■実験国家キリバス■










 夕陽差し込む窓の外には日に照り映えた高層ビルと美しい緑が見える。
 たくさんの政治的な会見や仕事を終えてやっと目の前の国の順番になったのは業務時間も終わろうかという時刻だった。
 日焼けした島国を前に日本は肩を落とした。
 「すみません…私の力が及ばず…」
 肩を落とす日本の手をとり、日焼けした掌はギュ…と握った。
 「日本はよくやってくれたよ…でも、もうダメ」
 日焼けした健康的な容姿に似合わずその声は絶望的に暗かった。日本は親愛の情を示してくれる掌を握り返すことができない。一つの国が滅びようとしているのにそんなことは知らぬげに平和を謳歌する東京の風景を見て彼はどう思っただろう。他国の犠牲の上に成り立つ先進諸国の繁栄に苦々しいものを感じぬはずはない。本当は言いたいことが山ほどあるはずなのに、彼は恨み言一つこぼさず、もはやあがくことをしようとしない。
 「僕が消えたら、島の民達のことをよろしく頼むよ」
 民のことを心配し、その国は、はらはらと美しい涙をこぼした。覚悟を決めた国の潔いありようは何と美しく、悲しいものだろう。
 日本の口の中に苦いものが広がる。現在の日本は世界最高水準の環境技術を誇っている。しかし日本やヨーロッパ諸国が炭酸ガスの削減に努力しても、温暖化はどんどん進み海水面は上昇するばかりだ。困っている国を救うこともできないで、何が技術大国か。
 後を託されて気の毒にと心からの同情を寄せていても、実際の日本は軽々しく彼の民を受け入れることはできない。これからこの国のように海に沈んで溺れる国は増えていく。それらの国の国民を全て引き受けることはできない以上、彼の国民だけを助けるのは無責任だ。では見捨てるのか?日本との蜘蛛の糸のようにか細い縁を頼ってすがってきた国を見捨てるのか?
 目の前の島国は悔しそうに唇をかむ。覚悟を決めたといっても、進んで滅びたいわけがない。彼には何の落ち度もないのだ。それを見捨てておいて何が平和だ…!
 「…キリバスさん!」
 日本はぎゅうと力強く掌を握り返した。
 「死んだつもりになれば何だってできますよね!」
 日に焼けた少年はきょとん、と日本を見返した。日本は優しい国だからすがってきた手を振り払うことはしないけれど、このうえ何か良策があるとは思えなかった。しかし日本の黒い瞳を見て賭けてみる気になった。日本は敗戦による滅亡の危機から立ち上がリ、20年ほどで大国の地位に返り咲いた、小さな極貧の島国から見れば神秘の国だ。どんな魔法を使ってくれるつもりか知らないが、滅亡より悪いことはないだろう。キリバスは了承の意を込めて薄い掌を痛いほどに握り締めた。



   ■   ■   ■



 バルバルバル…
 小型飛行機が島に向けて高度を下げていた。
 やがて二、三度ホッピングして飛行機はコンクリートの上に着陸した。
 規模の小さな飛行場では政府高官と共にキリバスが顔を輝かせて立っていた。飛行機の中にいる島国はキリバスにとっての恩人だ。見せたいものや報告したいことがいっぱいある。キリバスは今か今かと待ち構えていた。

 ガゥンッ…鉄の扉がスライドすると、中から待ちかねていた日本が姿を表した。

 小型飛行機には乗り慣れないので、風で揺れるたびに日本は落ちるのではないかと気が気でなかった。仕事柄飛行機に乗ることは多いが、年寄りにはどうにも慣れることができない。ましてやそれがエンジンむき出しの小型機では…。いけませんね、と日本は苦笑いを浮かべる。世界の貧困を撲滅するためにあちこち飛び回っているのだから、引きこもり体質から脱却して、いい加減慣れなければ。
 それにキリバス訪問は日本も楽しみにしていたことだった。小さな島国で大きな飛行場を作ることはできないのだから小型飛行機は仕方がない。何ヶ月も船に押し込められて移動した昔を思えばずいぶん便利になっているのだ。便利さというものは必ずしもいいことではないのかもしれないけれど。

 飛行機の扉が開くと日本はホッと息を吐いた。外から熱い空気が入ってくる。ここは太陽と海の国だ、スーツで来なくてよかった。
 飛行機から降り立つとき、ぐらりと足元が揺れた気がしてよろけた日本の身体を駆け寄ってきた少年の日焼けした腕がしっかりと支えた。
 「わっ…と、と…」
 「大丈夫かい!?」
 「ありがとうございます。年寄りは鈍くていけませんね」
 発展途上のキリバスはいまだ日本と同じぐらいの背格好だが、腕はずいぶんたくましくなったようだ。何より表情が違う。少年は輝くばかりの笑顔で歓迎の意を示した。
 「もうゴハンは食べたかい!?刺身と果物しかないけどいいよな!?」
 「ご好意は嬉しいのですが、仕事が先ですよ」
 尻尾をブルンブルン振る犬のごとく分かりやすい好意の発露は嬉しいものだ。そこに打算が含まれない好意を浴びるだけで、普段ピリピリとした国際関係に疲れ果てている日本の精神はずいぶん休まった。
 「こら、“わがくに”、大事な客人を紹介してくれないのか?」
 「あっ…と、こちらはうちの大統領です!こちらは行政長官と国会の議長―――」
 「日本殿、お会いできて光栄です!」
 「私は以前あなたのところに留学していたんですよ!」
 童顔で小柄で子供のような日本の周囲に外見だけならはるかに年上の日に焼けた肌の人間が群がった。次々に日本との縁をアピールしている。好意にもみくちゃにされて、日本は照れたような笑みで答えることしかできなかった。
 「もう返してくださいよぅ!日本さんは俺が案内するんだい!」
 人の群から日本を引っ張り出してキリバスは頬を膨らました。独り占めをずるいぞ…と政府高官たちはブーイングしたが、大統領たちは仕事に戻ってください!と追い散らした。



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ここで止まってるんですけど…キリバスさん捏造がネックになってます…orz
気候変動で沈む国の中ではキリバスが一番日本と縁がありそうだったので。
ww2では日本側の最前線で今も戦車が転がってるといいますし、
日本のマグロ一本釣り学校があるといいますし、
これ考えてた頃ちょうどうちで取ってるしんぶん君に
キリバスさんの上司さんの来日インタビューが載ってたので選んだんですが、
一からの捏造は厳しいですね…。
マグロ漁船に乗ってる若人でイメージしてみたんですけど。どうしたらいいんでしょう?(汗)