■十字架を背負う者 「イタリアが降伏した」 「…そうですか」 重々しいドイツの言葉に対して、日本の答えはごくあっさりしたものだった。 戦況はいよいよ芳しくない追い詰められた情勢の中、わざわざ会う機会を設けた生真面目な同盟国の報告は、予想していたことだった。どんなに追い詰められた状況でも、冷静さを失わなかった頼もしい同盟国も、長年(日本など太刀打ちできないほど長く)連れ添った友人の脱落はこたえたのだろう。同盟を組んだ頃に比べて、目に見えてやつれている―――もっともそれは、日本自身にも言えることだが。 「イタリアも降伏したくはなかっただろう。だが、俺の助力が足りずに―――頼む!恨まないでやってくれ…」 もはや味方ではない(悲しいことだが)友人のことを必死にとりなすドイツに、日本は笑ってしまった。ドイツも日本も少し頼りなくて気のいいイタリアが大好きだった。ドイツが心配するように、イタリアを恨む気持ちはなかった。もうすでに、彼らの敗北は目に見えて明らかだったのだから。 「でも本当はちょっとは安心してるんでしょう?これでいいんです、イタリア君の安全は確保されましたね」 イタリア君は連合の方々にも愛されていますから…どこか憎めないイタリアの様子を思い出すと心が温かくなる。イタリアのことだ、捕虜になっても持ち前の処世術で許されてしまうことだろう。ちょっと会話したら誰だって彼を殴ろうなんて気は起こせなくなる。ドイツは眉根を寄せて困った顔を作った。ドイツはロマーノが降伏した後のイタリアを助けて戦っていた。自分だって、アメリカのヨーロッパ戦線参戦で苦しい台所事情だったのに。ドイツがしてやれることは全てやった上でのイタリア自身の選択だ、責任を感じて、そんな顔をする必要はないのに。ドイツはイタリアに対して(それどころかずっと年上の日本に対しても)、父親のようにふるまうところがあった。 「逆に我々はいよいよ覚悟を決めなくてはならないわけですが」 「日本」 ドイツが厳しい表情で口を開いた。 「―――お前も今降りれば許されるかもしれない。イギリスはお前を気に掛けているし、アメリカもロシアもお前を気に入っている。中国だって本当はお前のことを…」 改めて名を上げてみれば日本は本当に諸外国に愛されていると思う。自分などについて開戦したせいで、素直でまっすぐで世間知らずな美しい国がボロボロになってしまった責任を感じる。もう敗北は避けられないのなら、これ以上日本を傷つけないようにするのが同盟国としてすべきことだろうと思ったのだ。 「ドイツさん」 怒るかと思った日本はただ静かにドイツの話をさえぎった。 「私はイタリア君のように柳の強さは持てません」 義のために死ぬのが日本だ。それは強さなどではなく弱さであることを日本はよく分かっていたが、この性質は変えられそうにない。 しかし…ドイツが言いよどむ。そのまっすぐさをドイツは愛していたが、そのまっすぐゆえに日本を死なせたくはなかった。 「それに私はイタリア君やドイツさんとは違います」 ふいに日本の表情が変わった。眉根を寄せて苦しげにうつむいた。 「私が負ければ分割され、植民地にされるだけです。あなたがたは負けてもおそらくそれほど酷いことはされない、昔からの隣人意識がありますから。けれど私はアジアです。勝ち続けなければ、力がなければ、搾取される土地になるだけです。負けを認めた時点で、日本の独立はなくなります。いったん戦争を始めてしまったのならもう…勝つのでなければ、滅びるしかないんです」 普段は積極的にしゃべらない日本が言い募る。歯を食いしばって、拳を握って、その姿には悔しさがにじむ。日本はいつも強くなろうと必死だった。どうしてそんなに、と不思議に思うほど一所懸命だった。生真面目に戦っていた裏でそんなふうに思いつめていたなんて、ドイツはまるで気付いてやれなかった。 同盟国とはいえ、ドイツもイタリアもヨーロッパだ。WW1で負けて放棄するまでドイツはアジアに植民地を持っていたし、イタリアですらアフリカに植民地を持っていた。今ヨーロッパを違う種類だというように、大切な友達だといった自分たちのことも遠く、感じていたのだろうか。かける言葉が見つからず、ドイツは唇をかむ。 こんな状況でも日本はドイツの出す空気を読み取って、とりなすように微笑んだ。 「肌の色も住む場所も違う私のことを、仲間だといってくださって、イタリア君とドイツさんには本当に感謝しているんですよ。だから心配なんです。私までいなくなったら、あなたはどうなるのです」 最後まで残ったほうがより多くの憎悪を背負うのは想像できる。全員の憎悪が集中して袋叩きだ。だからこそ、ドイツも日本も大切な友人を残して降りるわけにはいかなかった。 「…俺は許されないだろうが、お前のことはきっとイギリスと中国が守ってくれるのではないか?どうせ俺は許されないのだからお前は苦汁を飲んで俺を安心させてはくれないか」 「もう少し前ならとりなしていただけたかもしれませんが、イギリスさんに勝ってしまいましたからね、許してはいただけないでしょう」 日本は肩をすくめた。苦く笑う頬のやつれが痛々しい。皮肉なものだ、かつてその勝利はドイツ中を沸き立たせ、勇気を与えてくれたものだった。 ふいに日本がドイツの手をとって上目遣いに覗き込んできた。大きな黒い瞳がドイツを映している。日本は普段他人と目を合わせようとしないから、思わぬ行動にどうしていいか分からずドイツがただ固まっていると、きゅっと日本の眉根が寄った。 「あなたのほうが私よりずっと傷ついているのですよ?ですから後は任せて。今の負傷レベルならまだドイツさんならば復興できます。これ以上傷つかないうちにどうか…」 それは相手をかばい、自らが十字架を背負おうというあまりにも悲しい綱引き。 彼らの戦いの終結はもう間近――― |