ストレート








 思っていたよりも活気がある。大きさの違うコロニーをそれこそその場しのぎで強引に繋ぎ合わせたスペースコロニー、『スウィートウォーター』は、アムロの想像よりずっと活き活きしていた。難民収容のための、という先入観があったので、もっと殺伐としているだろうと思っていたのだ。浮浪者らしき人々もいるが、どの顔も暗く沈みこんでいるという感じはしない。このコロニーには希望があった。
 アムロはため息をついた。
 このところ、連邦軍内部では、極秘と称したある噂が流れている。それの真偽を確かめるために、アムロはスウィートウォーターに派遣された。もっとも命令されていなくても、休暇をとってでもアムロはここに来るつもりだった。
 すべては生死不明の彼のために。

「アムロ・レイ様…ですね。ようこそスウィートウォーターに」

 ホテルのフロントは、アムロの名前を確認して驚いた顔をした。本物のニュータイプが目の前にいる。そんな反応には慣れっこだったので、アムロはそっけなく鍵を受け取り、部屋に向かった。
 部屋に入って、身支度を整える。いくら宇宙が連邦の指揮下にあるとはいえ、それは地図の上での事。人の心までは支配できない。
 小型の拳銃ををジャケットの下に着込んだガンホルダーから取り出す。弾倉を確認する。6発すべてに弾は込められていた。なるべく使いたくない。アムロは安全装置を確認して、再びジャケットの下にそれを収めた。
 他の荷物はベッドに無造作に放り投げたままで、アムロはホテルを出た。もしかしたら彼に会えるかもしれない。そんな期待が胸に湧き上がった。
 幸い天気は晴れ。車ではなく歩きで探索をすることにした。探索といってもそのへんをふらつくだけだが。情報員の経験などないアムロには、どこをどうやって探せばいいのか見当もつかなかった。ただ、求めれば見つかる気がした。それもアムロには不思議な感覚だった。求める、という行為や感情を、そういえばアムロは一度も持ったことが無い。いつも与えられるだけ。彼が手を伸ばしてきた時も、同じように手を伸ばす事ができなかった………。
 彼がとった、ひとつひとつの行動を、今でもアムロははっきりと思い出せる。苦い後悔の記憶。もしあの時に彼と共に宇宙に還っていたら、彼は生死不明などということにはならず、こうして離ればなれになることもなかったかもしれない。
 アムロは、自分が彼を生死不明としていることに苦笑した。あくまでも死んだ、と思いたくないのだ、他の人たちが何と言おうと。俺だけはあなたが生きていると信じてるよ。シャア。

「アムロ」

 アムロの心の声が聞こえたように、名前を呼ばれた。反射的に呼ばれたほうを振り返ると、そこに彼がいた。
 金髪とブルーアイズ。口元は名前を呼んだ余韻をまだ残していた。

「………シャ、」

 シャア、と呼ぼうとして、シャアが口元に指をあて、言うなと合図をしたのに、慌てて言葉を飲み込んだ。
 今さら辺りを見回すが、誰もこんなところで感動の再会が行われていようとは思わない。あたりの人たちがシャアを振り返っているのにアムロは気づいたが、深く考えなかった。シャアが注目を浴びるのは昔からだ。
 ホテルの近くにある駅前の公園。駅なら人通りが多いだろうというあたりをつけたのだが、こんなに容易く会えるとは思ってもいなかった。
 シャアは地味なスーツ姿だった。きらめく金の髪をなびかせてアムロの前に立つ。エゥーゴの時にはトレードマークのようにいつもつけていたサングラスはしていなかった。おかげでシャアの瞳がアムロをまっすぐに見ているのがわかる。アムロのお気に入りのブルーアイズ。

「…こんなところで、会えるなんて」
「ああ。…久しぶりだな」

 アムロはつい涙が咽喉に絡まったような声になってしまった。シャアはふわりと笑うと腕時計で時間を確認した。

「どこかでお茶でも、と言いたいが、あいにく時間がない。そこのコーヒースタンドのやつでいいかな」

 アムロの答えを待たずにシャアは店に入っていった。女の店員がやけに嬉しそうに対応している。あいかわらずどこへ行ってももてる奴だと思った。シャアと再会できたことにアムロは安心していた。

「お待たせ」

 コーヒーをアムロに渡して、ベンチに腰かける。アムロもシャアの隣りに座った。
 シャアに会ったら何を言おう―――ずっと考えていたはずなのに、何も思い浮かばなかった。隣りにシャアがいる。それだけで満たされていく自分を感じた。

「君が、」

 アムロが黙ったままでいたら、シャアが口火を切った。

「え?」
「宇宙に出てきてくれて、嬉しいよ」
「シャア………」

 ぽつりと呟くように言って、シャアはコーヒーを口にした。チラッとアムロに視線を投げかける。

「君は、まだ連邦にいるんだな」
「ああ…わかった?」
「ジャケットに連邦のマークがついてる」

 くすっと笑ってシャアは自分の首元を指さした。アムロのジャケットの襟には確かに連邦軍マークがついている。

「がっかりしたかい?まだ連邦にいること」
「別に」

 そっけなく、シャアは答えた。アムロはうつむいた。別に好きで連邦にいるわけではない。地球を捨てるには、しがらみが多すぎる。宇宙に行く事を恐れている間に連邦軍も変わっていった。だんだんと、悪いほうへ。アムロが辞めたいと申し出ても、連邦はアムロを手放さないだろう。悪くすればまた監禁まがいの扱いをうける。説明しようとして、アムロは何も言えなかった。こんな時は語彙の貧困さが恨めしい。ニュータイプなんて言われても、何の役にも立たない。

