露×日♀でパラレルです。にょたりあ日です。
まっくろく露さまを目指したので注意。
イヴァン様は夜の街のボス的な何か。
菊ちゃんは目が見えません。
ギルは菊ちゃんの幼なじみでイヴァンと揉めてます。
昔電車の中でチラッと見た漫画(青年誌でしたが作品不明。『夜王』かも?)にこんな感じ↓の場面があったんです。
夜の繁華街を一人の少女が歩いていた。 煌びやかな夜の街にはそぐわない地味な服装、白い杖を左手にゆるく持ち、カツン、カツンと地面を探りながら、菊はゆっくりと歩いていた。歩きながら、ぷりぷりと怒っていた。 (ひどいです!ひどいです、私も役に立ちたいのに…!) 菊はこの街で「ほすとくらぶ」に勤めている幼なじみを訪ねて帰るところだった。 近所(というか同じアパート)に住んでいるのだが、このところ部屋に帰っていないようなのだ。一人暮らしで栄養が偏りがちな幼なじみのために定期的に差し入れているタッパーも回収された気配がない。連絡もなしに何日も留守にするなど初めてのことだったからどうしても気になって、元気にしているのか、様子を見に仕事場を訪ねたのだが。 幼なじみがそこにいるのは無駄に元気な声ですぐに分かった。声をかけると彼は絶句。 菊が彼の健康を考えてこしらえた煮物中心の弁当に対して、こんなばあさんみたいな茶色い弁当が食えるかよ!と男が払った腕は、菊が差し出した重箱をひっくり返し、床にぶちまけてしまった弁当をあわてて片付けようとしたところ、口調も荒く追い返されたのだった。 見えないから少し時間はかかるけれど、私だってやれるのに。 彼の役に立ちたくても、動けば迷惑ばかりかけてしまう。ここはお前みたいな奴の来るところじゃないと怒ったような口調が悲しかった。 何度目か、障害物にあたって菊は思考を中断した。 この街は歩きにくい。点字ブロックがあっても、自転車やバイクや看板に覆われて、すぐに途切れてしまう。自転車を将棋倒しにしたら大変なので、菊は慎重に歩を進めていた。 幼なじみの男は乱暴者だけど、昔は優しかったのだ。いつも黙って怪我をしているものだから、つい世話を焼いてしまって、そうすると、うるせーてめえこそ黙って世話を焼かれてろ!と口調は乱暴だけど、優しかったのに。 どんっ! 衝撃でよろけた。 考え事をしていたら気配を読み損ねて、結構な勢いで誰かにぶつかってしまった。 すみませ…と謝ろうとするより先に、肩に強い衝撃。 「どこ見て歩いてやがる!」 ビクリ、と肩を揺らす。 知らない男の声と、知らない男の集団に囲まれる気配に、菊は竦みあがった。 知らない人は恐ろしい。普段ほとんど外出することのない菊は、他人と接するのに慣れていない。怖くて怖くて、頭の中が真っ白になった。 イヴァンは夜の繁華街を一人で歩いていた。今日は珍しく取り巻きがいない。肩をそびやかし、のっしのっしと歩く大男に、街の住人はあわてて道を譲った。 (面白くないな…) 普段はうつくしい顔に貼り付きっぱなしの笑みが剥がれかけている。 最近、この街で向かうところ敵なしだったイヴァンの陣営に敵対する勢力がある。ついこの間もイヴァンはその中の急先鋒と衝突したばかりだった。目障りだな、どうやって潰してやろうと剥がれかけた笑みの裏側で算段していると。 ふと、街の一角がざわざわと騒がしいのに気付いた。喧嘩だろうか?この街が騒がしいのはいつものことだけど、少しの違和感。ひそひそと同情するようなささやき声も聞こえる。 奴らが出てきてから、街の秩序は緩んで、僕らの力だけでは秩序が保てなくなっている。ここはあちこちで犯罪行為も横行する猥雑な街だが、表面ぐらいはきれいに保っておかなければ、カモが寄ってこない。猥雑さの中にも秩序が必要なのだ。僕らがうまい汁を吸うための秩序が。 