突発パラレルファンタジー
ご本家ヘタリアフファンタジアとは設定が異なります。本田さんのジョブは僧侶。やや伊日より?
フェリシアーノは足音を忍ばせてムキムキの後を追っていた。 いつもいつも、やれ寝坊だの、生産的な生き方をしろだのと何かと口うるさい(逃げようとするとムキムキを駆使して絞めてくるんだ!女の子の熱烈なハグなら大歓迎なのにさ)ルートヴィッヒが、寝坊を叱らず朝の訓練もしないなんて何かあるに決まってる! ルートの奴、きっとまた雨に濡れた子犬なんかを拾ってきて、こっそり世話してるに決まってるんだ! (ずるいよルート、可愛いものを独り占めしようったってそうは行かないんだからね!) 過去にも彼は何度か城の下に広がる森で震えていた仔犬や小動物、怪我をしたモンスターの子供などを拾ってきて隠れて世話していたことがあったから、フェリシアーノは今回もまったくそのようなことと決め付けて、こっそりと後をつけたのだった。 ルートヴィッヒは人目を避けるように台所へ行き、何かを持って出てくる。これも周囲からの証言で一致してるここ数日のルートヴィッヒの行動だ。ルートヴィッヒはつまみ食いなんてしないから、これは益々何か生き物がいる証拠だ。 フェリシアーノはくるんと生えた触覚をぴくぴくさせながら、鳶色の目を期待に輝かせた。 (この城で俺に隠れて何かできるなんて思ってるなら、覚悟しといてよルート) ルートヴィッヒはそのまま城を出て、城と城をぐるりと取り囲む暗い森の境目あたりにある小屋に入っていった。 |
こっそりと後をつけたフェリシアーノは何とか気付かれずに小屋のそばまで近づいていた。戦闘力が高く警戒心も強いルートヴィッヒが尾行に気がつかないなんて、よっぽど小屋の中に待っている生き物に食べ物を届けることに気をとられていたんだろう。ルートヴィッヒはムキムキだけど世話好きなんだ、フェリシアーノはニンマリとほくそえんだ。 ここは踏み込むべきかな、踏み込むべきだよね。 「ルートー!俺にも触らせてー!」 ばたーん! 「フェリシアーノ!?」 こわもての友人は突然のフェリシアーノの登場に目を丸くして(珍しい!)、それからみるみる青褪めて、あわててベッドの上を隠そうとした。しかしすばしっこいフェリシアーノは素早く回り込んでベッドの上を見た。 「わっ可愛い…モガッ!?」 「静かにしろ!目を覚ましてしまうだろうが!」 ついにムキムキの腕につかまり、口を押さえられてフェリシアーノはもがいた。が、ムキムキの腕はびくともしない。しばらくはもがくフェリシアーノの抵抗を抑え込み、眉間にしわを寄せて思案していたルートヴィッヒだったが、やがてため息をついてフェリシアーノを解放した。 フェリシアーノはてててっとベッドに近寄って覗き込んだ。 ベッドの上には黒髪の少年が横たわっていた。 |
「ねえルート、どうしたのこの子…はっ駄目だよルート、いくら可愛いからってまさかどこかからさらって…!?」 「違う!」 ごいん! 容赦ない拳骨が落ちてきて、フェリシアーノはわめこうとしたが、昏々と眠る少年の存在を思い出して、すんでのところで口を押さえた。痛さのあまり涙目だ。 ルートヴィッヒはしばらく躊躇していたが、ケルベロスが…と城で飼っている犬の名前を挙げた。 「ケルベロスが銜えてきたんだ、まだ息があったから、保護した」 「ふーん…珍しいね、森に入った人間が生きてるなんて…」 あらためて、しみじみと観察する。まだ年端も行かない少年のように見えるが、並大抵の人間ではモンスターが徘徊する森の中で一時間も生きていることはできないはずだ。森は天然の結界なのだ。その結界を抜けたのだから、こう見えてよほどの猛者なのだろう、隣にいるルートヴィッヒのように。 「それでだな…、森に入って彼の装備と思われるものを回収してきたのだが…」 更に言いづらそうにルートヴィッヒは言葉を続けた。 錫杖と小さな風呂敷包み、風呂敷包みの中には彼の身分を示すものが入っていた。 |
