03/05/02
Shiny Daybreak


 凪いだ湖面のような空気だった。
 静かに、ひそやかに。

 うっすらと、街の輪郭が浮かび上がる。
 もうすぐ朝が生まれる。






「……あきらめ悪いよなぁ」

 それはたぶん、苦笑以外の何物でもなかった。
 響きに自嘲はなく、認めて、受け入れて、ただそれだけの。

「でも、悪足掻き、嫌いじゃないし」

 ん、と大きく伸びをする。
 そして悟空は、ゆっくりと背後を振り返った。

「――三蔵は?」

 唐突に問われ、三蔵は驚いて紫暗を瞠った。
 目覚めたら悟空の姿だけなく、半ば無意識に探して外に出た。
 それでようやくこの場所に辿り着いたものの、膝を抱え蹲り、ひたと前を見つめる悟空に、なぜか声を掛けそびれてしまった。
 振り向く様子もないので、てっきり気付かれていないと思っていたのだが。

「……さあな」

 三蔵は曖昧に答え、悟空の隣に並んだ。彼に倣って腰を下ろす。
 そうして目にする、金の瞳に映っていた景色。
 同じモノでは決してあり得ない。
 悟空は何を見ていたのだろうか。
 果てのない天か、生きてゆく地上か。

 ――それとも、目に見えぬ未来か。

 これから立ち向かう敵は、今までの相手とは違う。
 打ちのめされた。
 地面を這いずらされ、辛酸をなめ、一度負け犬のように逃げた。
 しかし。
 やはり今までの相手と変わりはしないのだ――自分たちが必ず勝つのだから。
 そんな当たり前のことも見失っていた。
 思い出したのは、隣に添う存在がいたからだ。

「約束」

 不意に悟空が呟く。
 真っ直ぐ、前だけを見つめていた瞳が、三蔵の姿を捉える。

「しないか?」
「何を」

 三蔵もまた、悟空の姿を視界に収めた。
 強い光。
 三蔵にとって悟空は、おそらくそのようなものだ。
 闇の中でも目映く、灼きつくように鋭く。

「勝つことか?」
「違う。勝つのは、もう決めてる」

 紡ぐのが容易でない言葉を、しかし悟空は不遜に言い放った。
 強がるでも言い聞かせるでもなく、単純にそれが事実、決定事項だと。
 ……先の戦闘で精神に受けたダメージは悟空も同じ。
 それなのに彼は、なぜこうも揺るぐことのない眼差しを持ち得るのだろうか。

「そうじゃなくて、勝った後」

 薄く、口許にだけ浮かぶ笑みに答えは見えない。
 知ることができないのなら、それでもいいのかもしれないと三蔵は思った。
 悟空がその裡に抱くものに変わりはないのだから。

「何の約束を?」
「そーだな……」

 三蔵の問いに、悟空は視線を宙に固定して少し考える素振りを見せる。
 数瞬後、悪戯を思いついたみたいに、笑った。

「全部終わったら、飽きるくらいキスでもしようか?」






 そして――――夜が明ける。彼らの輝かしい一日が始まる。


1周年リクエスト(秋山三月様・鵜崎唯様)
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