02/08/20
KIRA-KIRA



「さんぞ、さんぞっ!」
 駆けてきた、その勢いのままに悟空は大きく扉を開いた。
 部屋の中には、予想通り仏頂面で机に向かっている保護者。
 ふ、とまるで彼のまわりだけ別の空気が取り巻いているみたいに、優美な動作で三蔵が顔を上げた。
 悟空は一瞬見蕩れてしまう。
 ――きれいだ。
 彼よりも綺麗な人を悟空は知らない。
「……今度は何だ?」
 不機嫌な声で問われて、ようやく悟空は我に返った。
 取り繕うように、慌てて三蔵に駆け寄る。
「これ! 裏の川辺で見つけたんだ」
 悟空は両の手で大事に包んだものを差し出す。
 三蔵の目の前でゆっくりと開かれた掌からは、透き通った小さな欠片が幾つか顔を覗かせた。
「な、キレイだろ?」
 それは、涼みに行った川辺で悟空が偶然見つけたものだった。
 水の色だったり、少し青みがかっていたりする、透明な粒。
「ただの石じゃねーか」
「でも、キレイだったからさ」
 三蔵に見せたかったんだ。
 悟空は、はにかんで告げる。
「…………」
 興味なさそうな表情をしながらも、三蔵は悟空の手からそれらを受け取った。
 そして、窓際に移動すると、その中の一つを光に翳す。
 悟空はわくわくしながら三蔵の感想を待った。
 が。
「――ええっ!?」
 次の瞬間、呆気にとられる。
 三蔵は、何を考えたのか、悟空が集めてきた小石をぜんぶ窓から放り投げてしまったのだ。
「な、何すんだよ!!」
 慌てて三蔵の腕にしがみつくが、もう遅い。
 小石は一つたりとも残っていなかった。
「三蔵!!」
 悟空は突然の暴挙に出た保護者を睨み上げる。
 しかし相手は、飄々と言ってのけた。
「手が滑った」
 そんなわけはない。
「なんでこんな意地悪するんだよ……」
 三蔵の行動はあまりに理不尽かつ不可解で、悟空は何だか泣きたくなってきてしまった。
 キレイだったから、三蔵に見せたかった。
 ただ、それだけだったのに。
 悟空は肩を落とし、しゅんと項垂れた。


      *   *   *


 あまり、褒められた趣味でないことは、三蔵にもよくわかっているのだ。
 しかし、どうもあの大きな一対の金眼は、三蔵の嗜虐心を煽って止まない。
 それが言い訳だということもわかっているのだが……。
 最近の三蔵は、悟空を見ると、つい苛めたくなってしまう。
 悟空が三蔵に対して、あまりに過剰な期待と、そして盲目の信頼を抱いているからだろうか。
 ひどく怒った顔だとか、困った顔を見るのが、なぜだか愉しいと感じるのだ。
 いまも。
 俯いた悟空を見て思うことは。
 ――いくらでも泣けばいい、と。
 まだ華奢な少年を見下ろして、三蔵はそんなことを考えている。
 始末の悪いことに、実は、泣き顔は一番好きだったりするのだ。
 ただし、自分が原因なら、という注釈込みでだが。
「……顔、上げろ」
 小さくつぶやけば、悟空はひとつ肩を震わせて、そして静かに三蔵を見上げた。
 拗ねた表情。
 円らな瞳を覆う水の膜が、いつもより幾分か増している。
 ――まあ、今日はこれくらいで勘弁してやる。
 勝手なことを思って、三蔵は悟空の髪をくしゃりと掻きまぜた。
「そんなに大事なモノだったか?」
「そーゆうわけじゃないけど……」
 少しは機嫌が直ったらしい。
 悟空は片方の目を細めて、こそばゆそうに頭を撫でられている。
「なら、別にいいだろ」
 三蔵は強引にねじ伏せた。
「あれくらいの『綺麗なもの』なら、どこにでもある」
 要するに、三蔵は悟空の関心が自分以外に奪われることが気に食わなかったわけでもあるのだが、これは本人無自覚だった。
 きっぱりとした物言いに、悟空はというと、思わず頷いた。
「……うん」
 しかし、どうも歯切れが悪いのは致し方ないことだ。
 ただ、三蔵はそれを看過するような可愛い性格をしていなかった。
 わずかばかり未練を残した視線がちらりと窓の外へ向かうと、それを遮るようにして、啄むような口付けをひとつ。
 悟空がぱちぱちと瞬いた。
 当然だ。
 キスの意味など、悟空が知るはずもない。
「い、いまの何?」
「……さあな」
 うわずった声に、薄く笑みを返して、三蔵は再び顔を近づける。
 悟空は、おそらくは無意識に身を引いて、首をすくめぎゅっと目を閉じた。
 頬を染めた表情を三蔵は愉しく観賞して、今度はしっとりと唇を重ねた。



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