錫杖を持っていることから職業は僧侶なのだろう。それはいいのだが問題は風呂敷包みのほうだった。どうやら彼は、魔王を討伐する勇者の一行だったようだ。 ルートヴィッヒは大汗をかいてフェリシアーノを伺った。フェリシアーノはじっと少年を見つめている。と、少年のまぶたがゆっくりと開いた。 大きな黒い瞳は夜の湖のよう。底知れない澱みに引きずり込まれそうになる。 ぼんやりとした黒い目が辺りをうかがい、枕もとのフェリシアーノを見止めてからルートヴィッヒを見つけた。保護されてから手当てをされ、何日かの間世話してくれていたルートヴィッヒにむかってゆっくりと話しかけた。 「るーとさん、この方は…?」 「あー!ずるいルートばっかりー!」 突然の大声にルートヴィッヒと少年はびくりと肩をすくませた。 がばっと抱きつくであろうフェリシアーノの行動を予測したルートヴィッヒが素早く襟首を掴んだおかげで、包帯だらけの少年は抱きすくめられるのを回避した。 ルートヴィッヒはフェリシアーノをぶら下げたまま、端的に紹介した。何しろ開示してもかまわない情報はとても少ないのだ。 「コイツは俺の友人だ」 「ずるいよルートばっかり、可愛い子を独り占めしてさ!あっ俺フェリシアーノ!君の名前は?」 「ふ、え、り、…?」 「フェ、リ、シ、アーノ!」 「ふぇり、しあーの君…わ、私は菊と申します」 フェリシアーノが覗き込むようにして笑いかけると、少年は目をパチパチと瞬かせ、ぎこちなく微笑った。 |
三者三様、それぞれに隠していたり、確認しなければならないことがある。 まずは菊の身元だ。菊の立場を確認してから、処遇を決めなければならない。 「これは君の荷物だろう?」 「あっはいそうです!わざわざ取ってきてくださったのですか?」 ありがとうございます、と微笑む菊に二人は内心ガッカリした。菊がこの荷物とは何の関係もないただの少年だったらいいと思っていたので。 「すまないが、中をあらためさせてもらった。それでだな」 「君は魔王を討伐する勇者の仲間なの?」 フェリシアーノのストレートな問いにルートヴィッヒがぎょっとしたように目を剥いた。菊は食事を摂りながら話していたのだが、ゆっくりとうつむいた。 「あ、はい…いえ、だったというべきですかね…。今はパーティーを抜けてしまったので…」 男子が途中で使命を放り出すなど恥ずべきことだ、二人もきっと軽蔑するだろうと菊は唇を噛みしめた。しかし何故か菊の答えにルートヴィッヒはホッと表情を緩め、フェリシアーノはパアッと表情を輝かせた。 「それで君は故郷に帰る途中だったのか?」 「いえ…」 菊は小柄な身体を更に縮こめるようにうつむいた。なかなか動かない口に、包帯だらけの小柄な身体、何か心に痛みでも抱えているのか寄る辺ない風情は見るものの哀れさを誘った。パーティーを抜けて旅の目的を失って、それでも帰るところがないのだろうか、様々な感情が沸き起こる。 どう声をかけていいのか分からないルートヴィッヒの隣でフェリシアーノがヴェーっと鳴き声を上げた。 「行くとこがないの?それじゃ俺んちにおいでよ!」 「おいフェリシアーノ!?」 「俺ね、そこの城に住んでるの!俺ローデリヒさんに頼んでみる!菊ならきっと大丈夫、ローデリヒさんもエリザさんも気に入るよ!」 「え…!?そこの城に住んで…?」 菊の黒い目が驚愕に見開かれた。 フェリシアーノの奴…軽率すぎる!とルートヴィッヒは眉間を押さえた。 |