街の浄化はアルフレッド君の仕事じゃない、彼は何やってるのかなあ、ますますイライラが募った。 アルフレッドも敵対勢力に対抗するために手を取られているのだ。奴らはやっぱり邪魔だ、さっさと潰しちゃわないとね、と思いながら、街の浄化のために足を向けた。 誰かがガラの悪そうな5、6人の男に絡まれてるみたい。この街に慣れてないうっかりさんが迷い込んだのかな? 「何してるのかな?」 声をかけると、イヴァンの悪名を知っているのだろう、ビクリと振り返った男達の頭越しに、覗き込むと黒髪の少女が少し服装を乱して、怯えきって突っ立っていた。 別に僕はヒーローじゃない、でもムシャクシャしてたからちょうどよかった。 ぶん、と太い腕が風を切り、少女の襟を掴み上げていた男の身体を吹っ飛ばした。 驚く男たちが体勢を整える前に、反撃させる間もなく次々に沈めていく。 恐ろしい暴虐の時間は10分もなかっただろうか、気がつくと、ぺたんと座り込んだ少女の周囲には、よだれや血や汚いものを一杯流してピクピクと痙攣する男達の身体が積みあがっていた。 暴れてスッキリしたけど、返り血でスーツが汚れてしまった。これから会議なのに怒られちゃうなあ、と肩をすくめる。口癖のように紳士たれと言うアーサー君や、女の子に優しいフランシス君は女の子を助けたんだって言ったら許してくれるかな、でもこんな子じゃ―――ちらっと少女に目をやって―――お金にはなりそうもないし、王君にはやっぱり怒られちゃうかなあ。 商品を見る目でざっと目を走らせる。地味な子だ、胸もないし。でもなんだろう、妙に意識に引っかかる。 この街には明らかに場違いな少女、なんていうか、すごく頼りない感じだった。 「もう大丈夫だよ、立てる?」 せっかく手を差し出してあげたのに少女はそれを掴まなかった。血まみれなのに気付いてスーツの裾でゴシゴシこすってもう一度差し出してみたけどやっぱり何の反応も返さない。あーあ、怖がられちゃったかな、とイヴァンは肩をすくめた。血におびえた少女に悲鳴を上げられる前に、心を凍らせる準備をする。 「あの」 可愛い声だ、細くて凛とした。おびえは含んでいない。怖がられなかったことにイヴァンは気をよくする。 「ありがとうございました。申し訳ありませんが、白い杖が落ちてませんか?どこかに行ってしまったみたいで…あれがないと困るんです」 イヴァンは目を見開いた。白い杖なら、座りこんだ少女のすぐそばに落ちている。ぺたぺたと必死に地面を探している手がかすめるほどすぐそばに。 「目が見えないの?」 「はい、杖がないとうちに帰れません」 手助けしようとする周囲をひと睨みすると、イヴァンの凶暴性をいやというほど知っている住人たちはビクリと肩を揺らして目を逸らした。うん、それでいいんだよ。 少女に歩み寄って、白い杖を蹴っ飛ばして遠くに飛ばしてしまった。少女は気付かない。…へえ、ホントに見えないんだ。 「うーん、見当たらないみたいだよ?」 そ知らぬ顔で告げてやると、少女はみるみる困った顔になった。 「僕連れてってあげるよ、どこ行きたいの?」 困っているなら助けの手に頼ればいいのに、そんな、お手をわずらわせられません、と訳の分からない遠慮をする。警戒しているのならそれは正しい感覚だけど。結局少女は押し切られた。 「ではタクシー乗り場まで連れて行っていただけますか?タクシーで家に帰りますから」 じゃ、行こうか、とイヴァンは立ち上がったが少女は座り込んだままだ。ああそうか。 「すみませんが、手を…」 「僕だっこしてあげようか?」 「けけけ結構です!」 きゅうと掴んだ手はとても小さい。爪は切り揃えられ、水仕事で少し荒れている。 最初は普通に手をつないでいたんだけど、距離があるせいか何度もけつまずくから。 「もっとこっちに寄りなよ、危ないよ。ホラ、もっとくっついて」 ついに腕にぎゅうと掴まる体勢になった。