Xmasの過ごし方2
12月24日 クリスマス・イヴ
――罰が当たったのかもしれない。
公園の広場にそびえる、巨大なクリスマスツリー。そのそばに置かれたベンチに身を沈めながら、悟空は一つくしゃみをした。
イヴの待ち合わせにこれ以上ふさわしい場所はないだろう。悟空はもう何十組ものカップルを、ツリーの下で見送った。――まるで罰ゲームみたいに。
待ち合わせの時間から、三十分。悟空の相手はまだ来ない。
去年も同じように、悟空は来ない相手を待っていた。理由は、「待ち合わせ」ではなくて「嫌がらせ」だったのだけれど。
あんなことをしたから、悟空はきっと今、罰を受けているのだ。
手袋をしていても冷える手を、こすり合わせる。
「遅いな」
つぶやくと、やけにリアルに、その重さが悟空にのしかかった。
三蔵は仕事の後、ここに来ることになっている。だからたぶん、仕事が長引いているのだろう。
携帯を持っていればよかったのだが、家に忘れてきてしまった。
家を出てしばらくして気付いたから、その時取りに戻ればよかったのだが、待ち合わせに遅れるのが嫌でそのままにしてしまったのだ。こんなことになるなんて思ってもみなかったし。
携帯電話がなかった時代には、こんな状況で、どうしたのだろう。すれ違って、ケンカになったりしたんじゃないだろうか。
たとえば今、悟空があきらめて帰ってしまったら――そうなる可能性は、ある。
それは嫌だ。せっかくのクリスマスなのだから――去年のことを思えばこそ、仲違いはしたくない。
だから悟空は、待ち続けるしかない。
ただ、せめてここが暖房のきいた屋根の下だったらよかったのだけれど。それなりに厚着はしているが、さすがに戸外で三十分もじっとしたままでいるのはこたえる。
これがどこかの店の前なら、中に入って待っているのだけれど、広い公園の真ん中だ。公園を出なければ店はないし、そうすると待ち合わせの相手を見つけられない。
あるいは、カイロや、温かい缶ジュースでも手元にあれば、と思う。けれど前者は持ち合わせがなく、後者も自動販売機が近くにない。
買ってすぐ戻ってくればいい、と思いつつも、その間に三蔵が来てしまったらと考えると、なかなか待ち合わせ場所を離れる気にはなれなかった。
……身体の寒さは、耐えればいい。
耐えるのが難しいのは――――心の不安。
約束をすっぽかされることはない、と思う。それは信じてる。
恋人になって二年半。想いを疑ったことは一度もない。
ただ、こんな時、いつもなら意識しない不安が吹き出してくる。
学生の悟空と、社会人の三蔵。三蔵の世界は悟空より広くて、想像もできない。
三蔵の中で、悟空は今もまだ、以前と同じ存在でいられているのだろうか。
* * *
カチリ、と壁に掛かった時計の分針が動く。
三蔵はその音に反応せずにはいられない。ただし、目の前の相手にはそうと覚られないように、あくまで無表情を貫く。
だが、さすがに何十分もこの調子では、隠し通すのにも限界が来たようだ。
「――時計が気になるか?」
手元の書類に視線を落としたまま、三蔵の上司が尋ねる。
返すのは無言だ。
「正直に言えばいい。別に気を悪くしたりしないし、査定にも響かない。悪かったと思ってる。イヴに引き留めたりして」
悪いと思ってるならさっさと帰らせろ。
三蔵は思った。もちろん、口には出さなかったが。
悪いと言うなら、三蔵はただただ、運が悪かったのだ。帰りがけに上司につかまって、残業させられるはめになるなんて。
煙草を吸いに行くふりをして、何度か悟空に電話を入れたが、出なかった。
待ち合わせ場所に来ない三蔵を怒っているのだろうか。それとも、拗ねているのだろうか。
――それならばいい。
でも、もしもそうでないなら……。
三蔵は無意識に眉を寄せる。
ふと顔を上げると、上司が三蔵を見ていた。
「恋人か?」
……そういうくだらない質問をする暇があったら手を動かせ。
