義理






 その日は2月14日だった。
 宇宙攻撃軍シャア・アズナブル率いる小隊は補給と休暇のため、ジオン本国に帰ってきていた。
 シャアは内心うんざりしながら表面にはそれを出さず、部下に休暇をとらせることができたのだから、とギレンの長ったらしい誉め言葉に耐えていた。

「―――それで、だ。今日が何の日か、わかっているか?」
「は……?」

 なんだったかとシャアは眼をぱちぱちさせる。
今日が何の日か、それがわざわざシャアを呼び出した理由になるのだろうか。
さて、一体何の日だっただろうかとシャアは頭をひねった。今日は2月14日だ。なにか、特別な意味を持つ日なのだろうか。ギレンはなんだか期待に満ちた表情で、シャアの答えを待っている。

「何かありましたか?」

 考えて、本当にわからなかったシャアは素直にそう聞き返した。ギレンはまじまじとシャアを見つめた後、シャアがとぼけてわからないフリをしているのではないことを悟ると、ため息を吐き出した。

「………なんでもない。もう下がっていいぞ」

 敬礼をして、出て行く。どことなくがっかりした口調は、ギレンには珍しいことだった。どういうことなのか、シャアはしきりに首を捻った。

「少佐、おかえりなさい」

 艦に戻ると、ドレンがやけに大きな箱を抱えて待っていた。
 補給の荷物だろうと思っていたシャアは、はいとそれを渡されて、佇む。両手で持つくらいのサイズの箱は、何が入っているのか軽かった。

「ドレン、これは……」

 どうしろというのだろう。戸惑いを隠さずに訊くと、ドレンはひょいと肩をすくめた。顔には苦笑い。ドレンも困っているらしい。

「少佐宛てです。…総帥から」

 箱を落っことさなかったのは奇跡だろう。たった今会ってきた男から、なぜこんなものを送りつけられるのか、わからない。あの時に渡してくれれば余計な面倒が無くて済んだのに。余計な面倒というのは、これの礼を言うためにまたギレンと会わなくてはならないことだ。わざわざ宇宙から戻って来なくてはならないのだから、まったく面倒なことだった。

「中身はなんだ」

 開けてみなければわからないことだろうが、ついそう言ってしまった。ドレンはやはりどことなく情けなさそうな苦笑で答えた。

「チョコレートじゃないですか?今日はバレンタインですから」

 今度こそ、シャアは箱をすべり落とした。力が抜けて、立っているのもやっとだった。足の上に落ちなくて良かったと、どこか冷静に思った。

「バレンタイン……」

 呆然とつぶやく。これほど動揺したシャアを、ドレンは始めて見た。
 バレンタインのチョコレート。ああ、このことだったのかとシャアは先ほどの挙動不審なギレンを思い出した。あの期待に満ちた顔。
 しかし。しかし、だ。

「バレンタインのチョコレートというのは…確か、好きな相手に贈るというものではなかったか?…女性が」

 唸るように言うシャアは、これをどう受け止めたらいいのか真剣に悩んだ。チョコレートを贈るということが思いつかなかったのも、バレンタインという一種のイベントが女性のためのものだという意識があったからである。だいたい、宇宙に出て戦っている者に、そんな平和ボケしたことを思い出せというのが無茶だろう。

「上司が部下に贈るという風習もあるそうですよ。義理チョコ、といって」

 そんなシャアに、ドレンが助け舟をだした。

「義理?」
「日頃世話になっている相手に贈るんですよ。これからもよろしくといった、挨拶程度の意味で」
「そ、そうか……」

 ドレンの説明に、シャアはあからさまにほっとした。ドレンの言ったことは嘘ではないが、それでも大抵女性が男性に贈るものだ。衝撃をうけているシャアが気の毒で、ドレンはそこまで説明しなかった。
 可愛い愛娘にチョコレートを贈ってきた相手が総帥では、さすがにどうしようもない。せめて意味を摩り替えてやるくらいが関の山だった。
 シャアは箱を拾い、乱雑に包装紙を剥がして中身を確認する。確かにチョコレートだった。

「では、これは、私個人のものではなく皆のものだな」

 冷蔵庫にしまって、疲れた時にでも好きに食べるといい。気を取り直したシャアはそう言い、しかし他人のチョコレートで済ませてしまうのも悪いと思ったのか、時計を確認してまだ時間があることを知ると、買ってくると言い出した。

「え、いや、しかし、少佐…」
「そういった意味のものなら、私から贈らないのも不自然だろう」

 シャアはあくまでも義理チョコにしておきたいらしい。
 シャアは出て行き、帰ってきた時には紙袋にひとつひとつきちんと包装されたチョコレートを持っていた。

「これは、ドレンに」

 そう言ってドレンに渡されたのは、他のものより一回り大きめの箱だった。それだけが別で、他のものは皆同じサイズ、同じパッケージだった。

「いつも世話になっているしな。親愛なる副官殿へ」

 シャアはそう言って笑い。他の者へも渡すべく船を飛び回った。



 その後、シャア隊の者たちがシャア直々にチョコレートを贈られたという噂が軍内を飛び交い、シャアからチョコレートを貰えなかったギレンに衝撃を与えたという。





とりとめのないバレンタイン話。ドレシャなんだかギレシャなんだか…。
web拍手用に考えたのですが、ちょっと長くなったのでこちらへ。