玉虫色の平和 二人の間には冷めた紅茶があった。 片方はにこにこ笑顔を浮かべているのに、漂う空気は重い。 その空気を作っているのは日本で、手をつけられないまま温度を失っていく琥珀色の液体を見つめながら、身を硬くしてソファに腰掛けていた。 ロシアは日本とは対照的にゆったりとソファに沈み込んで紅茶を楽しんでいたが、不意に体を起こした。相手の動きに驚いて身を引いた日本の目を覗き込むように身を乗り出した。 「君はバカだね」 先ほどからまったく進展しない議題に、無表情の中にも焦れたような色を浮かべていた日本は、今度は無表情の中にわずかな怒りの色をにじませた。 「…何故ですか」 「君と僕を揉めさせようっていうアメリカ君の魂胆にまんまと乗るからさ」 「―――そう思うなら、あなたこそ返還に応じるべきでしょう。私は領土問題で妥協するわけにはいきません」 ロシアは肩をすくめた。 「せっかく僕のものになった土地をみすみす手放すなんてバカのすることだよね?」 「―――あなたは」 日本は怒らない。一生分の憤怒を、あの大戦中に使い果たしてしまったかのようだった。しかしロシアとの会談では、のらりくらりと追及をかわす相手に腹に据えかねたまっていくフラストレーションが大量にあるらしい。しゃべりだすまでにたっぷり間を取っているのは、口に出せない怒りの言葉を呑み込んでいるのだろう。 「私と仲良くしたいのですか挑発したいのですか!」 思わず語気を荒げた日本に、ロシアは花が綻ぶような笑顔を見せた。 「友達になってくれたら、2島を君に贈るってば」 「贈るも何も、あれはもともと私の一部です!それに4島まとめてでなければ意味がありません!」 ロシアは余裕の表情で、魔法瓶からポットにお湯を足して新しい紅茶を入れた。すう…と香りを鼻に吸いこんで転がし、ほう…と息を吐き出した。 「もう、日本君てばー。原則論にこだわりすぎると、うまくいくものもうまくいかないよ?」 初めて日本とロシアが揉めたときから、二人の関係は変わっていないのかもしれない。かつて、満韓一致論に拘る日本に満州をあきらめさせ、共存の道を提案したのはロシアだった。 たしかに時には妥協も有効だ。しかし自国の領土に関して妥協するわけにはいかない。ロシアと違って日本の国土は狭いのだ。譲っていたら消えてなくなってしまう。 だが、不本意ではあるが。日本はぐ、と腹の底に息を吸い込んだ。ロシアとの国交回復は北の脅威を取り除くという意味でどうしても必要なことだった。 「…ではこうしましょう。とりあえず国交は回復します。恒久的な平和条約は4島の帰属にけりがついたときに結ぶということで…」 はー、と日本は深いため息をついた。とりあえず。玉虫色の決着というやつだ。 「…話し合いは続けていただけますね?」 「定期的に君とこうしてお茶を飲む機会があるってことだよね?よろこんで!」 歓迎の言葉は嘘ではなく、ロシアはにこにこと請け負った。 はあーっ、 さらに深いため息をついて、日本は頭を抱えた。 ―――ロシアさん、解決する気ないじゃないですか!! |
「プレゼントを受け取って僕と本当の友達になるか、あきらめて4島の所有権を主張するのをやめるか、どっちにするの」 「あなたが4島を返すっていう選択肢は初めからないんですね…」 「僕さ、待つのは構わないんだけど、じらされるのは嫌いなんだよね、いつまで待たせるつもり?ずっとは待てないよ」 「待ってないじゃないですか…!勝手に開発して、既成事実化を狙ってるのか知りませんが…人んちの領土に好き勝手しすぎですよ」 「君もどんどん開発してくれていいんだよ?もちろん許可は取ってもらうけど。…ほら、あの、“二人の共同作業”ってやつ?」 「気色悪い表現はよしてくださいッ(鳥肌)」 「…分かってくれないかなあ僕の好意を」 「…ッ…(でかい図体でシナを作らないでください!)」 「あはは、日本君固まっちゃったー、おもしろーい」 |