柳宗悦の民藝と巨匠たち展 ―柳宗悦の心と眼―

04/02-05/22 埼玉県立近代美術館

▼柳宗悦が見出してきた美、民藝運動、宗教観などを、作品と資料で紹介しています。展示品そのものが柳の美意識を表現し、キャプションは柳の著書からの抜粋。他者の介在が少ない分、柳宗悦像がストレートに出ている感がありました。

▼美の探究は、「白樺」から始まり、李朝工芸、木喰仏、日本各地の工芸品へと続いていきます。誰も気にとめないような品々に目を向け、既成の価値観にとらわれず、自分自身で美を発見する柳。そんな、気付きそうで気付かないことに気付いた功績は大。と、思われます。それから、単純に羨ましかったり。どうしても価値観という名の色眼鏡で見てしまいがちなので。

▼と、感じたそばから。李朝の素朴な民画や金具や凝った形の竹製印箱、実用が意表をつくデザインに結びついた鉄瓶や自在掛、海草!で作った蓑、味わいのある陶器に見惚れてしまったのですが、それらは柳のフィルターを通したもの。いつのまにやら、既成の価値観に乗っかってる?そんな風に考えると、きりがなくなってしまいますが。強引に結論:裸眼は難しい。それと、運動は激しくカロリーを消費しそうです。

▼「巨匠たち」は、富本憲吉、バーナード・リーチ、河井寛次郎、濱田庄司、芹沢けい介、棟方志功、黒田辰秋。陶芸家同士は、影響し合ってる様子。色彩など似通った作品があり、興味深いです。あと、黒田辰秋のお碗が素晴らしかった。(05/05訪問)

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今後の巡回

山寺後藤美術館所蔵 ヨーロッパ絵画名作展 −宮廷絵画からバルビゾン派へ−

04/29-06/26 うらわ美術館

▼I「宮廷絵画からアカデミスムへ」II「バルビゾン派とその周辺」III「ヨーロッパ諸国の絵画」の3部構成。伝統に裏付けられた、「物語る」絵画を楽しむといった趣向のよう。印象派前史みたいな、見せ方も狙っているのかも。

▼I部はロココから新古典主義、ロマン主義、アカデミスムへ。ロココの呪縛から逃れると、ジェリコーによる、サルヴァトール・ローザ「英雄の戦い」の摸写が見られたりします。ある種、貴重な作品という印象で、躍動感に重きをおいた仕上がり。が、ジェリコーに無反応の場合はいらんのかも。アントワーヌ・ヴォロン「糸を紡ぐ女」は、思わず足を止めてしまう作品。私的No.1。解説にシャルダンが出ている通りの場面設定だけど、シャルダンより硬質な面持ち。

▼II部が、作品数においてもメインじゃないかと。バルビゾン派から想起される画家が、満遍なく出ています。揃いの状態で見ると、光の使い方の一部に共通点を見出せたり。あと、空の細やかなうつろいが、色彩やタッチで表現されたりすることがあるのは、幕が開き始めているのでしょうか。そういえば、コロー作品3点にも、変化や幕開きが記憶されているような。(すごく適当なことを言ってみる)それと、動物画はトロワイヨンですね。「草を食む牛」の呑気顔は、愛玩の対象。クールベ展示は、オルナン風景や波と定番。

▼III部は、上記カテゴリー以外の作品を集めた感じ。ムリーリョ、ロイスダール他。

▼全体の印象は、そこそこ。見る前はダメ感漂う展覧会だったのだけれど(柳宗悦展のついでに寄ってみた)、そんなことなかったです。山寺は遠いけどさいたまなら。とか。(05/05訪問)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール ― 光と闇の世界

03/08-05/29 国立西洋美術館

▼思い浮かぶままに。

▼表情が豊か。特におやじ系。ヴィエル弾き3点は、どれもイイ顔。「ランプをともす少年」のとがった口元と、頬の凹凸も愛らしいです。 / 作品によりタッチが異なるような。跡が残るほど大胆だったり、剥き身のようだったり。それが自身の変化によるものなのか。描いた情景に対応させたものなのか。不明。 / 「聖ヨセフの夢」は、光と闇が織りなす効果を最大限に発揮。考え尽くされています。そこにラ・トゥールの画業諸々が加わり、こぼれ落ちることなく画面に結晶。しかし、光と闇の様式のみが写し取られている作品も若干。気のせいでしょうか。やっつけ仕事に見えるのがあるのだけど。 / 「荒野の洗礼者聖ヨハネ」は、ラ・トゥールらしいようならしくないような微妙な作風。でも、画面全体を深く覆う静謐さに引き寄せられます。 / 「聖ペテロの涙」は、移入できたという意味において、最も印象深いです。表情にやられました。つーても、見当違いの場所に入ってたりして。光により、透ける繊維も美しい。脛がシルエット。おやじのですが。 / 模作も結構な数あり。同じ作品を模しているのに、陰影具合が少々違ってたり。意味不明にラメ度が高かったり、身体が人形化してる作品もあったりで。これらの展示は、失われた真筆を補完する意図もあると思われます。(05/20訪問)

