あまあま露日を見たくて書いた話。ですが
やはり露日であるからにはアレなので(汗)
それなりに注意深く読んでください(大汗)
「日本君に見せたいものがあるんだよ!ちょっと来て!」
いつものように労働をこなしていると、仕事場にロシアが駆け込んできた。
「見てのとおり私は仕事中なんですよ。今日のノルマをこなさないと―――」
「いいから早く早く!そんなのあとで一緒にやってあげるから!」
迷惑そうに告げる日本の都合などお構いなしに、ロシアは日本の手をとり引っ張った。
ロシアはこちらが言うことを聞くまでいつまでもまとわりついてしつこいが、
実は(某国のように)力任せに引っ張り出そうとすることは少ないから、少し驚いた。
はやくはやく、こっちだよ!と弾む声が告げる様子は微笑ましい。
何の用事かひとことも告げてくれないのだけれど。
それに日本の老体に逸るロシアの動きは激しすぎる。
足がうまく動かなくて、脚がもつれて転びそうになった身体を、ロシアはもどかしく担ぎ上げた。
やがて運ばれて着いた先はロシアの庭園で、木の花が咲いていた。
すとんと肩から下ろされてそれを見た日本は目を見張った。
「ほほう…サクラですか…」
「ねっすごいでしょ!?僕んちでも咲いたんだよ!」
そこには今にも折れそうな細い枝に一輪だけ、淡い色の花が咲いていた。
故郷ではもう葉桜の時期だろうが、まさか北の異国で故郷の花が見られるとは思わなかった。
横にはほめてほめてー、という声が聞こえてきそうな誇らしげな顔。
いつもは憎たらしいばかりだが、頬を上気させ期待に満ちた表情は幼く、可愛らしいとも思えるものだ。
「ねえ、だから帰るなんて言わないでよ!」
ロシアはわがままな子供のように日本の袖をちょっとつまんで一所懸命主張した。
「君が、故郷の桜が見たいって言うから取り寄せたんだよ!これならここでもお花見ができるでしょ?」
君を喜ばせるためならぼく何でもするよ!とロシアは真っ赤になって照れている。
日本の温暖湿潤な気候に適応した木をこの極寒の地に持ってきて根付かせるまでには大変な苦労があっただろう。
寒さですべて枯れてしまってべそをかいたりもしただろう、その様子がまざまざと想像できてしまい、日本は苦笑した。
笑った口を手で覆ったとき、じゃら、と手鎖が耳障りな音を立てた。
日本はふと自分を拘束する手足の鎖に目を落とした。
早く故郷に帰って桜が見たいです、と告げたとき。
桜が見たいの部分ではなく、故郷に帰って、の方に重点が置かれていたのですが。
「ねえ嬉しい?ねえ嬉しいよね?」
故郷に帰りたいという含意は分かっていてすっぱり無視したんだろう、ため息が出る。
ロシアは日本のために親切に色々してくれるが、本当の望みは決してかなえてくれない。
ロシアが何を思って日本をこの地にさらってきたのか日本は知らない。
どちらにしてもここまで状況が進めば、日本やロシアの意志は関係なく、結論は上司達の交渉次第だ。
遠い北の異国に拘束され過酷な労働を与えられた日本自身にできることは何もなく、
故郷の上司がうまくやってくれるのをただ待つことしかできない。
労働に期限はない、出口が見えないトンネルを進むような暗い日々に気がおかしくなりそうだったが、日本は黙々と働いた。
だからというわけでもないが、ロシアと日本は結構うまくやっていた、といえるだろう。
環境も物資も何もかもが欠乏したこの地でロシアの機嫌を損ねて生き残ることはできなかったし、
ロシア自身も決して余裕があるわけではない、そんな中で彼らは助け合って日々の労働をこなしていた。
冬ともなれば、隣で寝ていた同胞が朝には凍っている、そんな過酷な状況下で苦楽を共にしていれば情も移るというもの。
やっかいなことにロシア自身には決して悪意があるわけではないのだ。
殺すつもりで連れてきたのならば憎むこともできるのだけれど…、
「かえして、ください」
日本の望みをかなえようとする見当違いな一所懸命さを見て、どうして憎みきることができようか。
