仔猫物語
Act.2 They really give him kittens.
自分の世話はほったらかしにして、悟空はかいがいしく仔猫の世話を焼いた。
風呂上がりで濡れそぼった仔猫の体を、大判のタオルでごしごしと拭く。
水が嫌いな動物を無理に風呂に入れたため、先程までは大騒ぎだったが、今は仔猫は大人しく悟空に身を任せている。
「お前が風邪ひくぞ」
理由を告げて、三蔵は雫を滴らせている悟空の髪を拭いてやった。
別に対抗心ではない、と自らに言い聞かせて。
「ありがと三蔵。なー、こいつの名前どうしよう?」
悟空はきれいになった仔猫を、三蔵に見せるように持ち上げた。
「勝手にしろ」
三蔵は気のない返事をする。
うーん、と何やら小さなうなり声を上げながら、悟空は仔猫と睨めっこをした。
そして三蔵が髪を拭き終えた頃ようやく、仔猫を高く掲げ悟空は叫んだ。
「決めた! お前、『天藍』な!」
それは空の青を表す。
「こいつの眼、空みたいだろ?」
悟空は背後の三蔵を振り返って、微笑みかける。
「……ま、悪くないな」
素直でない答えを返して、三蔵は悟空の頭を小突いた。
にゃー、と天藍が鳴いた。
風呂上がりで濡れそぼった仔猫の体を、大判のタオルでごしごしと拭く。
水が嫌いな動物を無理に風呂に入れたため、先程までは大騒ぎだったが、今は仔猫は大人しく悟空に身を任せている。
「お前が風邪ひくぞ」
理由を告げて、三蔵は雫を滴らせている悟空の髪を拭いてやった。
別に対抗心ではない、と自らに言い聞かせて。
「ありがと三蔵。なー、こいつの名前どうしよう?」
悟空はきれいになった仔猫を、三蔵に見せるように持ち上げた。
「勝手にしろ」
三蔵は気のない返事をする。
うーん、と何やら小さなうなり声を上げながら、悟空は仔猫と睨めっこをした。
そして三蔵が髪を拭き終えた頃ようやく、仔猫を高く掲げ悟空は叫んだ。
「決めた! お前、『天藍』な!」
それは空の青を表す。
「こいつの眼、空みたいだろ?」
悟空は背後の三蔵を振り返って、微笑みかける。
「……ま、悪くないな」
素直でない答えを返して、三蔵は悟空の頭を小突いた。
にゃー、と天藍が鳴いた。
▼
夕飯も食べ終わり、昼間散々遊び回った悟空と天藍は、早くも眠気がさしてきたようだ。
ソファに座ったまま、悟空は舟をこぎ始める。
膝の上で落ちないように抱えられた天藍は丸くなって、やはり眠りに就こうとしているのだが、その体温も悟空の眠気に拍車をかけているのだろう。
「寝るならベッドに行け」
本格的な睡眠に入る前に、三蔵は保護者らしく言い渡した。
このままだと風邪をひくし、余計な労働が増える。
「んー……」
悟空は寝惚けたような返事をしながらも、おとなしく天藍を抱えて奥にある寝室に向かった――――三蔵の。
「自分の部屋で寝ろ」
ちゃんと聞こえているのか訝しく思いながら、三蔵は自分の部屋に消えた悟空を見遣ったのだが、どうやらそこまで意識は遠のいてないらしい。
「わかってるー……まくら取ってきただけ……」
再び姿を見せた悟空は、両腕で天藍と枕を抱えていた。
「天藍がいっしょだから……今日はちゃんと、自分のベッドで寝る……」
その発言に、三蔵は少しむっとした。
仔猫に負けたような気がするのは、気のせいだろうか。
「さんぞー、開けて……」
両手がふさがって自室の扉を開けることができない悟空に、三蔵は仏頂面で告げた。
「面倒だ。そっちで寝ろ」
顎で指し示されたのは、扉が開いたままの三蔵の寝室。
一瞬驚いた顔をした悟空は、ふにゃりと微笑った。
「……ありがと」
ソファに座ったまま、悟空は舟をこぎ始める。
膝の上で落ちないように抱えられた天藍は丸くなって、やはり眠りに就こうとしているのだが、その体温も悟空の眠気に拍車をかけているのだろう。
「寝るならベッドに行け」
本格的な睡眠に入る前に、三蔵は保護者らしく言い渡した。
このままだと風邪をひくし、余計な労働が増える。
「んー……」
悟空は寝惚けたような返事をしながらも、おとなしく天藍を抱えて奥にある寝室に向かった――――三蔵の。
「自分の部屋で寝ろ」
