土日にチャレンジしてみました。
とはいえトルコさんの周囲を調べる余力がないのでパラレルです。
そしてどシリアスです…






























 トルコのアパートではいつものようにギリシャとの言い争いが勃発していた。

 「さっさと服を着ろぃ、このバカ!」
 「バカって言うほうがバカ…」
 「口の減らねぇガキだなコラ」

 風呂から上がったあと中々身体を拭かないギリシャにトルコはもうちびすけじゃないのだからといらだった。頭からタオルをかぶせて乱暴に拭こうとすると嫌がってこの有様だ。反抗期というやつだろうか。…ったく何でオレ様がこんなガキの面倒みてンだかな…とため息も漏れる。
 と、ギリシャが不意に顔を上げた。

 「日本だ」

 猫のようなガキだ。猫耳がついていたらきっとピクッとドアのほうに向いていただろう。そんなものはついていなかったが、ギリシャは猫のように気まぐれに言い争いをやめて、猫のようにするりと玄関に駆けていった。

 「日本ー」
 「おやよく分かりましたね。こんにちは」

 ドアから顔を覗かせた日本にギリシャが引っ付いた。子供特有のカンか、耳がいいのか、ギリシャは日本の来訪を鋭く察知した。まとわりつく子供をくっつけたまま、日本は部屋の中に入ってきた。

 「作りすぎてしまったので、差し入れです」
 「いつもすまねぇな」

 持参したタッパーの中身は野菜たっぷりの煮物だった。トルコとギリシャの二人暮しの食生活を気にして、日本はちょくちょくおかずを差し入れてくれる。日本は持参した割烹着を羽織り、また食器を溜め込んじゃいないでしょうね、と笑いながら台所に入っていった。服を着なさいと言われてギリシャは素直に服を着ている。俺ンときはちっとも言うこと聞かねぇくせによ、とトルコは機嫌を損ねた。着終わったギリシャが日本にまとわりつくので、機嫌はさらに悪くなった。

   ■

 トルコが日本と知り合ったのは何年か前、トルコが日本の家の裏の川に落ちて溺れたのがキッカケだった。見ず知らずの奇妙な風体の男が大雨の日に足を滑らせて落ちたのだ。放っておかれても仕方なかったのに、間抜けな男が流されているのをたまたま見つけた日本はためらいもなく飛び込んだ。そして死の恐怖にパニック状態でしがみつく大男を苦労して引きずりあげ、家まで担いでいって介抱した。
 日本は体温が戻らない身体を抱いて温めてくれていたらしい。トルコは熱を与えてくれる身体を夢うつつにずっと感じていた。何度か少女の身体に変わっていたような気もするが、それはきっと願望が見せた幻覚だろう。トルコがはっきりと目を覚ましたとき、横には褌一丁の日本がいた。

 (願望…や、まあ…だがねェ…)

 トルコは仮面の下の顔を赤くして台所で作業している割烹着姿を眺めた。日本はそんなことを思っていい相手ではない。そしてなれなれしく引っ付いていい相手でもない、断じて。
 力強い腕がギリシャをべりっと引っぺがした。ギリシャが不満のうなり声を上げる。

 「トルコ、しね」
 「日本の作業の邪魔だろうがよ」
 「ええと別に私はかまいませんが…」

 そこには手際よく用意された夕食が出来上がっていた。別にこんなことしなくていいのに、助けたトルコを送り届けたときに小さな子供(ギリシャ)とインスタント食品ばかりの食生活を目の当たりにした日本は妙な使命感に燃えてしまったらしい。トルコだって家事は嫌いじゃないが、その頃は仕事が忙しくてギリシャにもろくにかまってやれなかった。子供好きの日本はトルコに代わってギリシャの面倒を見てくれたので、正直ずいぶん助かった。ギリシャが大きくなるにしたがってその頻度は減ったが、一度気にかけた相手は気になるのだそうで、本拠地からは遠いというのに、日本は相変わらず訪ねてきてくれる。そして料理上手の日本の手料理はトルコもギリシャも大歓迎だ。

 とはいえ、そんな厚遇は二人だけに与えられたものではない。日本は誰に対しても親切だった。北のほうにシマを張っている親分のところからさらわれた子供達を救出して面倒を見ていたこともある。何の縁もないところからいきなり持ち込まれた厄介ごとで、ほうぼうをたらい回しにされた挙句最後に日本に泣きついてきた依頼を日本は二つ返事で引き受けた。トルコのときにもそうだったが、日本は困っているものに親身になってくれる。そのおかげか、日本はトルコの近所で非常に評判がよかった。

 (ヒゲも生やさねぇで子供みたいななりしてるくせに、気風のいい人さね。何の縁もないとこの子供らを助けて、何人も家で面倒見たりしてよォ…男だねェしびれるじゃねぇか!)

