Drive for
「強くなる」
――ああ、こいつは知っている。
その瞬間、わけもなく思った。
他の誰が気付かずとも、悟空が覚らぬはずはなかったのだ。
……庇う腕が、本当は誰のためのものだったか。
庇われた悟空だからこそ、本能的に見抜いた。
「――ダセぇ……」
こんなにも己は弱い。
だが――だからこそ。
強く。
あの金の瞳を曇らせることがないように。
そのためにまずやらなければならないことは、明らかだった。
……そうだ。決着はつけなければ。
誰にもその権利を譲るつもりなどない。
窓から外に降り立つと、そこには一つの影があった。
予想していたわけではないが、三蔵は驚かない。
影――悟空は、何を言うでもなく、ただ三蔵の行く手を遮るように立っていた。
……情けない顔をしている、と思う。
こんな表情をよく見ていた。昔――悟空を寺院に残して出掛けようとする度に。
誰よりもそれを見たくないと思っていた三蔵こそが、いつだって悟空にそういう顔をさせていた。
「……悟浄も八戒もずりーよ」
相対して数秒、先に口火を切ったのは悟空だった。
「悟浄は見張りする気なんて全ッ然ねーし、八戒は放っておけって言うし」
吐き出された恨み言は、悟空にしてはどこか淡々とした口調だ。
三蔵は黙ったまま、身動きすることなくその声に耳を傾ける。
「……俺ばっか、三蔵の心配してて……ずりぃ」
目を伏せて、悟空がついた溜息は、思いの外三蔵の心を波立たせた。
いつのまにか見せるようになった大人びた表情。そして感情。
喚き散らして追い縋ろうとした子供は、もうそこにはいなかった。
そして再び視線を合わせた悟空は……少し笑おうとしたようだった。
「安心しろよ。止めねーから。連れてけっても言わねー」
その瞳の色は、己が言っていることを完全に納得したものではない。
それでも悟空は。
何の迷いもなく、混じりっ気なしの純粋な言葉を三蔵に向けるのだ。
「俺は何も言わない――三蔵が決めたことだもんな」
――そんなことを言われれては、絶対に彼の想いを裏切ることなどできないではないか。
本当に……どうして彼は。
いつだって簡単に三蔵を奮い立たせる。
どうしてそんなことができるのか。
「……な、三蔵は俺に、何も言わねーの?」
言いながら、悟空が三蔵にゆっくりと歩み寄ってきた。
三蔵もまた悟空の元へ――否、悟空の後ろにある森の中へと続く道に向かって、歩き出す。
「行ってくる」
すれ違いざま、立ち止まって悟空の頭に手を置くと、その下で見上げてくる金の瞳が眇められた。
そして。
「センベツ」
――ふ、と何かが唇を掠める。
だが次の瞬間にはもう、悟空が宿の方へと戻っていく足音が背後で聞こえた。
三蔵は振り向かず、真っ直ぐに前を見据え――――ただ独り、一歩を踏み出した。
1周年リクエスト(結樹翠様)