EVER LAST
「何か……信じらんねーな」
落とし穴のような時間だった。
嘘みたいに穏やかな。
「ちょっと前まで、ボロボロんなって戦ってたなんて――」
『カミサマ』との決着をつけたのは、まだほんの数時間前のことだ。
強い相手だった。
傷を受け、血を流し、地に伏した。
それでも立ち上がり立ち向かっていくことに悲愴感はなかったし、また負けるかもしれないとも思わなかった。
――勝つと、決めていた。
そうして手にした――あるべき結果。
終わってみれば、四人共が満身創痍の酷い有様ではあったものの、すっきりとした気分だった。
敵対した彼があの後どうなったか、少しも気にならないと言ったら嘘になるが、憂えるのは傲慢というものだし、またそんな義理もないだろう。
悟空たちが為すべきなのは、西への旅を再開することだった。
とは言え、すぐに長距離の移動に耐えられるほど、誰もが小さなダメージではなかった。夜も差し迫っていたし、取り敢えず一番近くの街で腰を落ち着けることが決まったのは当然の成り行きだ。
……三蔵の運転が怖すぎたというのもある。
全身に負った怪我、裂ける破れる挙げ句に血痕は染み付く衣服……という、どう考えてもまともではない風体の一行はひどく悪目立ちしたものだが、黒をも白と丸め込むのがお得意な誰かさんのおかげで、無事宿を確保することができた。
二人部屋が二つ――暗黙のうちに部屋割りが決定した。
そして現在に至る。
悟空は部屋に入ってすぐベッドに突っ伏してから、ずっとそのままでいた。
服を着替えるとか、傷の手当をするとか、他にも風呂やら食事やらすべきことはあるのだが、どうもそんな気力が湧いてこないのだ。
それは三蔵にしても同じようで――ちらりと視線を向けた先では、珍しくだらしない様子で足を投げ出し、ぼんやりと煙草を吸う姿があった。
ゆるやかに流れる時間。
そういえば、こんなふうに何を気にすることもなく静かに過ごすのは久し振りかもしれないと、悟空は思った。
特にここ最近は、誰のせいとは言わないが心休まることがなかった。
――いや、それはこの旅に出てからずっとそうかもしれない。いつ敵が現れるかわからないから、緊張しているのが当たり前になった。
今も、警戒スイッチはしっかりと入っている。
ふと――寺院で暮らしていた頃のことが、懐かしく悟空の脳裏に思い出された。
面白くないこともたくさんあったが、平穏だった日々。
……なぜか、遠い昔のことのようだ。
もうあの頃のような生活は到底望めないが、悟空にさほど未練はなかった。
結局――三蔵さえいれば何だっていいとわかったのだ。
もちろん、悟浄と八戒がいるに越したことはない。
その意味で、この四人旅は悟空にとって楽しくて仕方ないものだった。
「三蔵――ありがと」
呟くと、紫暗が怪訝そうに悟空を向いた。
「……何か言いたくなっただけ」
その理由をどう解釈したのか、三蔵はふいっと目を逸らす。
悟空は寝返りをうって、窓ガラス越しに空を見上げた。わずかに星が覗いている。
この空だけは、ずっと変わらない。
寺院にいた頃も、岩牢に閉じ込められていた時も。
――そしてきっと、記憶のないいつかも。
「……礼を言うのはこっちだろうが」
不意に何事かを呟く三蔵の声が悟空の耳に届いた。
「え?」
聞き逃してしまったそれを、振り返って問い質す。
だが三蔵は目を眇めるだけで、答えようとはしなかった。
悟空には聞かれたくないことだったのかもしれない。
……そのまま、何となく二人は無言で見つめ合う。
しばらくそうしていたら、なぜだか無性に悟空は三蔵に触れたくなってきた。
「……な、そっち行ってい?」
今度も三蔵は返事を返さなかったが、沈黙の中に悟空はしっかりと肯定の意を読み取った。
勢いよく身体を起こして、三蔵のベッドにダイブする。
スプリングが大きく軋んだのに三蔵は顔をしかめたが、悟空が笑顔を向けると、しょうがないと言わんばかりの小さな溜息をついた。
そして灰皿に煙草を押し付け、身体をずらして悟空のためにスペースを空ける。
そこにひょっこりと悟空が収まれば、降ってくるのは羽根のような口付け――――約束の。
目蓋。
指先。
口端。
幾つも。幾らでも。
「飽きなかったらどうしよう?」
困ったように悟空が尋ねる。
すると三蔵は、ひどく愉しそうに笑った。
「その時は――意識なんか手放すくらいのやつをくれてやる」
1周年リクエスト(伊沢礎様)