友人のピアノリサイタルに行ったとき妄想してた若き天才美形ピアニスト(笑うところです)×調律師パラレル
ピアノ業界にあんまり詳しくないので細かい間違いは見逃してくださいー(汗)










 美しい朝の光が降り注ぐコンサートホールのロビーで、新進気鋭のピアニスト・イヴァン・ブラギンスキは、ホールのオーナーである若き青年実業家・アルフレッド・F・ジョーンズと対峙していた。今夜このホールで、イヴァンのリサイタルが行われるのだ。アルフレッドは、自身は音楽にさして興味はないようだが経営者としては優秀で、ホールの運営に金を惜しまず音楽を愛する優秀なスタッフをそろえて、結局投資した分はきちんと回収していた。そういうところが俗っぽく思えて、イヴァンはどうにも彼が好きになれないのだったが―――
 「今日はよろしく頼むよ、リサイタルの成功を祈ってる」
 互いに相容れないものは感じつつ、表面上はにこやかに握手を交わす。それからイヴァンは図体のでかいアメリカ人の背後に物問いたげに目をやった。
 「紹介するね、彼はホンダ。このホール専属の調律師だよ」
 アルフレッドにズイと押し出され、小柄な東洋人が現れた。イヴァンとアルフレッドに囲まれると連行される宇宙人のように小さいのだが、ピアノの弦から鍵盤まで腕が届くのだろうか。手首は細く、指も細くて器用そうだ。黒い目はどこを見ているのかよく分からない。紹介されても無表情は変わらず、無言で頭をかくっと前に倒した。
 「俺はピアノのことはよく分からないから、注文は彼に言ってくれ。芸術なんて解さないような鉄面皮だけど、とても腕のいい調律師なんだ。今まで呼んだピアニストたちはみんな彼の仕事に満足してくれているよ!」
 イヴァンが口の中で何か早口で呟いたのだが、アルフレッドには聞き取れなかった。
 「え?何か言った?」
 「ううん、よろしくね」
 アルフレッドよりさらに大柄なイヴァンは覗き込むようにして東洋人に挨拶した。
 「世界的なピアニストのあなたと仕事ができるなんて光栄です」
 東洋人は仕方なしに社交辞令めいたものを口にしたが、顔はやっぱり無表情のままだった。