ちゃんと聞こえているのか訝しく思いながら、三蔵は自分の部屋に消えた悟空を見遣ったのだが、どうやらそこまで意識は遠のいてないらしい。
「わかってるー……まくら取ってきただけ……」
再び姿を見せた悟空は、両腕で天藍と枕を抱えていた。
「天藍がいっしょだから……今日はちゃんと、自分のベッドで寝る……」
その発言に、三蔵は少しむっとした。
仔猫に負けたような気がするのは、気のせいだろうか。
「さんぞー、開けて……」
両手がふさがって自室の扉を開けることができない悟空に、三蔵は仏頂面で告げた。
「面倒だ。そっちで寝ろ」
顎で指し示されたのは、扉が開いたままの三蔵の寝室。
一瞬驚いた顔をした悟空は、ふにゃりと微笑った。
「……ありがと」
▼
その晩は三蔵のベッドで、左から悟空・天藍・三蔵の順で眠った。
大きいとはいえ一人用のベッドだから、それなりにくっつかなければならない。
三蔵は、潰してしまいそうからと天藍を別の場所で寝かせようとしたのだが、悟空が譲らなかった。
仕方なく天藍を間に挟んで、三蔵は悟空を抱き込んだ。
そうしなければ、寝相の悪い悟空はベッドから落ちてしまうのだ。
それだけなら構わないのだが、悟空は布団を道連れにするため、自衛手段として三蔵は悟空を腕の中に収める。
幸い、こうしていれば悟空は身じろぎもせず朝まで眠る。
――この朝も、悟空は眠りに就いた時の体勢のままで目覚めた。
瞼を開けた瞬間、天藍のことを思い出したのは上出来だろう。
胸の辺りを覗き込むと、天藍は潰されることなく丸くなって眠っていた。
悟空がその背を撫でると、ひげをピンとさせて、にゃ、と天藍が目を覚ました。
そして挨拶のつもりなのか、天藍は悟空の顔に近づいてきたかと思うと、ぺろりとくちびるを舐めた。
「おはよ」
悟空もお返しにと、天藍にキスする。
それは客観的に見てほのぼのとした光景だった。
が、寝起きにそれを見せられた三蔵は……考えるより先に天藍を殴っていた。
「――何すんだよ、さんぞっ!!」
悟空は三蔵から守るように、天藍を自分に引き寄せて胸に抱いた。
三蔵としては、それも面白くない。
だがそんなことを口に出せるはずもなく、憮然として布団を出た。
大きいとはいえ一人用のベッドだから、それなりにくっつかなければならない。
三蔵は、潰してしまいそうからと天藍を別の場所で寝かせようとしたのだが、悟空が譲らなかった。
仕方なく天藍を間に挟んで、三蔵は悟空を抱き込んだ。
そうしなければ、寝相の悪い悟空はベッドから落ちてしまうのだ。
それだけなら構わないのだが、悟空は布団を道連れにするため、自衛手段として三蔵は悟空を腕の中に収める。
幸い、こうしていれば悟空は身じろぎもせず朝まで眠る。
――この朝も、悟空は眠りに就いた時の体勢のままで目覚めた。
瞼を開けた瞬間、天藍のことを思い出したのは上出来だろう。
胸の辺りを覗き込むと、天藍は潰されることなく丸くなって眠っていた。
悟空がその背を撫でると、ひげをピンとさせて、にゃ、と天藍が目を覚ました。
そして挨拶のつもりなのか、天藍は悟空の顔に近づいてきたかと思うと、ぺろりとくちびるを舐めた。
「おはよ」
悟空もお返しにと、天藍にキスする。
それは客観的に見てほのぼのとした光景だった。
が、寝起きにそれを見せられた三蔵は……考えるより先に天藍を殴っていた。
「――何すんだよ、さんぞっ!!」
悟空は三蔵から守るように、天藍を自分に引き寄せて胸に抱いた。
三蔵としては、それも面白くない。
だがそんなことを口に出せるはずもなく、憮然として布団を出た。
▼
三蔵は苛々と机に向かう。
不機嫌の原因は内容のない書類の山ではなく、部屋の隅に置かれたソファでくつろぐ悟空と天藍の姿だった。
二人掛けのソファは悟空専用で、三蔵が街でわざわざ買ってきたものである。
出会った当初、あまりにも悟空が三蔵のそばを離れようとしないため、悟空のために執務室に置いたのだ。
今はそういうことはないが、それでも雨の日や、また晴れの日にも時々、悟空は自分の部屋ではなくここで時間を過ごす。
出入りする僧は煙たがっているようだが、そんなこと三蔵には関係ない。
おとなしくしている、という最初の約束を守ってさえいれば、悟空のいる空間はどことなく三蔵をなごませた。