世界の果てに広がる暗い森、暗い森に囲まれて堅牢な城が建っている。 それこそが魔王が住まう城。あまたの勇者が世界を救うため魔王の城に向かったが、いまだ討伐に成功したものはいない――― フェリシアーノは魔王の城を『俺んち』といった。つまり彼は―――? 「ええと、魔王の眷族の方、ですか…?それとも下働きか何かされて…」 「んーん、俺、俺魔王!俺が魔王なの」 菊の質問にふるふると首を振ってフェリシアーノの元気なお答え。 フェリシアーノの突拍子もない言動に慣れているはずのルートヴィッヒは止める気力もなく、ため息をついていた。あとでローデリヒにねちねち、ちくちく、いびられるのだろうな、と思うと胃痛までしてくる。フェリシアーノの教育に失敗したのはお前だろう!とここにはいない執事役に訴えてみるも、実際彼の前に出れば反論は聞き流されるのだろう。 「ま、まおう、ですか…」 「そう、ねえ驚いた!?」 「そうですね…予想外です…」 えへへー、と無邪気な笑顔を浮かべているフェリシアーノを見て、彼が魔王だなどという戯言を誰が信じるだろう。しかし悲しいことに、それは真実なのだった。 菊は衝撃の告白に呆然と半分魂を飛ばしている。無理もない、ルートヴィッヒだって、最初はそうだったのだから。 荷物をあらためて菊が勇者の一行だと知ったルートヴィッヒは、何とか魔王に知られる前に回復させて逃がそうと思っていたのだが…。 見つかってしまったからには、残念ながらルートヴィッヒにどうにかしてやる術はなさそうだった。それが幸いなのかどうかは分からないがフェリシアーノは菊を気に入ったようだ。そうでなければ、気まぐれな魔王は気に入らない敵などあっという間に消してしまうだろうから。 きゅっと菊の手を握り、城のベッドはここよりやわらかいことや食事の美味しさを説いているフェリシアーノに、菊は苦りきって反論した。 「そうなりますと私、あなたの敵ということになるんじゃないでしょうか…敵を、城の中に招き入れるなど、よくないです!ちゃんと考えてください!」 これ幸いと魔王の城に入り込み、寝首を掻くような卑怯なマネをする気はない菊にルートヴィッヒは好感を抱いたがしかし。 何故敵であるはずの人間に用心を説かれなければならないのだろうか…魔王よ、自覚を持ってくれ、あー…なんだか泣けてきた。 と眉間を押さえていたルートヴィッヒは自分の名前が聞こえた気がして、あわてて二人の会話に注意を向けた。 「へーきへーき!ここにいるルートだって、もともと俺を倒しにきた勇者様だもん!」 「え…!?」 本日二度目の菊の驚愕の表情。 何日か彼と共に過ごしたが、治療のときの苦悶の表情のほかは、基本無表情がほとんどだった菊の表情の変化は見ていて楽しいものがある。 「るーとさん…?」 「あー…本当だ。言っておくが、そいつが魔王だというのも本当だからな」 「…ええーっ!?」 やっぱり信じてなかったんだな、当然だ、とルートヴィッヒはうなずいた。 |
フェリシアーノは天使のようなばらいろの頬をぷくーっと膨らましてポコポコと怒り出した。 「ひどいや菊、信じてなかったの!?本当なんだってば!信じないなら今からそこの山を一つ吹っ飛ばしてあげ…」 「フェリシアーノ、菊を城に連れて行くんだろう?ローデリヒにどう言い訳するか、考えた方がいいんじゃないのか?」 「あっそうだねどうしよう…」 「エリザベータを味方につけるのがいいと思うぞ」 「そうだね!さすがルート!エリザさんにどうやって話そうかな…」 すぐに自分の思い付きから興味を逸らして、うんうん唸り出したフェリシアーノの様子に、山を一つ崩落の危機から救ったルートヴィッヒはホッと安堵の息をついた。 それからこっそりと菊の耳元に屈み込んだ。菊はまだ衝撃から立ち直っていないようで呆然とルートヴィッヒに目を遣った。 「るーとさんは…勇者をやめて魔王の仲間になったのですか…?」 少し眉根を寄せて、窺うように聞いてきた。 フェリシアーノは悪い人間には見えない(人間ではなく魔王だが)。しかし魔王の味方になるということは、人類の敵となるということだ。