だから日本はいつも同じ願いを繰り返すことしか出来ない。
「どうして?僕のこと嫌いなの?」
「違います、だから、かえして…」
「サクラだって根付いてくれたんだ、だから日本君もずっとここで暮らせばいいよ!どうして…ここにいてくれないの…?」
決して折れない日本の頑固さに、決して願いを聞き入れてくれない日本の冷たさにロシアの笑顔がふえ…と歪んだ。
しゃくりあげる大きな子供の涙に思わず心を痛めてしまうのは、大変まずいと日本は思う。
拉致されている身で馴れ合うのはよくないんでしょうが…、
順応性だけはやたらと高いんですよね、私…。
「…あなたのことは、嫌いではありませんよ」
日本は重たい鎖に顔をしかめながら、高いところにある淡い色の髪に苦労して手を伸ばした。
一年の半分が冬に覆われる北国に訪れる短い春の太陽に照らされて、冬国の髪はほのかに温かい。
しかし涙をぬぐう手の指の隙間から覗く目の光はぞっとするほどの不信感に満ちていた。
そう言わないと、殺されるかもしれないと思ってロシアにおもねるのだと信じているのだろう。
温かな言葉も手の感触もロシアの不信感を融かしてくれることはない。
日本の喜ぶ顔が見たくて一所懸命になるロシアも、ロシアの涙を止めたくて必死に手を動かす日本も、
相手のことを嫌いなわけではないのに。
決して相手の望みをかなえてやることはできないのだ。
■ ■ ■
いくつかの冬が過ぎ、春になって凍りついた港の水もぬるむ季節がやってきた。
心待ちにしていた故郷からの迎えの船が来ているのに、日本はタラップを登れなくて苦労していた。
「ねえ、行かないで!」
手足の拘束を解かれ、自由になった日本の痩せた身体にロシアが抱きついて離してくれない。
早く離してもらわないと船が、船が行ってしまう…!
これを逃せば、次はいつ故郷に帰れる機会が訪れるかも分からないのに…。
やんわりとロシアの背を撫でながら、日本はひそかに焦っていた。
「僕んちのサクラが貧相だから行っちゃうの?もっと頑張って研究して太らせるからぁ…」
「違いますよ、泣かないでください…」
思わずため息をつくと、ロシアは敏感に察知してますますひしと抱きついた。
「ロシアさん、私にも、選ばせてください」
「友達でしょう?ねえ日本君お願いだよ…」
「友情を強制されるなんて嫌ですよ私は。私はいったん帰りますが、あらためてお友達になりましょう?」
いやいやするように日本の肩に顔を埋める分からずやの大きな子供に、今度は隠しもせずにため息をついた。
「邪魔されると、嫌いになってしまうかもしれません」
「嫌だよ…!」
「ええ、ですから手を離してください、私はあなたとお友達になりたいんです」
説得を試みたものの、計算高いこずるい子供はエサをぶら下げなければてこでも動かないらしい。
「離してくれたらもっといいことがあると思いますよ?」
「…いいこと?」
「桜が咲いたらうちに招待します。おいしい和菓子でもてなして差し上げますよ」
戦災で焼かれた貧しい故郷に和菓子を作れるほどの物資があるかは分からないが。
日本自身にも果たせるか分からない約束を、ロシアはもちろん信じなかった。
信じなかったがいつかは手を離さないわけには行かない。
素直なロシアに上司の命令に逆らう選択肢はない。優秀な同志である上司が判断したことだ。
アメリカやイギリスまで巻き込んで高度に政治的になった問題は、もう彼らの手を離れているのだ。
離したくないとぐずって過酷な労働と寒風に晒されてぱさぱさになった黒髪に大きな鼻を埋めた。
この手を離したら、もう二度と、会えなくなるかもしれない。
日本のお友達づらをするアメリカは、ロシアと日本の仲を引き裂こうとするだろう。
さんざん非難されたのに日本を手元に留め置き続けたせいで、すっかり不信感をもたれているのだ。
よその国には侵略者とか火事場泥棒とかひどいことを言われているのを知っている。
しょうがないじゃないか、僕だって必死だったんだよ。
冷たい感情に取り囲まれている中、この男のまわりだけはいつもほのかに暖かかった。
