まるで夢を見てるみたい! キラキラ輝くシャンデリアの下では着飾った男女が談笑している。煌びやかな人々に気後れしてあちこちに目をやる台湾は日本に手をとられて歩いていた。その身を包むのは西洋風のドレス。ここに来てから高級そうな店に飛び込んだ日本が「金に糸目はつけません!彼女が一番引き立つドレスを仕立ててください」と注文して台湾のためだけに特別に仕立てられたものだ。普段着ている服と違って身体の線が出るのが恥ずかしいけれど、こうして日本にエスコートされて歩いている誇らしさと恥ずかしさがごちゃ混ぜの昂揚感になって、台湾はぼうっとしてきた。本当に夢なのかもしれない、ふわふわして、足元もおぼつかない。 「靴、痛くないですか?」 「大丈夫です、それより私でよかったんでしょうか…?」 周囲の女性達は皆、スラリと背が高く美しい化粧を施した美女ばかり。髪も服も色とりどりで華やかなのに、比べて台湾はまだ発展途上の体つきで顔だって派手じゃない…とクヨクヨしていると、日本は微笑んだ。 「もちろんですよ。顔を上げなさい、あなたは私の自慢の“麗しの島”なのですから」 よく似合ってますよと目を細められて舞い上がってしまう。 台湾は華やかな場を踏んだことはなかったが、日本に徹底的に教育されていたから、マナーや言葉の点で困ることはなかった。日本は盛んに西洋靴を履き慣れない台湾の足を心配してくれるけれど、本当に大丈夫、だってヒールをこっそり折ってしまったんだもの。日本に買ってもらった物を壊すのはつらかったけれど、ヒールがあると日本より背が高くなってしまうから…。 「すみません、こんなところに連れてきてしまって。今日はどうしても女性同伴というものですから…」 と日本はすまなそうに謝ったがとんでもない!書物でしか知らなかった初めての欧州で、しかも韓国ではなく自分を選んでくれたことで台湾は嬉しくてたまらなかった。 日本は台湾を外に出そうとしなかったので(台湾はそれを外が危険だから、台湾を守るためだと信じている)今まで台湾はアジアの国しか知らなかった。西洋の国の間に立ち混じると日本はひときわ小さかった。けれど日本は恥じることなく、胸を張ってしゃんと立っている。だから台湾も気後れしていてはいけない。友邦とのパーティーだがこれもある意味で外交戦争なのだ。韓国を連れてこなかった理由は理解した。粗相してはいけない、ここでは台湾の行動も、日本の評価につながるのだ。 「にほーん!」 日本を呼ぶ明るい声に目をやると、明るい茶色の髪の毛の男性がぶんぶんと子供のように手を振っている。そばにはひときわ背の高い金髪の美丈夫も立っている。日本はそちらに微笑んで軽く手をあげて応えた。 イタリア君とドイツさんです、私の同盟国です…とそちらに近づきながら日本が台湾の耳にささやいた。近くで見ると、二人とも美しい男性だった。連れはちょっと席をはずしていて…と生真面目そうな長身がすまなそうに告げる。それに少しも黙ってられないというように人懐こい声がかぶさってきた。 「この娘誰ー!?かっわいいねー!日本も隅に置けないなあ!あっ僕はイタリアだよ!よろしくね!」 台湾の手をとりブンブンと振り回した挙句、手の甲に口付けたので台湾はすっかり戸惑ってしまった。 「…日本領台湾です…よろしく」 「私の身内の者です」 と紹介はしてくれたものの、広い会場で落ち合った途端に日本はドイツと仕事の打ち合わせを始めてしまった。他に知り合いもいないし、日本から離れるのは不安なので、そばにぼうっと突っ立っていると、イタリアがにこにこと話しかけてきた。 「こーんな可愛い子をほっといて仕事の話なんていっけないんだあ!だからもてないんだよねぇー二人とも」 島では初めて会った異性に馴れ馴れしく話しかけられることなどなかったので、台湾はどうしていいのか分からなくて黙っていた。人懐こそうなイタリアは悪い人ではないのだろうけど、こんな気のぬけたようなしゃべり方をしていても欧州の一国だ(それにしてもこの人は打ち合わせに参加しなくていいのだろうか)、滅多なことを言って日本に迷惑をかけてはいけない。 「ねえねえ、台湾ちゃんって日本の恋人なの??」 無邪気に聞かれて台湾は固まった。 答えはいいえだ。悲しいくらいに即答できる。日本には韓国がいるし、台湾のことを大層(こんな華やかな場に連れてくるぐらいには)可愛がってくれていると思うけど、そこにあるのは恋愛感情ではない。断腸の思いで否定するとイタリアは台湾の手をとりにぱっと笑いかけてきた。 「それじゃ僕と恋のワルツを踊ろうよ!ほら、笑って?」 近い近い近い…!!! 人懐こい表情の、よく見ると綺麗な顔がぐいと近づいてきた。思わずのけぞる台湾の腰に腕を回して抱き寄せる。意外と力が強い。日本にも許したことがない距離で、日本より高い位置から顔が降ってくる――― きゃ…、声にならない小さな悲鳴を敏感に察知して、音速の速さで腕が伸びてきた。 ぐぎっ 「ヴェ〜、痛いよ日本〜」 イタリアと台湾の顔の間にとっさに日本の手が入って、そのままイタリアのあごを押してどけたのだ。力任せに上を向かせられてイタリアが悲鳴を上げた。 「手への接吻以上の接触は禁止です!」 さっきまで少し離れた場所でドイツと話していたのに、すばやく移動してきて台湾を背にかばって、腰に手を当てて怒っている様は自分がイタリアに“はじめて”を奪われたとき以上の迫力。イタリアは涙目で白旗を掲げた。 「え〜…日本の恋人だって知ってたら手を出さなかったよ〜?」 「そっそういうわけではありませんが!」 「だったら何で怒るの〜?」 「う、な、何でもです!私の身内にむやみに手を出さないでいただきたい!」 何故か真っ赤になって常の冷静さをかなぐり捨てる居丈高な日本の背中で、台湾も髪飾りの紅にも負けないぐらい真っ赤になって、白い肩に頬を寄せた。 |