そろそろ、三蔵は本当に口に出してしまうかもしれない。
苛立ちは頂点の一歩手前まで迫っている。
そんな三蔵の雰囲気が相手にも伝わったのかどうか、上司は少し声の調子を変えた。
「恋人なら、帰らせてやる」
試すような笑みが相手の顔に浮かんでいる。
普段の三蔵は、会社でプライベートな事柄を一切明かしたりしていない。詮索されたくないからだ。
だが今は、迷わなかった。
机上の書類を申し訳程度に整え、席を立つ。
「そうさせてもらいます」
それだけ言って、会社を後にした。
電車を待つ間、三蔵はホームで電話をかけた。だがやはり悟空は出なかった。
なぜ出ないんだ、と舌打ちする。
やっと来た電車に乗り込んで、各駅停車をやり過ごす。
たった数十分がひどく長い。
電車を降りて、改札を抜けて、駅から出たら雪が降り始めていた。
冷気に身体が一瞬震える。
携帯を取り出して、やっぱりかけずに仕舞う。
代わりに走り出した。
待ち合わせ場所の公園。目印のクリスマスツリー。その前のベンチ。
白で覆い尽くされそうなそこに、悟空は、ぽつりと座っていた。
遅刻した三蔵を見上げて、一言。
「遅い」
その声が震えている。
三蔵はたまらず悟空を引き寄せ、腕の中に収まる湿った髪を抱きしめた。
12月25日 クリスマス
テーブルの上には、完璧なディナーがセッティングされている。
メインはクリスマスに因んだチキンで、それを取り囲むように、スープやパンやワインが並んでいる。
窓の外の夜景を眺めながら、ホテルの部屋で二人きりのディナーを楽しむ、ちょっと贅沢なクリスマスプラン。
――だがそれも、窓から朝日が射し込んでいては、いささか間抜けな感じを否めない。
ベッドの上から手付かずの料理を眺めて、悟空は溜息をついた。
本当だったら昨夜、この料理を温かい内に三蔵と二人で食べるはずだった。
だが、雪に降られ、そうでなくても三蔵を待つ間に冷えきってしまった悟空の身体を暖めるため、食事の前に二人でシャワーを浴びたのだ。
……シャワー、だけならよかったのだが、それだけにならなかった。
「寒い」とつぶやく悟空を三蔵は抱きすくめ、あらゆる方法で、身体の芯まであたためてくれた。
そのままベッドに場所を移して――――今に至る、というわけである。
「冷めても食えるだろう」
三蔵が悟空の隣で、何とも無味乾燥で無粋なことを言う。
「そういう問題じゃない」
じゃあ何だという顔を三蔵がするので、悟空は力説する。
「美味しいものは美味しく食べるのが基本だろ」
言ってから、これでは三蔵の言い分と無粋さではあまり変わらない、と悟空は自分で気付いたが、三蔵が気付かないようなので、それで押し切ることにする。
「だったら、食わないでおくか?」
「食うよ!」
バスローブを羽織って、テーブルに移動する。
その途中、悟空はあることに気付いた。
「……三蔵」
「何だ?」
「…………立てない」
腰が立たない。
原因は、はっきりし過ぎるほどはっきりしている。
これまでになく激しかった行為のことを悟空は思い出したし、三蔵も思い当たっただろう。
口を開きかけた三蔵が何を言うのか察した悟空は、慌てて遮る。
「――謝るなよ! 絶対!」
ぬくもりも熱も、三蔵がただ与えてくれただけのものではない。悟空が求めたものでもあるのだ。
特に昨夜の悟空は、不安を埋めるために、繰り返し三蔵にすがった。
だから三蔵だけの責任ではない。
「……ほら」
三蔵は余計なことは言わず、悟空を抱き上げて椅子まで運んでくれた。
そして、部屋の冷蔵庫から何かを出してくる。イチゴとキウイが乗った、クリスマスカラーのショートケーキだ。
「こっちはきっと、まだ美味いままだ」
一瞬、息が止まる。言葉にならない感情が、悟空を覆い尽くす。
三蔵の優しさがじんわり心に染み入って、悟空は顔をほころばせた。
テーブルの上には冷めたディナー。だけど。
「……料理もきっと美味しいよ。三蔵と一緒だから」