--------------------------------------------------------------------------------







 ステージの真ん中に一台のグランドピアノが置かれている。夜になれば、若き天才美形ピアニストを目当てにした客で埋め尽くされるであろう(消費者が喰い付きそうな付加価値を見つけ出すアルフレッドの才能はすごいと思う)客席は、今はがらんとしている。黒光りするピアノには黒っぽい小柄な人影が張り付いて、忙しく動き回っていた。
 「…何かご用ですか?」
 菊はふいに頭をあげて、ステージ上に上がってきたイヴァンに話しかけた。まだステージ衣装に着替えていないラフな格好だが、すらりとした長身に金髪、菫色の瞳の美丈夫は確かに音楽の女神に愛される存在感を放っている。これぞピアニスト、とでもいったような。
 コンサート前のひと時は演奏者にとっては食事をしたり瞑想したり本番のシミュレーションをしたりする大切な時間なのではないだろうか。何かピアノに関する注文があるのだろうか。
 イヴァンはふっと口元を歪めた。女性が見たならば黄色い声を上げそうな微笑だったが、そこには酷薄な色が含まれていた。
 「何であんな―――芸術を理解しない男の下にいるの?」
 「あなたには関係ないことです」
 菊は無表情で切って捨てた。イヴァンは肩をすくめた。彼の雇い主は、芸術なんて解さないような鉄面皮と称したけど、何も分かってないな、ピアノを心から愛してなきゃ、調律師なんてできないのに。
 「冷たいなあ、昔のクラスメイトに久しぶりに再会したのに」
 「思い出話がしたいのでしたらお断りしますよ。ろくなものになりそうにないですから」
 イヴァンと菊は、とある音楽学校の同期生だった。主席のイヴァンに、学校に一人しかいなかった東洋からの留学生の菊。何かと目立つ二人は当時周囲からはライバルと目されていた。東洋人に芸術など分かるものかと侮蔑されながら努力家の菊は死ぬ気で頑張った。渡航費と入学金を工面するのがやっとだった菊は貧乏で、いつも腹をすかせていた。それを何かとからかったのがイヴァンで、それに突っかかっていったのが菊だった。卒業間際の最後の演奏会、これで評価(ひいては卒業後の進路)が決まるという演奏会で、主席を取ったのはやはりイヴァンだった。菊は一度もイヴァンに勝てないまま姿を消した。
 「負け犬が、こんなところで何してるの?」
 ひくりと菊の無表情がゆがむ。
 「未練なのかな?音楽の女神には愛されなかった君なのに」
 ぎり、と菊は爪を切り揃えた手を握り締めた。音楽の女神は必ずしも努力した者に微笑むわけではない。そして裕福で体格にも人脈にも恵まれ美しい、しかし性格は極悪なイヴァンに微笑むのだ。
 挑発を受けて一瞬、黒い瞳の中に燐光が燃え上がった。それをイヴァンは懐かしく見つめる。いつも成績では勝っていたけれど、勝った気がしなかった。あの学校の中でイヴァンは王様だった。たくさんの寄付金を払い、権力を持つ師匠につき(この業界では誰の弟子かということがとても重要だ。本当はそんなこと、音楽には関係ないのにね!)才能だってもちろんあったんだけど。それに比べて菊は貧乏でいつも腹をすかせて、良家の子女なら出入りしないような店で働いていて、学校関係者の覚えはとてもめでたくなかった。学校の品位を落とすからとの嫌がらせと逆風の中で己の腕一つでのし上がってきたのだ。練習熱心な菊の技巧には誰も文句がつけられなかったが、東洋人に何が分かるとの偏見のもとでの芸術点評価が公平なジャッジだったとは思わない。それを菊は恐るべき鈍感さで努力が足りないのだとさらに練習を重ねた。いい耳を持ってるとか、腕が長いとか指の関節が強靭だとか、才能を構成する要素は色々あるけれど、続けられるということは最重要で、どんな逆風が吹いても辞めなかった菊は確かに才能の持ち主だった。それが、卒業の直前に妹が病気だなんていうくだらない理由で突然帰国して―――
 イヴァンは菊を憎んだ。今思うとそれは愛だったのだろう。イヴァンは多分、菊の演奏の一番のファンだった。貴族の子弟ばかりの学校の中で菊は異質だった。闘争心をむき出しにして挑みかかる演奏に教師が悦ぶような優雅さはなかったのかもしれない。しかし黒い瞳の奥に広がる闇を表したような深い音…その毅さをよく覚えている。菊に襲い掛かる逆風の一端は確かにイヴァンが担っていたのだが、どんな逆境にもめげずにさらに磨き上げられて返ってくる音に驚かされたものだ。菊が弾くのならどんな小さな集まりにもイヴァンは出かけていった。菊も可能な限りイヴァンの演奏を追いかけていたと思う、こちらは克服すべき課題として。二人は確かにライバルだった。もっとも、菊にはすっかり嫌われてしまったが。
 姿を消した菊の消息は知れなかった。それをとても惜しいと思い、初めてイヴァンは菊の演奏が好きだったのだと気付いた。しかし卒業してデビューしたイヴァンに行方をくらました同級生を探す余裕はなかった。首席で卒業したとはいえ、学校を出れば主席卒業なんて世にある音楽学校の数だけいて、それが毎年雨後のたけのこのごとくデビューするのだ。生まれて初めてがむしゃらに努力をして、やっと菊の心境に少し近づけた気がしたものだ。
 忘れたことはなかった、愛する音を内包した男が、調律師なんて裏方に徹していることに幻滅したのか、ついつい言わなくてもいいことを言ってしまう。昔は嫌がらせを受けると闘争心をむき出しにして睨みつけてきたものだが、屈折を重ねて老獪になったものか、黒い瞳の中に燃え上がった燐光はすぐに見えなくなってしまった。
 「先ほどの返事ですが、ここは給料がいいんです。アルフレッドさんは実力主義ですから、誰の紹介ということに拘らず、雇ってくださいました」
 音楽の女神に愛される人間は確かに存在する。目の前の美丈夫のように。菊は愛されなかった。血筋が悪いのだろうか、貧乏くさいのがいけないのだろうか、強すぎるこだわりが敬遠されるのだろうか、どちらにしても仕方のないことだ。
 「音楽の女神が私を愛さなかったとしても、私はピアノを愛しているんです。あなたもせいぜい美しい演奏で観客を魅了して、アルフレッドさんの懐を暖めてください」
 仕事を終えた菊はくるりと背を向けさっさとステージを去った。一度も目は合わなかった。相変わらず嫌われているままのようだ。
 イヴァンは先ほどまで菊が触っていた鍵盤をそっと撫でた。黒光りするピアノには指紋一つない。痕跡を一つも残さない仕事ぶりは調律師としては完璧なのだろうが、イヴァンはそれが悔しくてならない。菊は音楽の女神に愛されていると、イヴァンが信じていた男なのに。
 ぽろん、ぽろんぽろん
 たわむれに音を零してイヴァンは驚いた。何も言わなかったのに、そのピアノは完璧にイヴァン好みに調律されていた。学生時代のイヴァンのことは熟知しているとしても、デビュー後の最近の演奏まで知っていなければ、注文も受けずに完璧な調律はできないはずだ。
 (ああ…僕の演奏を、聴いてくれてるんだね)
 嫌われているのだとばかり思っていたのに。







--------------------------------------------------------------------------------







 リサイタルは大成功だった。興行的にも成功を納め、アルフレッドの機嫌もよい。自分の技術がささやかでも美しい演奏に貢献できたのなら、菊にとっても誇らしいことなのだが。
 「ねーねー本田君、僕このホールの専属になろうかと思うんだけど」
 「げ。」











続きません
本田君はイヴァンさんを嫌ってますよ。
苦学生日本萌えと日本を過大評価する露様萌えも混入。

露様と日本君は同じ方向を向いたライバル関係。が萌えるのですが
日本君は身体表現系の芸術はあまり得意でないイメージです。能とかありますけど<イメージですから(汗)
心情表現を抑える文化ですからね…。声出したりとか踊ったりとかはアジア系だと韓国さんが得意そう。
露様の場合ピアノは超絶技巧かまったく弾けないかの二択です。
ぶっとい指がどうしても二音同時に押してしまうため全然弾けない露様も萌えなのですが(ぶきっちょ萌え!)
今回は超絶技巧にしてみました。その場合職人気質の日本君は調律師だといいなーという妄想でしたー!