている木によじ登った。
 教師に追われているのはどういうことだ。説明を求めようとした草加はあっけにとられた。木々の合間から覗く角松の顔が、草加がどうするのか様子を見ている。おいて行かれるわけにはいかないと草加も木の枝にしがみついた。子供の体重では大丈夫だった枝が、草加の重みに嫌な音を立てた。山育ちをなめるなよ。草加が続くと角松は不敵にニッと笑った。
 するすると木を伝って下へと降りる。着いた先は海岸だった。

「秘密基地へようこそ!」

 得意気な少年の言うとおりだった。まさに秘密基地と呼ぶにふさわしいだろう。崖から続く通路は木々を使わねばならず、道路からは見ることができない。木の根はちょうど崖が陰となり基地を隠していた。よほどの度胸がないかぎり辿り着くことのできない秘密基地。

「どうして学校を脱走したんだ?」

 ようやく訊くことのできた問いに、角松少年は不思議そうな顔をした。

「こんなにいい天気なのに、マジメに授業なんかやってらんねーだろ!」

 断言するのはどうかと思うが、空は晴れ渡る晴天。遊び盛りの少年にとって、たしかに「やってられない」ことだろう。
 角松はぱっと学生服を脱ぎ捨てると、あらかじめ隠しておいたらしい水着姿になった。こう準備がいいということは彼は常習犯だ。まったく思いがけない中学生の角松に、草加は新鮮な驚きを覚えた。てっきり子供の頃から優等生だと思っていたが、嬉しい驚きだ。
 13歳の角松は華奢だった。すんなりと伸びた手足はまだ筋肉が発達しておらず、子供らしくやわらかな丸みを有している。背も小柄なほうだろう。変声期の過ぎた声はいくらか低いが、それでも大人とはいいがたい。35歳の角松洋介を知る草加としては、どうにも微笑ましい気分だ。
 よく日焼けした体を晒して、角松は海へと駆け出した。遠浅の海。草加は靴と靴下を脱ぎ、裾を濡らしながら彼を眺めた。
 ひょっとしたら、いつのまにか自分は死んでしまったのかもしれない――草加はそんなことを考えた。そうでなければどうして角松とこうしているのだろう?それも、13歳の角松と。

「草加――!」

 角松が呼んだ。手招きしている。
 死んだとしても、まあいいか。草加は笑った。死後の世界であっても、成長してゆく角松を見ていられるのなら、それはなんという幸福だろう。

「なんだ?」
「ほら、魚!」

 きらきらと鱗が光を反射してきらめいている。

「なあ、さっきのどういう意味?」
「何が?」
「これから会うって。ついさっき会ったばっかりだろう?」

 それに草加、俺のこと知ってた。わずかに距離をとった角松にさて何と答えようか考えあぐねていると、警戒した角松がさらに離れていった。

「もしかして…変質者?」
「どうしてそんな発想になるのだ」
「よくあるから」
「何が?」

 角松はどことなく恥ずかしそうにうつむいた。

「変質者。子供の頃から…お菓子をあげるとか、一緒に遊びに行こうとか、道に迷ったとか言って、車に連れ込まれそうになったり」

 草加は絶句した。聞けば、男女問わずだという。草加に少年趣味はないが…なるほど。
 大人になる寸前の、未完成のあやうさだ。警戒よりも好奇心の強い瞳。理想的な成長をみせる体つき。たしかにちょっと、ほんのひとときでいいからこの子供を独占したいと思わせる。この子に『はじめて』を、教え込みたいと。

「そうだと言ったら?」

 角松はたちまち眉をしかめ、足で海水を蹴飛ばした。バチャッと草加の体にかかる。

「逃げる!」

 言うが早いか、角松は走り出していた。草加は追いかけた。逃がすものか。逃がすものか。彼が角松洋介なら、捕まえるのは、私だ。
 逃げるのは追いかけて欲しいからだ――草加は足に絡まってくる波に邪魔をされながら楽しげに翻る角松を求めた。捕まえろ、と彼は言っている。たとえ角松自身は必死で逃げているのだとしても、彼の肢体は強い力で蹂躙してくるものを待っているのだ。
 細い手首を掴まえた。

「あ……っ!」

 ぐっと上へと引っ張り上げ、柳腰に腕を絡ませる。

「ほら、つかまえた!」
「くっそー。逃げ足には自信あったのに!」
「まだ君のような子供に負けるわけにはいかんよ。これでも軍人だ」
「おっさんの言いぶんだぞそれは」

 向かい合うように抱きしめると、そんな憎まれ口を叩いてきた。まったく子供というのは大人に対して容赦がない。

「あーあ…」

 むん、と腕を突っ張って草加から逃れようとするが、当然叶わない。勝ち誇って笑う草加に悔しそうな顔になった。

「…俺も早く、大人になりたい」

 赤い顔をしてねだる。やわらかくすべらかな熱い膚の感触が、草加をあおった。







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「大人になりたいのか」 ここはぐっとこらえて紳士的対応→