歩調をあわせるのは大変だから、抱き上げてしまった方が楽なんだけど、それは頑なに拒否された。 押し付けられた身体はやっぱりとても小さくて化粧のにおいもしなかった。 歩調をあわせてゆっくりゆっくり歩きながら、菊と名乗った少女はぽつりぽつりと話し始めた。 幼なじみのこと、様子を見がてら弁当を届けたこと、そして怒られてしまったとシュンと肩を落とした。 「余計なことを、してしまったみたいです」 「君の幼なじみ君は、きっと君のことが心配だったんだよ、このあたりでは最近女の子が何人もさらわれて、すごく物騒だからね」 かわいそうになって、片手を伸ばして頭をなでてあげた。 だけど怒る気持ちも分かる。だってこんなに無防備なんだもん。 太い腕に取りすがって、イヴァンを見上げて、菊は見えない(らしい)目を細めた。親切なんですね…といわれてイヴァンは目をぱちくりさせた。そんなことを言われたのは初めてだった。 …いや、初めてではないかもしれない。でもそれを口にした女も、最終的には酷い男、鬼畜と泣き叫んでイヴァンを罵った。 この子は怖がるそぶりを見せないけれど、泣き喚いて許しを請う顔はどんなだろう。 きっと穏やかな善意に囲まれて生きてきたんだろうなって思うと、守ってあげたい気持ちと、めちゃめちゃに壊してやりたい気持ちがせめぎあう。 「こっちだよ」 イヴァンは菊の手を引いて、人気のある大通りとは逆の方、夜の闇の澱みが濃くなる方へ、消えていった。 大通りに近づいているはずなのに、車の音がどんどん減っていくことに、遅ればせながら菊は不審を抱き始めたようだった。 「…どこに向かっているのですか?」 「僕のおうちだよ」 菊は眉根を寄せた。イヴァンの家にお呼ばれする気などまったくないのだから。 だんだん歩調がゆるくなり、ついに動かなくなってしまった菊を前に、イヴァンはうーん、と首をかしげた。他の女の子にしたように、このまま担いで連れ込んでしまってもいいのだけれど。 はた、と気付いた。 子供のようだけど、女の子なんだから、男と二人きりなんて怖いよね。不審を取り除いてあげるように告げる。 「お姉ちゃんと妹がいるんだ、だから大丈夫だよ」 嘘はついていない。姉妹がいるのは本当だ、ただ、出て行ってしまって現在は同居していないけれど。嘘はついていない。 「私、うちに帰ります!離してください…!」 「もうすぐそこなんだよ、折角だからお茶を飲んでいってよ」 穏やかな声ながら、イヴァンの手は菊の細い手首をがっちり掴んでびくともしない。力任せにずるずると引きずられて気丈な菊もおびえた声を上げた。 「離して…誰か、助けてください!ギルさん!!」 菊の口から出た名前にイヴァンはぴくりと反応した。 「ねえ、それって、もしかしてギルベルト・バイルシュミット君…?」 イヴァンの手から逃れようと一所懸命無駄な努力をしていた菊も動きを止めた。眉をひそめて、いぶかしげにイヴァンを見上げる。 「ギルさんのことを、ご存知なんですか…?」 「ああ、ギルベルト君ならよく知ってるよ」 「…ほんとですか?」 「こないだも、遊んだばっかりだよ」 ギルベルト君の知り合いか、それならばなおのこと、手を離すわけには行かない。 こないだも、女の子をいいところに案内しようとした僕に、いきなり殴りかかってきて、邪魔してくれたんだよね。正義漢ぶって何かと突っかかってくる、あの陣営で一番神経に触る男だ。 まだ疑いを拭いきれないようだったけれど、連絡してあげるから、と強引に誘うと結局菊は流された。 僕のうちについて、特製のジャム入り紅茶を口にした菊は、疲れていたのかあっという間に眠りに落ちた。菊が眠っているのを確認して、イヴァンは電話を手にとった。 もちろん、ギルベルトに連絡するためではない。 おうちには、帰してあげない。 |