……そう、普段ならば。
仔猫一匹加わっただけで、どうも三蔵の中で歯車が噛み合わなくなってきている。
たかが仔猫、されど仔猫だ。
大人気ないことは承知の上で、叩き出されないように静かに毛糸など使って天藍と遊んでいる悟空に、三蔵は仏頂面で告げた。
「気が散る。外行ってこい」
「え、俺うるさくしてないよ」
この反論はもっともだった。
それに、と悟空は続ける。
「三蔵が殴ったりしたから、天藍元気ないんだもん」
だから仕方なくここにいるんじゃん、と口を尖らせる悟空の言葉は、先の非難と共に三蔵の機嫌をさらに急降下させた。
仮病じゃねぇのかそいつ、と被害妄想じみた発言が喉まで出かかったが、賢明にも三蔵は思い止まった。
悟空に苛立ちをぶつけることはできず、また天藍にぶつければ悟空の怒りを誘う。
――結局、どうなったか。
新しい書類を持ってきた僧が、三蔵の八つ当たりを受けた。
不機嫌の原因は内容のない書類の山ではなく、部屋の隅に置かれたソファでくつろぐ悟空と天藍の姿だった。
二人掛けのソファは悟空専用で、三蔵が街でわざわざ買ってきたものである。
出会った当初、あまりにも悟空が三蔵のそばを離れようとしないため、悟空のために執務室に置いたのだ。
今はそういうことはないが、それでも雨の日や、また晴れの日にも時々、悟空は自分の部屋ではなくここで時間を過ごす。
出入りする僧は煙たがっているようだが、そんなこと三蔵には関係ない。
おとなしくしている、という最初の約束を守ってさえいれば、悟空のいる空間はどことなく三蔵をなごませた。
……そう、普段ならば。
仔猫一匹加わっただけで、どうも三蔵の中で歯車が噛み合わなくなってきている。
たかが仔猫、されど仔猫だ。
大人気ないことは承知の上で、叩き出されないように静かに毛糸など使って天藍と遊んでいる悟空に、三蔵は仏頂面で告げた。
「気が散る。外行ってこい」
「え、俺うるさくしてないよ」
この反論はもっともだった。
それに、と悟空は続ける。
「三蔵が殴ったりしたから、天藍元気ないんだもん」
だから仕方なくここにいるんじゃん、と口を尖らせる悟空の言葉は、先の非難と共に三蔵の機嫌をさらに急降下させた。
仮病じゃねぇのかそいつ、と被害妄想じみた発言が喉まで出かかったが、賢明にも三蔵は思い止まった。
悟空に苛立ちをぶつけることはできず、また天藍にぶつければ悟空の怒りを誘う。
――結局、どうなったか。
新しい書類を持ってきた僧が、三蔵の八つ当たりを受けた。
▼
……悟空とて、この状況が楽しいわけはなかった。
三蔵の不機嫌の原因が天藍であることには、何となく気づいていた。
どうやら三蔵は、天藍があまり好きではないらしい。
しかし悟空は、三蔵も天藍も好きだから、どうにかして仲良くしてほしいのだ。
また、理由もなく天藍を殴った三蔵はゆるせないが、それも一日もすれば怒りは収まってきた。
もともと、怒りが長続きするタイプではない。
ポジティブが身上の悟空は、夕食後に仲直りを持ち掛けた。
三蔵はアマノジャクだから俺が言ってやらないとダメなんだよな、とは悟空の心の声である。
「なあ三蔵、天藍に謝ってよ」
コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた三蔵は、その言葉に僅かに顔を引きつらせた。
微妙な変化を、しかし悟空は見逃しはしない。
「頭撫でてやって、仲直りして」
両手に持った天藍を、ぐいっと三蔵の眼前に突きつけた。
下手に出るのが嫌いな三蔵のために、ここまでお膳立てをしたのだ。
これで拒否するようならもう口きいてやんない、とばかりに悟空はきっと三蔵を見据えた。
その決心が伝わったのか、三蔵は渋々ながらも天藍の頭に手を伸ばす。
――友好関係成立か、と思われたその時。
にゃっ、という鳴き声と同時に、三蔵の手に朱線が走った。
三蔵の不機嫌の原因が天藍であることには、何となく気づいていた。
どうやら三蔵は、天藍があまり好きではないらしい。
しかし悟空は、三蔵も天藍も好きだから、どうにかして仲良くしてほしいのだ。
