"I LOVE YOU"
「――――好きって言って?」
食い気で脳ミソいっぱいの仔猿が、最近妙なことを覚えてきた。
不意打ちで繰り出される「好きって言って」攻撃は、正直、三蔵をとても悩ませている。
「言うかバカ猿」
言えるかそんなこと。
「ちぇーっ」
笑いながらふくれ面をして、悟空はもうあきらめる。
簡単に引き下がるくらいの想いなら、聞くな。
本気が欲しいなら、もっと欲しがってみろ。
……なんて、思ってしまう、矛盾。
「さんぞーはずるい」
ずるいのはお前だ。
「俺ばっか、好きって言って、ずるい」
いともたやすく「好き」なんて言葉を言ってしまえるのだから。
そうやって、今日も一日が終わる。
そして最高僧たる三蔵様の、一日の最後の仕事は、養い子を寝かしつけることだったりする。
「さっさと寝床に行け」
「まだ眠くない」
日中、散々遊び回っているにもかかわらず、無駄に元気な子供を寝台に収めるだけで一苦労だ。
「……朝飯食いっぱぐれるぞ」
おどかしてやって、ようやく悟空はしぶしぶ布団にもぐり込む。
けれど、まだ仕事は終わりではない。
「なー、明日晴れるかな?」
金の瞳は冴え冴えとして三蔵を見上げる。
「明日になったらわかる」
「晴れたら一緒に行きたいとこあるんだ」
「俺は仕事だ」
「だから、晴れたら。雨降ったら仕事してもいいから」
「……してもいいから、じゃねえよ」
とは言え、会話を早く終わらせるのもテクニック。
「わかった、晴れたら考えてやる。とにかく明日になってからだ。今日はもう寝ろ」
「約束な」
悟空はしっかり念を押して、そして、不意打ちで笑った。
「……なー、好きって言って?」
答えの代わりに、三蔵は悟空の鼻先まで布団を引っぱり上げる。
「とっとと寝ろ」
ぽんぽん、と頭をなでる。
小さな子供にするようなしぐさに、悟空は少しくすぐったそうな顔をして、「はーい」とおとなしく目を閉じた。
そうして、すぐに聞こえ出す寝息。
寝つきの良さに、なぜだか安堵する。
三蔵はいつものように、悟空の髪にひとつだけキスを落として――――ふいに。
それは、どんな気まぐれだったのだろうか。
耳もとに、ささやいてみた。
「――――――……」
呼吸はあいかわらず規則正しい。
やすらかな寝顔が、ふと微笑んだようにも見えた。
* * *
雨音で目が覚めた。
起きて真っ先に考えたのは、悟空のことだ。
天気に裏切られて、さぞかしふくれ面をするだろう。今日はどうやってなだめたものか。
しかし、三蔵の心配は杞憂だった。
「ざんねん」
窓の外を眺めて言った悟空の様子は、ちっとも「残念」そうではないのだ。
釈然としないが、下手にすねられるよりはいい。
そう納得したも束の間、悟空は何がそんなに楽しいのかやたらと三蔵にまとわりついてきて、結局わずらわされるのは同じだった。
「仕事の邪魔だ」
言ってもきかない。
しかたないので、首に腕を回してじゃれついてくる仔猿を適当にあやしながら、三蔵は黙々と仕事にいそしむ。
「三蔵、好き」
飽きもせず何度もくり返される言葉に、鬱陶しくなったわけではないが、魔が差した。
ふと、気付いてしまったのだ。
「……今日は訊かねーのか、アレ?」
尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「うん、もういーんだ」
悟空は無邪気に笑う。
あれほどこだわっていたというのに、どうしたことなのか。
いぶかしむ三蔵に、悟空ははにかんで、内緒話でもするように告げた。
「――――三蔵、夢の中で言ってくれたから」