「ガルマ…来てくれたのか」
「………?」

 シャアは少し頭を持ち上げて室内を見回した。ギレンがいないことがわかると、ほっと頭を戻す。

「総帥は……、いや、なんでもない…」

 シャアは自分を抱いた相手について、まだ混乱しているようだった。ズキリとガルマの胸が痛む。きしむようにぎこちない体をなんとか宥めすかして、シャアが上半身を持ち上げた。ガルマは背に手を回してそれを手伝う。大丈夫か、なんてとても言えたものではない。

「歩けるか?とにかくここから出よう」
「ああ……」

 足を床についたシャアはしかし、そのままへたりこんでしまった。自分でも驚いたように眼を見開いて、もう一度起きようとしてみる。

「足に力が入らない……?」

 戸惑って、困りきった表情。どれほど責めたてられたのかを思い知らされた気がして、シャアは顔を赤らめた。ふと見るとガルマの顔も染まっている。
 シャアは一体、ギレンとガルマのどちらに抱かれていたのか、記憶が曖昧だった。乱暴な仕草やしつこいほど求めてくるのはギレンそのものであったが、シャア、と名前を呼ぶ声はガルマだったように思える。

「ガルマ、ちょっと訊くが……」
「ごめん。さっきのことについては後で誤るから、今はちょっと黙っていて」

 言うが早いか、ガルマはシャアを横抱きに抱えあげた。突然の浮遊感に慌ててガルマにしがみつく。

「君を総帥に渡すわけにはいかないし、君がシャアだとバラすつもりもないんだ。おしとやかにしていて、ドルシネア」
「何かあった…、あったのですか、大佐?」

 ドルシネアと呼びかけられて、シャアは咄嗟に言葉を改めた。黙って連れて行かれるわけにはいかないことを思い出す。総帥には待っていろと言いつけられたのだ。ここから出て行くことには賛成だが、その後が怖い。

「いけません、大佐。私は…総帥に」
「しっ」

 足音が近づいてきたことに、二人とも気が付いた。足音はまっすぐにこちらに向かい―――ドアの前で止まった。緊張して二人はドアが開かれていくのを見守る。
 現れたのはギレンではなかった。そのことにシャアはほっとしたが、ガルマはさらに警戒した。現れた男は宇宙方面軍司令部大佐。ドルシネアがシャアであることを確かめに、とうとう自分で来たのだ。
 彼は、ガルマがドルシネアを抱きかかえているという状況に面食らったようだった。眼を見張って言葉を探している。

「ガ、ガルマ様。……その、」
「ノックも無しに、何の用だ?」

 ガルマは彼からシャアを隠すように抱えなおした。シャアは緊張し、ガルマの髪に顔を埋める。さっきガルマが言った「シャアだとバラすつもりもない」というのは、彼のことかと納得する。いつもこの大佐には、なにかと目の敵にされている。今回も、その類か。

「彼女を口説くつもりなら、後にしてくれないか。今は私が口説いているところだから」

 クス、と冷たく微笑して、シャアの頬にキスをしてみせる。大佐はたじろいた。大佐、という肩書きこそガルマと同じだが、公王の子息に対してまさかその女を寄越せとは言えない。しかし―――。
 彼は改めてガルマの腕に抱かれている女を見た。肩口以外は露出していない、控えめなドレス。乱れた裾から覗くすらりとした白い足首と、素足。どうして何も履いていないのかと見れば、その向こう、ベッドの下にヒールシューズが転がっていた。ベッドには、あからさまな情事の痕が生々しく残っている。口説くもなにも、すでに終わっているのではないか―――現場を垣間見たような、羞恥と困惑と、先を越されてしまったという苛立ちで大佐は顔を赤く染めた。ガルマはそんな彼にフンと鼻を鳴らした。

「…君が出て行かないのなら、私から失礼するよ。これ以上ライバルを増やすつもりはないからね」
「ライバル……」
「総帥さ」

 大佐が開け放したままだったドアから出て行く。総帥と聞いて呆然と彼は立ち尽くしてしまった。本当に彼女はシャアと別人であったのかと混乱している。

「…君も言うね」

 耳元に囁くように、シャアが呟いた。笑っている。

「本当のことだ。これからつきあえよ、シャ…ドルシネア」
「私を得るには、総帥と対決しなくてはなりませんが、大佐?」
「姫君を得る前に、竜退治…か」
「頑張ってくれ、ガルマ」

 ちょうど廊下の向かいから、ギレンがやってくるところだった。
 颯爽と歩いていたギレンは、目の前の光景に足を止めた。
 ドレス姿のシャアを抱きかかえているのは、いつのまにかパーティ会場からいなくなっていたガルマ。ドズルと一緒に事情聴取に行っていたとばかり思っていたのだ。ち、と内心で舌打ちをする。まさか、ガルマに先を越されるとは思わなかった。

「これは、兄上」

 まずはガルマがいかにも意外そうに挨拶をしてみせた。

「事情聴取は終わったのか」
「ひとまず。あとは警察の仕事ですので、任せてきました。ドルシネアはここにいては危険ですので、連れて帰るところです」
「危険?」

 ギレンは犯人の目的をまだ知らない。シャアも同様だった。だが、ガルマは説明をせず、

「詳しいことはドズル兄上にお聞きください。今も、彼女を狙う魔の手から逃げてきたのです」
「魔の手……」

 ギレンは口の中で呟いて、シャアを見た。彼はギレンと目を合わせようとせず、知らん顔だが、事の成り行きを面白がっているのだろう。口元が笑っている。

「戦わずに逃げてきたのか」
「必要とあれば戦いますが、むやみに剣をとるつもりはありません」
「よく、言う」

 ガルマの牽制を軽くいなして、ギレンは笑った。

「お前では頼りない。私が送ってやろう」

 投げ出された足首を掴むと、弾かれたようにシャアの顔が上がった。放してくださいとシャアが言う前に、ガルマがその手を振り解いた。

「彼女のパートナーは、私です。騎士役を譲るわけにはいきませんよ、兄上」

 戦う決意はできているのだと、ガルマは言外に伝える。ギレンは不愉快そうに目を細め、弟の宣戦布告を受け取った。





謎の美女「ドルシネア」をめぐるギレンとガルマの確執は激しさを増していき、
とうとうガルマは地球降下の命令を受ける。引き離されたドルシネア=シャアを、
ガルマは守ることができるのか?
戦争の中で渦巻く愛と陰謀を描いた怒涛の次回作はありません!

……なんちて。