また、理由もなく天藍を殴った三蔵はゆるせないが、それも一日もすれば怒りは収まってきた。
もともと、怒りが長続きするタイプではない。
ポジティブが身上の悟空は、夕食後に仲直りを持ち掛けた。
三蔵はアマノジャクだから俺が言ってやらないとダメなんだよな、とは悟空の心の声である。
「なあ三蔵、天藍に謝ってよ」
コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた三蔵は、その言葉に僅かに顔を引きつらせた。
微妙な変化を、しかし悟空は見逃しはしない。
「頭撫でてやって、仲直りして」
両手に持った天藍を、ぐいっと三蔵の眼前に突きつけた。
下手に出るのが嫌いな三蔵のために、ここまでお膳立てをしたのだ。
これで拒否するようならもう口きいてやんない、とばかりに悟空はきっと三蔵を見据えた。
その決心が伝わったのか、三蔵は渋々ながらも天藍の頭に手を伸ばす。
――友好関係成立か、と思われたその時。
にゃっ、という鳴き声と同時に、三蔵の手に朱線が走った。
▼
「あ……」
悟空さえも、唖然として天藍を見つめた。
が、次の瞬間はっとして三蔵に視線を遣ると、表情が一切消えていた。
嵐の前の静けさ、というやつだ。
悟空は思わず天井を仰ぎたくなったが、ぐっと耐えてすかさずフォローに入った。
「これであいこ、な!!」
もちろん、引っ掻いた天藍を背後に庇いながらの発言である。
いざとなったら自分が身を挺して守らなければならないと、悟空は一種使命感に燃えていた。
何せ、天藍はまだか弱い仔猫なのだ。
「――てめぇは俺とその仔猫とどっちが大事なんだ!!」
怒り心頭に発した三蔵は、ついに悟空を怒鳴りつけた。
その内容のあまりのレベルの低さには、本人も気づいていない。
「え、そ、それは……」
即答しない悟空に、三蔵の怒りはますます募る。
「選べ」
据わった目で見つめられて、悟空は無意識に後ずさりした。
ここで選べないと言った日には、明日の太陽を拝めないかもしれない。
しかし三蔵と言ってしまえば天藍を見捨てたようで、それも悟空にはできなかった。
結果、この難局を切り抜ける方法はないかと、ぐるぐると悟空は頭を働かせる。
――と、唐突に名案が浮かんだ。
悟空は一瞬も躊躇わず、思い切り三蔵にタックルした。
「三蔵、大好き!」
……不意に、三蔵を包む空気がやわらかくなる。
満足したように髪を撫でる三蔵の手に少し身じろぎながら、悟空は『魔法の呪文』に感謝した。
悟空さえも、唖然として天藍を見つめた。
が、次の瞬間はっとして三蔵に視線を遣ると、表情が一切消えていた。
嵐の前の静けさ、というやつだ。
悟空は思わず天井を仰ぎたくなったが、ぐっと耐えてすかさずフォローに入った。
「これであいこ、な!!」
もちろん、引っ掻いた天藍を背後に庇いながらの発言である。
いざとなったら自分が身を挺して守らなければならないと、悟空は一種使命感に燃えていた。
何せ、天藍はまだか弱い仔猫なのだ。
「――てめぇは俺とその仔猫とどっちが大事なんだ!!」
怒り心頭に発した三蔵は、ついに悟空を怒鳴りつけた。
その内容のあまりのレベルの低さには、本人も気づいていない。
「え、そ、それは……」
即答しない悟空に、三蔵の怒りはますます募る。
「選べ」
据わった目で見つめられて、悟空は無意識に後ずさりした。
ここで選べないと言った日には、明日の太陽を拝めないかもしれない。
しかし三蔵と言ってしまえば天藍を見捨てたようで、それも悟空にはできなかった。
結果、この難局を切り抜ける方法はないかと、ぐるぐると悟空は頭を働かせる。
――と、唐突に名案が浮かんだ。
悟空は一瞬も躊躇わず、思い切り三蔵にタックルした。
「三蔵、大好き!」
……不意に、三蔵を包む空気がやわらかくなる。
満足したように髪を撫でる三蔵の手に少し身じろぎながら、悟空は『魔法の呪文』に感謝した。
▼
▼
――ちなみに。
不満そうな鳴き声を上げた天藍に、
「お前も大好きだよ」
と悟空がキスをして、再び三蔵は激怒したらしい……
不満そうな鳴き声を上げた天藍に、
「お前も大好きだよ」
と悟空がキスをして、再び三蔵は激怒したらしい……