私の最萌え露日パラレル設定=「幼い暴君とただ一人それをいさめられる側近」
を基にしたパラレル小話です。唐突に始まり唐突に終わります。
脳みそから何かがだだ漏れてるようなパラレルでごめんなさい…!
寝所に入った王が休まれていないのだと呼ばれて菊は王の寝室にやってきた。 「イヴァン様、入りますよ」 返事を待たずに扉を開けると、扉の内側はひどい有様だった。子供が癇癪を起こして暴れた後のように豪勢な部屋のそこらじゅうに物が散らばっている。広い寝台の真ん中が盛り上がって小刻みに震えている。菊は部屋の惨状に顔をしかめたが、そのことには触れずに寝台に腰掛け膨らんだ布団をぽんと叩いた。 「きく…?きくなの?」 舌ったらずの震えた声が菊の名を呼ぶ。 天涯孤独になってから菊が現れるまで夜中に一人で震えている子供の寝室に来てくれる者はいなかったのだろう。機嫌を損ねれば首が飛ぶ。それぐらいの権力をこの子供は持っているから。 しかし子供はおびえたように菊の手にすがった。 「ねえ、まだ夜なの…?まだ朝は来ないの…!」 「暗いのが怖いのですか?目をつぶって寝てしまって起きたら朝ですよ」 しかし暗いのが怖いのではないだろう。部屋の中には蝋燭が点され(菊からみれば夜を明るくするなど自然の摂理に反することだと思うが)明るいというのに、子供はわざわざ布団を引っかぶって自分の視界を暗くしているのだから。 「怖いよ…二度と朝が来なかったらどうしよう…」 「大丈夫です。朝は必ず来ますから」 「どうしてそう信じられるの!オオカミに食べられた太陽が復活しなかったらずっと夜が続くんでしょう?」 子供は賢い。口先の言葉でなだめようとしても誤魔化されてはくれない。考えても仕方ないことだと凡夫である菊など大昔に放り出してしまった疑問を考え込んで、ぐるぐるとおびえていることがある。菊はどこから説明したものかな、と非常に困惑した。 「では、私が知っていることをお教えしますが、他の人には言わないでくださいね」 「ヒミツなの?」 「はい、二人だけの秘密です」 菊は何でも知ってるもんね、と子供は湖色の瞳を輝かせた。二人だけの秘密という甘美な響きに気をよくして、怯えてかぶっていた布団の中から這い出してきた。 「太陽はパンケーキのようにオオカミに食われて欠けているのではないのです」 「え、でも教官が言ってたよ。月に住んでいる銀狼が、太陽をバクバクと喰らってしまうのだって」 「太陽は天から動きません。我々の住む大地が太陽に背を向けているとき、この世界は夜に包まれるのです。大地の回転が止まらない限り、朝も夜も必ず巡ってきます」 「でもでも、大地がずっと回っているのなら僕達はどうして酔ってしまわないの?それに今だって、全然動いてるようには感じないよ?」 「それは気付かないぐらいゆっくりと回っているのですよ。生まれたときから回転球の上にいるから、すっかり慣れてしまって酔ったりしないのです」 「世界は球なの…?それじゃひっくり返った状態のとき、どうして落っこちてしまわないの?」 「それは引力というものがありまして―――」 いつしか子供は眠れないほど怯えていた疑問を忘れて菊の解説に聞き入っていた。 菊は色々なことを知っている。イヴァン王の助言者は何人もいたが、それらを全部束ねても菊の知識にはかなわない。イヴァンは菊の言うことなら聞いたが、菊が自分の欲を満たすためにその信頼を行使することは決してなかった。だからこそ、菊は絶大な信頼を得ていた。 すらすらと世界の秘密を解いてみせる菊を眺めてイヴァンはふと不安になる。菊はいつまでイヴァンのそばにいてくれるのだろう。菊はイヴァンの家来ではなかった。イヴァンが今よりもっと幼くて孤独だった頃、どこからか流れてきて町で人々を助けていた賢者に気まぐれに会いに行った。見たことない異国の風貌に、体系が違う知識。神秘的なものが大好きなイヴァンは一目で菊を気に入った。どうしても君が欲しいのだと駄々をこねるイヴァンに菊は友達ならば、と言った。仕えるものが既にあるのだという。菊はイヴァンが命令することができないただ一人の人だ。金でも、地位でも、漂泊の賢者を縛り付けることはできない。いつか君がいなくなってしまうと不安がって泣くイヴァンに困ってしまって、約束を守ってくださる限りあなたのおそばにいます、と菊は約束した。いわく、詮索しないこと、身元を追求しないこと。その約束はますます神秘的に菊を彩った。 菊はどこから来たのだろう。菊はどうしていつまでも年をとらないのだろう。神秘的な物事が大好きな一方で、不思議を不思議のままにしておけないイヴァンは聞きたくてたまらない。しかし約束を忘れたわけではなかったから、必死で自分を抑えた。菊はイヴァンが命令することができないただ一人の人で、同時にイヴァンを約束で縛るただ一人の人だった。 |