離したくない、の、に…。
ロシアは笑顔で手を離した。
暖かさは幻だったんだ、冬国の僕の手元にあるはずがない。
分かってたよ、いつかは君がいなくなってしまうってこと。
太い腕の拘束を解かれた日本は、岸を離れ始めた船のタラップに飛びつきするするとよじ上った。
すっかり弱ったと思っていた野生動物が、ふいをついて逃げ出すときのような俊敏な動きだった。
「また今度…いつか、必ずお会いしましょう…!」
大きく手を振る日本の言葉をロシアは信じなかった。
嘘つき、聞こえない恨み言をひとこと呟くと、もうその感情は切り捨ててしまい、薄く笑みを浮かべて手を振り返した。
■ ■ ■
桜が咲いている。
ふる雪のように花びらが散っている。
あれから何年も経って、故郷に帰った日本とロシアは、日本の家の縁側で並んで桜を見上げている。
ロシアは自分の意志であなたと仲良くしたいと告げた日本の言葉を信じていなかった。
だが日本は、見たがっていた故郷の桜を一緒に見るために、ロシアを招待した。
ロシアの家では今にも死にそうだったサクラは、水も温度も太陽も十分にある日本の地では
どっしりと根を張り、立派に枝を広げ、満天に咲き誇って、雪のような花びらを散らしている。
一輪だけ咲いた花を見て、こんな地味な花、どこがいいんだろうって思っていた。
集まって咲いているとそれは見事な桜色の雲のようですよ、と嬉しそうに語る言葉も信じなかった。
いつかロシアの庭園で日本と見たサクラは寒波にやられて枯れてしまった。
温室に保護したサクラは何故かつぼみをつけない。
そしてロシアは日本の家の庭で、日本が見たがっていた故郷の桜を眺めている。
この地にいるときが一番美しい桜。
君の隣は暖かい。
だけどね―――
桜が咲くと、君の心はどこかに持っていかれてしまう。
それだけはちょっぴり不満だよ。
「君は僕だけを見てればいいんだよー」
ぐりんっと首に予期しない力を加えられて、日本がうめき声を上げた。
「君が桜ばっかり見てたら伐り倒しちゃうから!」
「…何様ですかあなた」
「ロシアさまー…って、いひゃいいひゃい!」
頬をぐにーっと引っ張っられてロシアは涙眼になった。
気に入らなければ遠慮なく手を出す、なんて虜囚の身ではできなかっただろう。
仕方なさそうに笑ってロシアの行動を許容してくれていた日本を、ロシアは家族のように思っていた。
だから他所の国には隠している裏の苦しい台所事情も懐に入れた日本には隠さなかった。
かつては苦楽をともにした家族のように思っていたのだけど。
赤くなった頬をつついて満足げに笑う日本の笑顔がまぶしくてロシアは目を細めた。
ロシアの家に軟禁されていた頃は、ロシアの太陽みたいにうすぼんやりとした笑顔しか見せなかった。
こんなに気持ちよく笑う男だったんだ。
満開の桜の下で枯れてしまったサクラを思い、艶やかな黒髪を眺めてぱさぱさになった黒髪を思う。
外見はどんなに煤けても、裡に秘めた魂は決して折れなかった。
けれど火のように熱い魂はロシアの家にいつまでも置いていたらいずれ枯れてしまっていただろう。
日本の暖かさに触れるたび、欲しくたまらなくなる、だけど…、
これでよかったんだよね…。
予告もなしに史実っぽいアレなネタで申し訳ありません!(…何のことかは…分かりますよね?)
少なくともあまあま露日を書こうとして選ぶネタではないですね(汗)
軟禁モノなんて殺伐になりかねないネタなのにそうならないのは書いてる人がふにゃっとしてるから?
らぶくなるかと思って(まだあきらめてませんよ)とりあえずむやみに妬かせてみました(笑)
今回の話の露様は純露なので、アレの取っ掛かりについては
あーあ、もう終わっちゃったの、もう遊べないんだあ…って
残念がってたら上司にお前の友達を連れておいでって言われて
いいの!?また日本君と一緒にいられるんだ!って喜んで
連れて来ちゃった、と妄想しておきます<ほのぼの…?(大汗)
豆知識:ノルマという言葉はシベリア帰りの方が日本に広めたそうですよ。