 その日本はギリシャの前にかがみこんで、真剣な顔で、しねなんて言うもんじゃありません、と諭している。刀をとって命を張って生きている人がそんなことを言うのがおかしくて、笑いがこみ上げてくる。

 日本は親切なだけでなく強い人だ。本当に優しいというのはこういうことだと思う。
 こんな人の友達でいられるのは幸運なことだ。

   ■

 ギリシャが中学を卒業して家を出ると、日本がトルコの部屋にやってくることはなくなった。ちなみに、ギリシャの高校の支度金を出してくれたのも日本だった。「高校までは行っておいたほうがいいですよ、幸い私も今なら少し蓄えに余裕があるのです」と当たり前のような顔で援助をしてくれた。日本には何から何まで世話になりっぱなしでトルコは頭が下がる。道楽に金を出すほど余裕があるわけじゃないことは分かっていた。けれど日本は大したことじゃありませんと笑うのだ。

 「困ったときはお互い様ですよ」

 魔法の呪文で日本は気を遣わせない。部屋に来なくなった日本とトルコの間柄は、トルコの店にやってくる客と店主という関係に変わった。頻繁に来るわけではないが、誰かに花を贈る機会があるときは、日本は必ずトルコの店を利用した。何かと贔屓にしてくれる恩人に対してトルコができることといえば、花をオマケすることぐらいだ。いつか、ツケがたまりまくった恩を返せる日が来るのだろうか。



   ■   ■   ■



 家を出てから滅多に寄り付かなくなったギリシャが久しぶりに店に顔を見せた。日本の入院先を見舞ってきたというギリシャはトルコに見舞いに行ったほうがいいと言った。いつもぼーっとして何を考えているのか分からない奴が、珍しく真剣な顔をしている。
 “戦争”が終わって自由に町を歩けるようになってもトルコは一度も日本を見舞っていなかった。かの人に困ったことが起きたら、いの一番に駆け参じようと常々思っていたのに。面倒くさいとか、係わり合いになりたくないという理由では断じてない。圧力に屈して心ならずも日本排斥の署名をしたトルコは、平和になったあとでも日本に合わせる顔がないと思っていた。
 ギリシャのように何も考えずに会いたいからとふらりと会いにいける単細胞がうらやましい、と八つ当たり気味に睨みつけた。しかしギリシャはひるまず食い下がった。何故かしつこいほどに勧めてくるギリシャが、「手遅れにならないうちに」と言うので不吉な言い回しに冷や水を浴びせられたような気分を味わった。とうとう根負けして、トルコは日本を見舞うことにした。

   ■

 淡い色が好きだった日本の好みを考え、ケースの中から桜色のチューリップを選んで花束を作った。身体中を布で覆い、顔をマスクで覆って完全防備。しかし病院に向かう道すがらもトルコは落ち着かなかった。日本はトルコの署名を目にしているだろう。友情に厚い日本は、トルコの裏切りを知ってショックを受けただろう、きっと怒っていることだろう。滅多に怒らない佳人の怒りは恐ろしい。顔も見たくないと激怒する日本を思い浮かべて暗澹たる気持ちになった。拒絶されると分かっている道行は辛かったが、じきに病院についてしまった。
 ギリシャから告げられた番号を頼りに足を踏み入れた病院の1フロアは静まり返っていた。日本は色々と立場が微妙なので、面倒を恐れて、日本以外の入院患者は退去させたのだろう。日本の病室はすぐに分かった。サングラスをかけた黒服の男が二人、病室の入り口をがっちりと固めていた。

 「何だ貴様は」

 高圧的な態度で止められて仮面の下で眉根を寄せる。日本は現在アメリカの保護下に置かれている、ということはこの黒服はアメリカの手の者なのだろう。日本とアメリカは似たような稼業を営んでいるはずだが、日本にはこんな風に高圧的な態度に出られたことはなかった。日本はいつでも穏やかで、トルコは嫌な思いをしたことは一度もなかった。

 「怪しい奴め、仮面をとれ!」

 こんなことを言われたこともない。大体、治癒するための場所なのにいかつい図体で幅を取って、素顔も見せないサングラスなどかけて怪しいのはどちらだというのだ。
 と短気なトルコがけんかを吹っかけそうになったところで、ドアの向こうから懐かしい声がした。

 「…その方は知り合いの花屋さんです。入ってもらってください」

 落ち着いた声。日本が自分をどう思っているのか分からないのは恐ろしくて、声から必死に感情を読み取ろうとしたが、トルコには何も読み取れなかった。覚悟を決める間もなくガラリと引き戸が開けられてしまい、トルコは久しぶりに日本の姿を見た。

