あけましておめでとうございまちゅー

































■年のはじめの





 日本のお正月。それは静謐で清浄なものである。家族揃っておせちと呼ばれる決められた食事を摂り、神社に詣で、心静かに過ごすもの。そんな世界の中でもスペシャルな年明けを過ごすため、世界各国が(呼んでもいないのに)日本の家に集まっていた。
 日本は何度目かのため息をついた。テレビのプログラムがつまらないだの、おせちにはもう飽きただの、お年玉をおくれだの、異国の者たちはまことにうるさい。(うちの正月は静かに過ごすものなんですよ…!)と心の中で叫んでいると、蔵のほうから呼ばわる声がした。

 「おやこれは懐かしい…」
 台湾が蔵から出してきた羽子板を見て日本は目元を和ませた。台湾や小さな子たちが日本の下にいた頃、無病息災のまじないをこめて、正月には羽根突きをしたものだ。今は一人暮らしだし、女の子もいないので羽子板は蔵にしまいっぱなしになっていた。
 「なんだい、それ?」
 退屈をもてあました国々が縁側からぞろぞろと見物にやってくる。細工の施された美しい羽子板を次々と手に取り、感嘆の声を上げた。
 「そうです、皆さん退屈されてるようですから、羽根突きをしましょうか」
 「ハネツキ??」
 「ええ、この羽子板で、こちらの羽子をこう…」
 五色の羽飾りが鮮やかな羽子をカーン、カーンとついてみせる。
 「打ち合って、落としたほうが負けというゲームです」
 「バドミントンみたいなものか」
 「面白そうだな!」
 「ふふ、罰ゲームもあるんですよ。台湾さん、久しぶりに対戦しましょうか」
 「ええ!もう大人ですもの、私だって負けませんよう!」
 「罰ゲーム…?」
 面々はどんなえげつない罰が下るのかと顔を引きつらせた。

 日本と台湾は家の前の道路に出て楽しそうに羽根突きを始めた。対戦といってもカットやスマッシュがあるわけでもなく、緩やかな弧を描く羽子の行き来はのどかなものだ。
 カーン、カーン、カーン
 黒い玉が板にあたる音は正月の静かな空気の中高らかに鳴り、神聖な響きを帯びている。
 カーン、カーン、カーン…
 「あっ」
 台湾が受け損ねて、羽子は地面に落ちた。
 「あーあ…」
 「台湾さん、罰ゲームですよ」
 「ああ〜」
 台湾が本当に嫌そうに顔をゆがめたので、日本は一体何をするつもりだと興味津々で見ていると、いったん家の中に入った日本は瓶と筆を持って帰ってきた。

 「なんですかこれ、猫ですか…?」
 「ネズミ年ですからネズミです。中々可愛らしいですよ」
 日本が持ってきた鏡で仕上がりを確認して台湾はげんなりとなったが、日本の言葉でいくらか上向いた。
 「羽子を落としたほうが顔に墨を塗られるというわけです」
 「ほほー…」
 日本らしい可愛らしい罰ゲームではないかと、台湾の仕上がりが可愛らしいこともあって皆笑顔になった。

 「あ、そうそう、墨汁は服につくと落ちませんから、くれぐれもつけないように気をつけてくださいね」

 といった注意をすでに対戦モードに入っているイギリスとフランスは聞いているのかいないのか。カンカンカンカン!と凄まじい応酬が始まっている。遅かったか…と二人の応酬を眺めて(本来は勝敗を競うものじゃなくて、できるだけ落とさないようにつなげるのを楽しむんですけどね…)と呆れつつ、まあ楽しそうなのでいいかと思い直した。ちなみに二人に言わせれば、楽しそうとか仲良さそうなんてのんきな感想はとんでもないものであるが。

 色々下準備をして家の外にとって返すと、アメリカから一緒にやろうと声をかけられた。イギリスとフランスの応酬は誰も中に入ることができず、ドイツとイタリアは二人の世界(?)で楽しそうに遊んでいる。いいですよ、手加減しませんからね、と日本は笑顔で応じた。

 右頬に●カチュウ、左頬に●ッキーを描かれて運動神経には自信があったアメリカはいささか凹んでいた。言わずもがなではあるが日本は無傷である。
 「まだやりますか?次は額に肉と書いて差し上げますよ」
 「むう〜」
 「日本君、それより僕と対戦しよ?」
 そのとき、ひょっこりと二人の背後から影が射した。



   ■   ■   ■



 戦いすんで日が暮れて。
 日本の家の前の道路では真っ黒い姿のヨーロッパ人二人が頭を垂れて突っ立っていた。イギリスとフランスだ。互いに頭から墨汁をぶっかけあったらしい。
 「羽根突きって言うのはもっとこう…調和を楽しむ一種の儀式なんですけどね…」
 「すまん…」
 「まあこうなるような気はしていましたが」
 と重々しくため息をつく日本をちらりと見てフランスがおそるおそる口を開いた。
 「でもお前だって似たようなもんじゃないか…?」
 途端に日本の眉間にしわが刻まれた。
 ロシアに誘われて始まった日本とロシアの対戦も、イギリスフランスと似たような経過を辿っていた。凄まじい応酬に誰も口を挟むことができず、墨汁の掛け合いはしなかったが(そんなもったいないこととんでもない!)、日本もロシアも顔はおろか腕や服まで墨で真っ黒になっていた。
 「私としたことが年甲斐もなく挑発に乗ってしまいました…おかげで晴れ着が台無しです…」
 日本は情けない顔で自分の姿を見下ろした。イギリスがアメリカに(どうして止めなかったんだよ!)とこそこそと怒っている。日本とロシアが対戦すればこうなることは当然分かっていたはずだが、アメリカには分からないらしい。イタリアによって芸術的なペインティングを施され、当然服まで墨汁で汚したアメリカはきょとんと首をかしげていた。
 「風呂を用意してありますから、入っちゃってください。家の中は汚さないでくださいね」
 玄関先から風呂場まではこうなることを予見して新聞紙が敷かれていた。わらわらと家の中に入っていく真っ黒な大きな子供達。をやれやれと見送って日本はドイツと台湾を呼び止めた。
 「すみません!台湾さん、ドイツさんも…。申し訳ありませんが、ひとっ走り駅前の●ニクロに行って皆さんの服を買ってきていただけませんか…?」
 比較的常識的に対戦していた二人は服を汚していず、それぞれ顔には可愛らしいペイントが施されていたが、顔さえ洗えば外に出られる仕様である。
 墨汁のしみは落ちにくいので、あそこまで派手に染まった服はもう着られないだろう。日本の民族衣装である着物は比較的サイズを問わない衣装とはいえ、上背の大きい西洋人に着せるとつんつるてんの間抜けな有様になってしまう。それで本国に帰すわけにはいかないという配慮だった。(羽根突きをさせないという配慮はないらしい)
 「お前も苦労するな…」
 「いえ、まあ…。でも楽しかったような気もしますから」
 と日本は晴れやかに笑った。
 ではお願いしますと財布を預けて、大騒ぎになっているであろう風呂場に入っていった。











年のはじめのどつきあい(笑)
ロシアさんに墨を塗ることができるのは(あらゆる意味で)日本君だけだと信じています。