■1993
日本はふとんの中でゴホゴホと咳き込んでいた。 (ああもう情けない…) 身体が熱くて思うように動かない。上りつめて空回って挙句の果てにこのざまだ。アメリカさえも買い占められると慢心した己を省みると恥ずかしさのあまり消滅したくなる。自業自得。いくら自分を責めてみても赤字は減らない。 とことん落ち込んでいるところに嫌な客が来た。 「やっほー。アメリカ君と張り合って張り切って自滅したんだって?」 「なっ…何しに来たんですか!?」 強がってみてもゴホゴホと咳き込む身体では詮無いことだ。この人に弱っているところを見せるなんてとんでもない。とロシアの姿を確認した途端に日本は布団の上で居住まいを正した。 「そんなに警戒しなくても、今は君を攻める余力はないよ」 ただお見舞いに来れて嬉しいんだよ、とロシアは人のいい笑みを浮かべた。 「…そうですよね」 とりあえずは信じていいだろう。確かにロシアは国内の整備で手一杯のはずだ。ソ連の分割では思ったより大きな領土がロシアに残された(だったらこんなところに来ていていいのだろうか)。 この間は日本がロシアを訪ねたが、今度は立場が逆だ。ロシアはひょいと枕元に腰を下ろした。 「君、結構身体弱いんだから、無茶しちゃダメだよー?」 めっ☆ と可愛らしくしかられて、全身に鳥肌が立った。ロシアに気遣われるなんて、天変地異の前触れじゃないだろうか。 「…せいぜい教訓にしてください。こちらの体制ではこういうことも起きるんです」 「僕そんなにやわじゃないから。日本君て意外と調子に乗りやすいよね昔から」 …返す言葉もございません。 ぐうの音も出ない日本を見て、ロシアは楽しそうに頭に手を伸ばす。汗でじっとりと濡れた髪を、それでも嬉しそうにロシアは撫でた。 「体力がないんだよね日本君は」 「ほっといてください、もともと争い向きの身体じゃないんです。…体質なんだからしょうがないでしょう」 ロシアは何しに来たんだろう。刀を奪われたのなら他の方法で戦うまでです、なんていきがっておいて倒れた日本を笑いに来たんだろうか。…いけない、かなり自虐的になっているようだ。 けれどロシアの手は優しかった。 「んー、君も大変だなって思ってさ。中国君とアメリカ君と僕に囲まれてるなんて」 「どうしたんですか今日は…」 本当に気持ち悪いんですけど。何をたくらんでるんですかと日本は疑わしげにロシアを見た。 「うまく立ち回るなんてできないじゃない?僕は君のそういうとこ好きだけどさ」 「そう思うなら少しは手加減してくださいよ…」 「ロシアにそんなサービスないよ!君のこと、アメリカ君や中国君に譲るつもりはないからね」 何が楽しいのかにこにこと満面の笑みで撫で繰り回す。 「でも日本君になら少しはサービスしてもいいと思ってさ」 じゃーん☆ ロシアは妙なテンションで懐から書類を取り出した。 「というわけで、お土産vv 少しは薬になるかなあ?」 …もしかしたら、ロシアなりに励まそうとしているのかもしれない(気持ち悪いけど) この人でも、他人に気を使うことがあるんですね…。 妙に生温かい気持ちになった。 ロシアといるのにこのぬるい空気が気持ち悪くて受け取った書類に目を落とす。 「サハリン沖開発に関する入札…?ロシアさんが他国を受け入れて開発ですか?」 「そうなんだけど、みんな中々乗ってくれなくてさ」 そうでしょうね…と日本は遠い目になった。 ロシアを信用して痛い目に遭っているのは日本だけではない。抗議すればニコニコと銃を片手に脅しをかけてきて、結局泣き寝入りすることしかできなかった。ロシアがサハリンと言っている樺太のことだってそうだ。南半分は日本のものだったのに、大戦後のどさくさに紛れてほぼ強奪したに等しい。でも…と日本は熱に浮かされた目でロシアを見た。 弱体化しているロシアは現在立て直しに懸命だ。日本も早急に風邪を治さなければならない。このプロジェクトはうまくいけば、資源が足りない日本の栄養剤になりうるだろう。二人の間に横たわる島を一緒に育てていく試みは、歩み寄りを促進するのではないだろうか。 上司はともかく、ロシアは悪い人ではない、たぶん。 お隣さんである以上、付き合いをやめるわけにはいかない。ならばむしろロシアの門戸が開かれたのは歓迎すべきことだ。協力して、立ち直っていけたらいいですよね、と日本の気分は上向いた。 |