 気持ちのいい風に白いカーテンがそよいでいる。窓際に一台のベッドが置かれていた。白いシーツの中に、日本は静物のように横たわっていた。

   ■

 ポッ…ポッ…ポッ…ポッ…
 一定のリズムで落ちる点滴だけが音を立てる静かな空間に、トルコはおそるおそる足を踏み入れた。背後に見張っている黒服の目を感じる。逃げ出したくてたまらなかったが、来たことが日本に知れてしまっている以上、逃げることはできない。
 身体中に包帯を巻かれて横たわっている日本は指先一つ動かすことはない。思った以上に重篤な様子にトルコは何も言えなくなってしまった。もともと小さかった身体は痩せ細っていた。それでも、きっと収容された直後よりは回復しているのだろうが。
 久しぶりだなぃ、元気かい?…元気なはずがない、何か困ったことは?…困ったことがあればアメリカがやってきて解決するだろう、俺にできることはあるか?…今更そんなことをいえる義理はない、頭の中をぐるぐると言葉が駆け巡るが、何も出てこない。できることなら一言詫びて許してもらいたかったが、軽々しく謝ったところで、それが何になるというのだろう。
 沈黙に耐え切れず、手持ち無沙汰にチューリップの花束を空いている花瓶に生けた。枕元の台に花瓶を置くと、日本の漆黒の目がきょろりと動いた。

 「…もう春なのですね」

 花は全ての人を笑顔にする。日本も、桜色を目にして目元を和ませた。今まで表情一つ変えなかったので、もしかしたら感情が死んでしまったのかもしれないと考えていたトルコは、少しだけほっとする。

 「ありがとう、ございます」

 おそるおそる見た日本の顔には幸いなことに傷はなかった。口元にかすかに笑みを浮かべた穏やかな表情にまたほっとする。漆黒の目が動き、トルコの目を捉えた。トルコは心の臓に冷たいナイフを突きつけられたかのように身を竦めた。

 「てっきり見限られたかと思っていました」

 あまり口の端を動かさないようにゆっくりと発音する。それは皮肉ではなかった。怒ってなどいない。ただ嬉しそうに日本は微笑んだ。

 「それはこっちの台詞だぜぃ…」

 日本と久しぶりに話す言葉がこんなに情けないものになるとは。
 この人はカタギじゃないかもしれないが、暴力で弱いものを従わせ搾取するようなことはしないと知っていたのに。社会の敵日本排斥の署名をしないと村八分だ最悪戦争だと脅されて、テメェらはもっとヒデェことしてやがるくせにと歯噛みしながら署名するしかなかった。トルコのほかにもそうやって脅されて署名した者が何人もいた。社会の敵も何も、アメリカと日本はシマを広げすぎてぶつかったのだ、同じ穴のムジナだ。しかし日本を悪者に仕立てあげて自分がヒーローになったアメリカは巧妙だった。日本のシマで彼がどのように行動していたかは知らない、だが少なくともトルコの近所では、日本はいつでも穏やかで親切だったのに、そのことは何ら日本を守るようには働かなかった。日本の敵となるものと戦う力を持っていなくても、署名を断固拒否し周囲に日本は悪い奴じゃないと呼びかけるべきだったのかもしれない。だがトルコはそれを怠った。内心はどうあれ、恩人の敵となったことに変わりはない、何も言い訳はできない。

 「気になさることはありません。同じ立場なら、私も同じことをしたでしょう。それよりも、あなたに刃を向ける羽目にならなくてよかったです」

 嘘だ…!日本はそんなことはしない、仁義や義理人情を重んじるこの人は、古い恩人が負けそうだというときに、己の保身のために敵対宣言をして追い詰めるような真似は決してしない。
 日本はそういう人だった。強きをくじき弱きを助け、率先して苦難の中に身を置こうとする。そんな彼に助けられ、友情を結べたことはトルコの誇りだったのに。
 トルコがよほど情けない顔をしていたのだろう、日本はとりなすように微笑んだ。

 「アメリカさんにはよくしていただいていますから、私は大丈夫ですよ」

 点滴がポトリポトリと落ちて日本の身体に注ぎ込まれていくたびに、アメリカが日本を縛り付けていくようでトルコは悲しくなる。
 重篤な怪我人に気を遣わせてしまった。友情を裏切ったトルコを責めもせず穏やかな日本が悲しい。先ほど日本はトルコを友人ではなく知り合いと言った。…全てはもう取り返しがつかない。トルコは熱い友情を失ってしまったのだ。

 今度は命に代えても日本を救ってみせる、と思っても。
 全てが終わった後ではそんなものは臆病者の言い訳に過ぎなかった。

   ■

 ほとんど話は弾まず、トルコは早々に病室を引き上げた。何ともやりきれない。苦いものが口の中に広がっていく。
 ふと思いついて、日本宅まで脚を伸ばしてみた。今の季節ならレンギョウか梅でも咲いているかもしれない、手入れを怠っていても、樹木が主体の日本の庭ならばそれなりに美しい姿を保っていることだろう。主なき庭の花をせめて代わりに見てやろうと足を向けた。