人々に仇為す存在になるなど、もと勇者の仲間としては耐えられないだろう、菊はいかにも真面目そうだから尚の事。黒い瞳の中に様々な葛藤が見える。 そうだ、こんな状況ならば葛藤するのが当然なんだ!この城に来てから、ヒトの形はしているものの話が通じない人々の間で眉間のしわばかり増やしていたルートヴィッヒは、やっとまともな人間に出会えた気がした。そう思ったら、できれば菊にここに留まって欲しいと願ってしまった。 「いや、俺は現役だ」 「え…!?」 「フェリシアーノは友人だ。しかし俺は日々、世界を救う戦いをしているつもりだ」 「では、るーとさんは、あんなにあなたに懐いている彼を、害そうというのですか…!?」 勇者が人類の敵である魔王を討伐するのは世界の役に立つ仕事であり、責められることではない。しかしフェリシアーノと会話してしまえば、魔王の実体を知れば、自分よりよほどフェリシアーノを知っているであろうルートヴィッヒが、そのような選択をすることが正しいとは思えなかった。 「ここに来たばかりの頃、魔王という存在についてローデリヒや兄と話し合ったことがあるんだ」 ルートヴィッヒがちらりと窺うとフェリシアーノは聞いていない、どうせ聞いたところで理解しないのだろうが。 「善のために、悪は必要で、神の存在のために、魔王は必要な存在なのだろう。あいつが魔王でなくなったら、きっとすぐに他の魔王が発生する、であるならば、与し易い魔のほうがいいとおもわないか?」 「くみしやすい魔…ですか?」 「魔王の暴走を止めるには、魔王のそばでコントロールするのが一番だということだ。先刻も、山を一つ消すのを止めただろう?」 菊は呆然としていた表情を引き締めた。半眼になってルートヴィッヒの言葉をじっくりと精査しているようだ。菊は言葉は少ないが内心を態度で示す。 「…分かりました、るーとさん。―――ふぇり…君」 「んっなになにー?」 「私、お邪魔でなければ、ふぇり…君のおうちでしばらくご厄介になってもよろしいでしょうか?」 「もっちろん!厄介なんかじゃないよ大歓迎だよ!」 ニッコニコと満面の笑みで菊を肯定したあと(感激のハグはルートヴィッヒに阻止された)、フェリシアーノは菊を迎えるためにやるべきことをやるために、城に向かって駆け出していった。 |
ルートヴィッヒはベッドに座る小柄な少年を見た。生きて森を抜けてきたのだから、もちろん強いのだろうが、ルートヴィッヒに比べるとずいぶんときゃしゃに見える。もともと勇者ご一行だったとはいえ、こんな少年を巻き込むのが正しいことなのかどうか、ルートヴィッヒには分からなかった。 ルートヴィッヒは重々しく口を開いた。 「君は、フェリシアーノに気に入られてしまったようだから、どうせ何があっても手放しはしなかっただろうが―――君が身を投じようとしている戦いは、困難なものだ、覚悟はいいか?」 「はい、るーとさん。私も行くところがないのを助けていただいた身です、粉骨砕身いたします!」 ケガのために座ったままではあったが、ぴしりと背を伸ばし(すぐに痛みに呻く羽目になったが)生真面目に答える姿は、普段城でペースの合わない人々に苦労しているルートヴィッヒをいたく感動させた。 「俺の兄も、君を気に入りそうだな…」 「お兄さんがいるのですか?」 「うむ、今は用があって外に出ているのだが―――」 話をきちんと聞いてくれて、同じ常識の下で会話のキャッチボールができるということ。それがこんなに心安らぐことだったとは…! フェリシアーノは気のいい奴だ。執事のローデリヒも、メイドのエリザベータも、今はいない兄のギルベルトも、ロヴィーノも悪い奴ではない。城での生活は悪いことばかりではない。 それでもルートヴィッヒはしみじみと思った。 菊がいるなら魔王の城での苦労も耐えられそうだ。 |