14/06/25
きんいろのひかり



 ――くい
 進行方向とは逆の力に引かれて、金蝉はつまずきそうになる。
 慌てて踏みとどまり、背後を振り返る。そこには、予想していたとおりの顔があった。
「――悟空。離せ」
 悟空が、金蝉の髪をしっかりと手に握って立っていた。
 渋い顔で告げる金蝉に、悟空は聞き分けなく反抗する。
「やだ」
 なぜだか悟空は金蝉の髪が気に入りで、気がつくと触っている。
 座っている時などはまだいいが、今みたいに動いている時は強く引っ張られて痛い思いをする――金蝉の半分くらいしか背丈がないのに、悟空は見た目にそぐわぬ力を持っている。一応気は遣っているのか、髪を抜かれたのはさすがに最初の出逢いの時だけだが。
「離せ。動けねぇ」
 重ねて金蝉は言うが、悟空は不満そうな顔をして、未練がましく髪を離さない。
 金蝉は大きな溜息をついた。
 どうして悟空はこんなにも、しかも飽きもせず金蝉の髪にこだわるのだろう。何度考えてもわからない。
 金髪は多少めずらしいかもしれないが、めずらしいというなら、下界から連れて来られた悟空にとって、天界にはもっとめずらしいと思えるものがたくさんあるだろう。なのに、悟空がこだわるのは金蝉の髪だけなのだ。
 いつもなら、もう一押しして悟空に手を離させるのだが、それが根本的な解決になっていないのは明らかだ。
 そこで金蝉は、引出しから鋏を取り出して、悟空の手の少し上あたりで自分の髪を一房切った。
「ほら、これでいいだろ」
 これで悟空の気も済むだろう、と思ったのだが、金蝉が目にしたのは予想外の表情だった。
 悟空は、切られた髪をぎゅっと握ったまま、微動だにせず茫然としていたのだ。
 金蝉は焦って悟空に尋ねた。
「これが欲しかったんじゃねぇのか?」
「……でも……だって……」
 ようやく悟空の表情が動くが、今度は泣きそうな顔になっている。何を言いたいのかもわからない。
「いらなかったか?」
 その問いには、悟空はぶんぶんと首を横に振って否定する。
 金蝉はほっとした。よかれと思って全く的外れなことをしてしまったわけではないようだ。
 でもやはり悟空は泣きそうな顔のままなので、金蝉は機嫌を取るようになるべく優しげな声をかける。
「貸せ。腕に結んでやる」
 しぐさだけで頷く悟空から自分の髪を受け取って、金蝉は悟空の手首に結わえようとする。手枷が邪魔なのと細かい作業なのとで、なかなかうまくいかなかったが、何度か試してやっと成功する。
「できたぞ」
「ありがとう、金蝉」
 それでようやく悟空が笑ってくれた。


 金蝉の髪でできた腕輪を、悟空はそれはそれは大事にしているようだった。
 まず、木登りや水遊びといった活動的な遊びを避けるようになった。腕輪を何かに引っかけて駄目にしてしまうのが嫌だから、らしい。
 そのかわり何をしているのかというと、嬉しそうに腕輪を眺めたり、触ったり、太陽に翳してみたり、しているらしい。
 ――と、天蓬と捲簾とついでに観音に別々に、それもからかい混じりに聞かされた金蝉は、どういう顔をすればいいのかわからなかった。
 ただの髪だ。悟空があまりにこだわるから一房切って悟空にやったが、本来ありがたがるようなものではない。
 それでも悟空が満足そうにしているなら口出しすることもないだろう、と思っていたのだが、さすがに何日もしてくたびれてきた腕輪を、それでも悟空が全く変わらず大事がっているのを見たときは、金蝉も少しあきれてつい口を出してしまった。
「おい、もうそれは捨てたらどうだ?」
 すると悟空はたちまち傷付いた顔になり、金蝉は動揺する。
「やだ」
 悟空は金蝉から腕輪を庇うように、自分の腕を胸元に引き寄せた。
「……だが、もうヨレて解けそうじゃねぇか」
 金蝉は言いわけするように言葉を補う。
 何も金蝉とて意地悪であんなことを言ったのではない。いくら悟空が大事に扱っているとはいえ、所詮は髪なので元から腕輪の用途には向かない。腕輪の体裁をなしていられるのも時間の問題だろう。
「ほどけたら、また結べばいーもん」
 しかし悟空は、泣くのをぐっと堪えたような顔で反論する。
 ――そんな顔をさせるつもりではなかった。
 いくら考えても、金蝉には悟空がその腕輪をひどく大事にする理由がわからない。が、悟空が腕輪を大事にする気持ちまでむげにするつもりはない。
「……そうだな」
 金蝉は宥めるように、悟空の頭に手を載せる。
「今のが使えなくなったら、またちょっと髪を切って作ってやる」
 今度こそ、金蝉は純粋な思いやりでそう言ったのだった。が。
「――ダメ!」
 すごい勢いで悟空が反発する。
 金蝉はわけがわからなくなった。てっきり、悟空は喜んでくれると思ったのに。
 きっと金蝉は困った顔をしていたのだろう。悟空ははっとした表情を浮かべ、言葉を探すように口を小さく動かす。そして。
「もう切るのはダメ。――このままが、いちばんキレイだから」
 悟空は一生懸命にそう言って、金蝉の長い髪にとても大事そうにして触れた。
 ただ金色をしているだけの髪なのに。これが綺麗だというなら。
「――――お前の方が……」
 無意識に呟きがこぼれ落ちる。
「え? 何、金蝉?」
 悟空の声で金蝉ははたと我に返った。金の瞳がきょとんと金蝉を見上げている。
「……何でもねぇよ」
 金蝉はごまかすようにして視線を逸らした。悟空から、そして一瞬だけ顔を覗かせた自分の感情からも。



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