 「なっ…」

 日本宅の門の前に立ったとき、トルコは絶句するしかなかった。トルコの目の前には焼け野原が広がっていた。

   ■

 トルコが日本宅に足を踏み入れたのは一回きり、日本に助けられて滞在していたときの一回きりだ。しかし植物に造詣が深いトルコにとって風変わりな日本の庭は忘れられないものだった。トルコが出入りする他の家のように派手な花が植わっているわけではない。樹木主体の緑色の庭の庭木は一見野放図に植えられ思い思いに伸びているようでいて、それぞれが愛情を持って手入れされていた。誘われて草履を突っかけ庭を巡ると、ふと見た足元に可憐な花が咲いていたり、奥まったところに、はっとするほど美しい赤色が潜んでいたりする。いい庭だな、とほめると、日本はふわりと微笑んで、裏手に案内してくれた。そこには様々な変化朝顔の鉢が鎮座していて、すごいでしょう!?変化したものを種や挿し芽で増やしたりして…と熱心に語る様には新たな面を発見したようで愉快だった。

   ■

 濃密な緑が美しかった庭は跡形もなかった。
 つつましいなりに住まいやすく手入れされていた家屋は消え、焼け残った柱が二、三本黒く突っ立っている。その向こうにあるのは黒い地面だった。全てが焼き尽くされ、豊かだった庭も跡形もなく破壊しつくされ、掠奪されつくしていた。
 ここには日本以外の人間も住んでいたはずだ。一般人は巻き込まないのが暗黙の了解であり、事実日本はカタギを巻き込まないという誓いを固く守っていた。日本はトルコやギリシャの位置まで踏み込んでくるのに踏み込ませなかった。それはきっと、自分の稼業にトルコを巻き込まないためだ。それなのに、ここでは日本の稼業のことは何も知らされていなかった者まで巻き込まれていた。
 信じられない。思わずふらりとトルコは足を踏み出した。黄色い『KEEP OUT』のテープが張られた門をくぐろうとしたとき、トルコの身体は乱暴に押し戻された。はっとして見ると、日本の病室を見張っていたのと同じ、黒服の男達がトルコを誰何していた。

 そしてトルコは理解した。日本は何もかも失ってしまったのだということを。病院のベッドに縛り付けられて身体の自由を奪われ、家族を、財産を、社会とのつながりを奪われ、帰るところさえない。友人一人自由に選ぶことはできない。
 トルコは彼と刃を交えたわけではない。彼の家に火を放ったわけでもなく、彼の家を踏み荒らして掠奪したわけでもない。けれどトルコもまた日本が全てを失う手助けをした。

 仮面の下の目から、涙が一筋こぼれていく。

 神様…!
 この罪を雪ぐ機会をお与えください…いいや、俺のエゴのために
 日本さんに苦難が降りかかることを望むなんてとんでもねェ…
 俺は軽蔑されたままでいい、だから、だからどうか…!
 あのお人の上に幸福があらんことを!

















なにわぶし日本に相変わらず萌えてます。江戸っ子トルコさんと友情を築いて欲しいです。
戦前はタメで、戦後の苦悩を経て最上級の敬意を払うようになったのもモエます。
このお人には敵わねェ…って。
以前と同じような友人関係には戻れないでしょう、おもにトルコさんの気持ちの問題で。
罪悪感があるとしたら復興した日本から援助を受けるトルコさんは心中複雑でしょうが
のちにちゃんと恩義を返してるトルコさんは男前です。
心ならずも敵対してしまった恩人にやっと恩を返せたときは感無量だったろうなーと思います。

深刻なところで話が終わってしまって申し訳ない!のちに恩を返すんですが、状況が思いつきません(汗)
日本を姫だっこで救い出すトルコさんの映像は浮かぶんですが、この日本君がどうにもならなくなる
ぐらいのピンチって果たしてトルコさんでどうにかできるたぐいのものなんでしょうか…

さらっと許してるようですが、日本君のほうも“戦争”中トルコさんの署名を見て衝撃を受けて
あの人だって私とだけ付き合ってるわけじゃないんですから…、
他にも大切な絆がいくつもあるんですから…と歯を食いしばってたら最高です!
ギリシャさんが見舞いを勧めたのは、日本君に「トルコさんは一緒じゃないんですか…」ってシュンとされたんですよ。
ベクトルはトルコ→→→→→←日本でトルコの想いが強すぎるんですがちゃんと日本のほうからも矢印は出てるんです。

仮面にヒゲのごついおっちゃんが花屋というギャップにたまらなく萌えるのでトルコさんは花屋で植木屋という脳内設定です。