over
幾度も同じ事を繰り返している。
それはきっと、なくしてしまった記憶の中でも。
「――何してる」
唐突に背後から声を掛けられて、悟空は心臓が止まるかと思うほど驚いた。
しかもそれは、こんな場所にいるはずがない――いてはいけない者のもので。
「っ、三蔵こそ! 何してんだよケガ人のくせに!」
振り返りざま、怒鳴りつける。
三蔵の身体を覆う白い包帯が目に痛い。
悟空が直接負わせた怪我ではないが、悪化する原因を作ったのは悟空だった。それを思うと胸が軋む。
「しかも、そんな薄着――」
砂漠の夜は、昼の暑さが信じられないほど寒い。
悟空は慌てて自分が羽織っているマントを脱ぐと、三蔵の肩に掛けた。
そして、しかめ面で睨み付ける。
「まだ全然治ってないのに、起きてくんなよ」
「大人しく寝かせないのは誰だ?」
三蔵の切り返しに、悟空はぐっと詰まった。
夜中に黙って宿を抜け出せば、心配されることはわかっていたのだ。
子供扱い――ではなく、あんなことがあった後だから。
悟空だって、自分が不安定になっていることを見抜かれていないなんて、そんな図々しいことは思っていなかった。
相手が三蔵では、うまく隠し事などできないのだ。
だが、だからといって心の内を全部打ち明けられるかといえば、それは別の話で。
そう、悟空は――叶うことなら三蔵に、知らないふりをしてもらいたかった。
身を守る術を持たない子供ではないのだから、深夜の外出など少しくらい放っておいてほしかった。
――独りになりたいことだってある。
しかし、それはやはり悟空の甘えなのだろう。
もしも三蔵が同じ事をすれば、悟空だって気が気でなくなるに決まっているのだ。
「戻るぞ」
結局悟空は、その言葉に従わざるを得ない。
踵を返す三蔵の背中に向かって小さく溜息をつくと、おぼつかない足取りで後を追った。
ざくりざくりと、一定のテンポで、熱を放出し切って冷たくなった砂に足を埋める。バランスを崩すことはないが、慣れなくて歩きにくい。
「肩、」
貸す、と悟空は早足で三蔵に追いついて申し出たが、無視された。
ここまで独りで来れたのだから、歩行に問題はないのかもしれない。
しかし三蔵の怪我は重傷の部類であったし、悟空はこれ以上自分のために無理はさせられないと思った。
だから、無言のまま強引に三蔵の腕を肩に回す。
こういう時ばかりは身長差が有り難かった。――こんなことでしか役に立たないのなら、ずっと役に立たなくていいが。
三蔵が抵抗する素振りを見せなかったので、そのまま二人で並んで歩く。
いつのまにか遠くまで来ていたようだった。
宿の明かりは見えるのだが、なかなかそこまで辿り着けない。夜だからというより、障害物がないせいで距離感が掴みにくいのだろう。
悟空と三蔵は、前を向いてただ黙々と歩き続ける。
足下で砂を踏み締める音だけが、闇の中に響く。
――不意に、三蔵が嘆息した。
悟空が思わず視線を向けると、紫暗が不機嫌そうに見下ろしてくる。
立ち止まって、見つめ合うこと数秒――
「……一分だ」
苦々しく舌打ちした三蔵の口から、そんな言葉が飛び出す。
「一分間だけ、特別に甘やかしてやる。――だから言っちまえ」
ああ――、その瞬間悟空は泣きたかったのか笑いたかったのか。
三蔵なりの譲歩は、彼らしい優しさに満ちていた。
だが……言うわけにはいかないと、悟空は思う。それは意地とかそんなんじゃなくて。
「いいんだ。クダラナイことだから。でも、一分だけ……」
胸貸してくれる?
了承の言葉の代わりに、三蔵が悟空の頭を引き寄せた。
悟空は傷に障らないよう、そっと三蔵の背に腕を回す。
心音が伝わる。
体温を感じる。
どれだけ寄り添ってもそれ以上のものは分かち合えないけれど、ただそれだけのものが、今の悟空にはかけがえのないものだった。
「……一分、経ったかな」
「……さあな。まだじゃねぇか?」
1周年リクエスト(卯月いつか様)