V.D.&W.D.の過ごし方
2月14日 聖ヴァレンタイン・デー
「おかえりー!」
その晩、三蔵の帰宅を出迎えた悟空は、妙に機嫌がよさそうに見えた。
もともと悟空は、三蔵とは違っていつも機嫌よくしているが、――今日はヴァレンタインデー。三蔵宛に贈られるチョコレートを見るのは、三蔵がそれらにまったく関心を持たないと知っていても気分がいいものではないらしく、この日に限ってはご機嫌斜めの確率がぐんと跳ね上がるのだ。
なのに、この笑顔。
ほっとするようなちょっと警戒心が起きるような気分で三蔵がいると、悟空は三蔵の背中を押して行く。
「先にお風呂入んなよ。あったまってるから」
ほとんど強引に浴室に追いやられ、三蔵はわけもわからず風呂に入ることになった。
「…………なんだ、これは」
悟空の妙なテンションの理由が判明したのは、湯船の中を見たときだった。
それは、入浴剤にはありえない色をしていた。何色かと問われれば、――チョコレート色だ。
三蔵が茫然としていると、扉の外から悟空の声が聴こえてくる。
「びっくりしたー? それ、チョコの入浴剤だよ。めずらしいだろ?」
「……コレに入れってことか?」
湯船からはチョコレートの香りが立ち上ってきて、三蔵は思わず顔をしかめた。
「何か問題ある?」
悟空は意味がわからないというように、無邪気に聞き返す。
「お前が入ってみろよ」
そうすれば自分の気持ちがわかるだろう、と三蔵が溜息混じりに言った言葉に、悟空はちょっとずれた方向で反応した。
「え? いっしょに入っていーの?」
三蔵が口をはさむ間もなく、悟空はパッと服を脱ぎ捨て、浴室に入ってきた。
そして、勢いのままに二人でチョコレートのお風呂に浸かる。
「すげーよなー、本物のチョコみたい」
悟空はご機嫌でお湯を両手に掬い、くんくん匂いを嗅ぐ。さらに、舌を出してペロリと舐めた。
「うーん……甘い? かな?」
首をひねり、悟空は三蔵に尋ねてくる。
「な、三蔵も舐めてみて」
三蔵は小さく息を吐き出した。
悟空ははしゃぎすぎだ。そして、状況をわかっていない。
三蔵は無言で、向かい合う悟空の手をつかみ、口許に引き寄せた。悟空の指先から滴るチョコレート色の液体を、指先ごと口に含む。
そのまま視線を悟空に向けると、ようやく悟空も状況をさとったようだった。のぼせたように真っ赤になって、口をぱくぱくさせる。
だけど、いまさら気づいたって、遅い。
「……甘い、な」
指をたっぷり舐めたら、今度は悟空を身体ごと引き寄せて、逃げられないように腕の中に閉じ込める。
「もっと、味見させろ」
チョコレートの香りに誘われるまま、三蔵は悟空の濡れたうなじに舌を這わせていった。
3月14日 ホワイト・デー
「これ何?」
「牛乳風呂」
「へー」
いまいち悟空がわかっていないようなので、三蔵は補足した。
「ホワイトデーだろ」
チョコレートの入浴剤のお返し、というわけだ。
「ああ」
悟空はようやく、思い当たった、という声を出す。
同時に、ヴァレンタインの顛末も思い出したらしい。
微妙に悟空が三蔵から距離をとろうとするのを、もちろん三蔵は見逃さず、襟首をつかんで阻止した。
「どこへ行く」
「いや、ほら、三蔵、ゆっくり風呂入りたいだろ。俺は後でいいから」
「遠慮するな」
「してないし!」
「なら一緒に入るぞ」
「それは遠慮……」
「しないんだろ」
悟空は自分の言った言葉で追い詰められ、黙らされる。
ただ二人で平和にお風呂に入るだけなら、悟空だって拒んだりしない。
だけど、ヴァレンタインのお返しが、平和に済むはずがない。
「……ホワイトデーは、俺がもらえるんじゃねーの?」
これじゃヴァレンタインと同じだと抗議し、悟空は最後の悪足掻きをする。
三蔵はこともなげに答えた。
「だから、俺をやるって言ってるんだ」