「シャアは…どうしてたんだ?」
「準備さ」

 いきなり噂の核心をつかれたようで、アムロの心臓が跳ね返った。上擦った声で訊き返す。

「な、なんの?」
「人身御供の」

 にこやかに笑いすら浮かべてシャアは答えた。不釣合いだとアムロは思った。人身御供なんて、笑いながら言えることではないだろうに。なぜもっと激しないのだろう。

「そんな顔をしないでくれ。君が言ったのだからな」
「あれは―――そんな、」
「同じことさ。……君も」

 誰と同じなのかまでシャアは説明しなかった。言われなくてもアムロには伝わった。自分はもう、シャアにとって特別ではなくなったのだ。同じこと。シャアがいてもいなくても、彼が何をしようとも、関係ないと言ってしまえる人間たちと。シャアが遠かった。

「シャア、俺は―――――」

 今でもあなたを愛していると告げる前に、シャアが立ち上がった。飲み終わったコーヒーの容器をゴミ箱に捨てる。再びアムロに向かって歩いてきたが、隣りには座らなかった。

「アムロ、ひとつ、忠告しておく。スウィートウォーターから生きて帰りたかったら、余計な事はしないでいることだ」
「どういうことだ」

 シャアの声は厳しかった。先ほどまでの親しさは欠片も無い。

「私と君が出会えたのは偶然ではない、ということだ。アムロ・レイがスウィートウォーターに来ているという情報は、君が来た時点で私に伝わった。宿泊先のホテルもな」
「シャア、まさか、本当にあなたは―――」

 軍を興し、自分たちと戦うつもりなのか。立ち上がってシャアに詰問しかけたアムロを、シャアが制した。

「ここで私に何かしてみろ。君はあっという間に生身で宇宙に放り出されるぞ」

 シャアが視線であたりを示す。その時になって、アムロは気がついた。自分たちが注目されていること。彼らはシャアを護っている。そして、アムロを監視しているのだ。アムロは何故スウィートウォーターが活気に溢れているのか、わかった。自分たちの希望を体現してくれる人がいるからなのだ。

「人は強いな。どんなに小さくても、希望があれば生きていける。たとえ、その先に待っているのが苦痛と悲しみの世界でも」
「シャア………」

 ふと、シャアは顔をあげた。アムロがつられてそちらに目をやると、公園に向かって少年が走ってくるところだった。彼は立ち止まり、時計を確認し、公園を見回す。

「タイムリミットだ。アムロ、元気で」
「シャ………」

 アムロが手をのばす前に、するりとシャアが離れていった。そしてそのまま振り返らない。先ほどの少年がシャアを見つけ、安心したような顔を一瞬だけ見せた。すぐに彼はバツの悪そうな表情になると、シャアの背中越しにアムロを見て、シャアに何か言った。
 ニュータイプか、とアムロは感じたが、なにか不自然なひっかかりがあった。きっと彼は強化人間だ。シャアの軍の。
 シャアは少年に微笑みかけ、促がすように手をとった。少年は少し困ったような、ふてくされた顔をしたが、本気で嫌がってはいない。ほんのりと目元が染まった。アムロはそれをただ見ていた。ああ、あの子もシャアが好きなんだな、とわかった。嫉妬心は沸かなかった。ただもうシャアの手が自分にのばされることがないのだと思うと悲しかった。
 シャアはもう絶望したのだ。地球とそこに住む人々。連邦軍。そしてアムロ・レイに。だからあんなに優しかった。自分の激情をぶつけることができないほど、あきらめているから。











「あのひと、誰です?」
「古い知りあいだ。気がついたか?ギュネイ?」
「……ニュータイプ、ですね?」
「そう。…覚えておくといい、彼がアムロ・レイだよ」
「アムロ・レイ……?」

 さすがにその名はギュネイも知っている。アムロ・レイとシャアにまつわる因縁話はあまりにも有名だ。一年戦争の赤い彗星と白い悪魔。その後、二人が共に戦ったという話も聞いたことがあった。

「いいんですか?」

 ギュネイの目には二人は親しそうに見えた。誘えば仲間になるのではとギュネイは言った。なにしろアムロは、シャアが求めてやまない完全なニュータイプだ。

「アムロを勧誘しようとしても無駄さ。私は彼に振られ続けている」

 シャアの口調は冗談まじりだったが、言うほど傷ついていないわけではないということがギュネイにもわかった。
 ギュネイは後ろを振り返った。アムロは立ち上がることもせずに、じっとシャアの背中を見つめていた。捨てられたのはどっちなのだろう。シャアを見つめ続けるアムロとアムロを振り返らないシャアとを見比べて、ギュネイはふとそんなことを考えた。



 わたしは羊。贄の血によって儀式は完了する。













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