世界遺産・博物館島 ベルリンの至宝展 −よみがえる美の聖域−

04/05-06/12 東京国立博物館

▼先史時代から19世紀までの文化財を紹介。時代や地域を、広範囲に横断した展示です。つなぐ言葉は「聖なるもの」。

▼エジプトの神々の造形、鮮やかな色彩が残る木棺やミイラ・マスクが印象的。あと、エジプト部門では、座る「猫」が可愛らしくて。しかし身体には、猫のミイラを忍ばせていたらしい。入れ子状態。それから、エジプト、古代西アジア、ギリシャ・ローマ、ビザンチン美術の浮彫が出ていたのですが、それぞれ特色が表れており興味深かったです。彫りが繊細だったり、丸みを帯び肉感的だったり。中でも、ビザンチンの「馬上のキリストと天使」が、原始的な大胆さをもった仕様で好みでした。噛むほどに味が出る。

▼中世ヨーロッパ彫刻の見事さにも惹かれました。「磔刑」の聖なる表情、そして細い脛と大きな足のアンバランスな感覚。「使徒マタイ」の衣服の皺も美しい。

▼それはそうと、ボッティチェリ「ヴィーナス」の異世界っぷりは尋常ではありません。漆黒の世界に、蜘蛛の糸の如き巻き髪が揺れる。形容し難い浮遊感。足の形や指の様子も気になりました。(05/21訪問)

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今後の巡回:07/09-10/10 神戸市立博物館

第2企画展 ある幕臣の幕末・明治 井上廉と川村帰元

04/15-05/29 江戸東京博物館

▼徳川幕府の終焉により、対照的な道を歩むこととなった二人の幕臣。歴史に翻弄された人生を、日記や書簡、周辺資料で振り返る。

▼4部構成。「1 旗本と御家人」「2 御一新―それぞれの選択」は、井上・川村の動きを同時進行で見ています。両人による明治元年日記あり。

▼道が枝分かれしてからは、個々の人生を辿って行きます。井上廉は、「3 内閣官僚として」歩んでいくのですが、印象に残ったのは夏目漱石の媒酌人だったこと。すまん。

▼反して、川村帰元は、長男の清雄が絡むこともあり、興味深い資料が散見されました。しかし、「女房の夜業(家計簿)」の中身は火の車だったりするので、興味本位は罪かも。
帰元は幕府の瓦解で出世の道を絶たれ、清雄に家督を譲り隠居することになります。その後の生活は「4 家の守り・次代への希望」へと繋がっていくのですが、とにかく金がありません。留学中の清雄のため、多額の借金をしていたり。帰国後、清雄が大蔵省御雇いとなっても、質屋や親戚からの借金で生活を送る有様。そして、清雄はあっという間に辞職。頼りになりません。不肖の息子です。でも、帰元は「川村清雄宛川村帰元書簡」(明治23年 8/29)にて、勝海舟邸で清雄が描いた肖像が評判になっていると新聞に掲載されていたことを知らせていたり。誇らしげな様子にほっと一息。窮状を示す資料から離れ、つかの間の安らぎというかええ話でした。やっぱり息子は可愛いということで。そんなこんなで不肖清雄ですが、帰元が亡くなった際に親不孝を詫び、古式に基づく葬儀を出したそうです。詫びは「川村帰元葬儀弔辞」にて確認。
清雄関連では、留学先・アメリカでの様子を報告している「川村清雄両親宛ネイ夫人書簡」(明治5 7/8)、作品販売形態が窺える「川村帰元宛松本常磐書簡」(明治38 3/5)、川村清雄御救助金の記事入り「海舟日記」(明治15 1/26)が、優れた語り部でした。ここでも金の話が含まれています。肖像画「伝川村龍水像」の展示もあり。

▼資料により、生き様や人となりが垣間見られたり想像出来たりしました。例えば、川村帰元は、経済的に恵まれないにも関わらず、時たま体裁を整える的行動をとったりする。元幕臣というプライドから来るのかな。とか。あと、日記や書簡って威力あるなと、思い知った次第。(05/28訪問)

クールベ美術館展 −故郷オルナンのクールベ−

04/16-06/05 三鷹市美術ギャラリー

▼「油彩1 初期〜パリ・コミューンまで」「クールベと周辺の画家」「油彩2 パリ・コミューン以後晩年まで」という構成。大まかにいうと、頭と尻がクールベで、胴体はクールベ以外。

▼頭と尻は、肖像や風景。「オルナンの若い女性の肖像」に見られる、短く切られた爪と、作業に疲れたような手は、クールベの面目躍如。小品だけど、「トゥルーヴィルの黒い岩」が、理由不明に気に入りました。あと、一番の大物である「シヨン城」は、筆触がイメージと違ってて、そこら辺楽しんだり。

▼胴体は、周辺の画家たちによる風景画など。オルナン付近を描いていたり、タッチにクールベが憑依していたり。フランソワ=ルイ・フランセ「釣りをするクールベ」、ニコラ・フランソワ・シフラール「ギュスターヴ・クールベの肖像」、ケルビノ・パタ「クールベの寓話的な肖像」と、クールベ像が見られたり。ちょっと異色な存在だったのが、ビュッフェの「クールベのために、ヴェルドン川の峡谷」。作風は、どこまでいっても何から何までビュッフェでした。その他、共同作品があったりします。クールベ「仕上げとサインはやるから。その前の工程はよろしく」「はい、わかりました」というやりとりがあったとかなかったとか。て、今、作ったんですけど。
この部位を、単なる穴埋めとみるか、クールベを感じる為の生きた資料とみるかで、展覧会に対する評価が乱高下するかと思われます。甘くいくか辛くいくか。

▼最後に展示されていたのは、ロベール・フェルニエ「クールベのためのオマージュ」。「出会い、こんにちはクールベさん」をモチーフとし、アレンジを加えた作品なのですが、つまり、この展覧会は「クールベ展」ではなく「クールベのためのオマージュ展」であるというメッセージなのでしょうか。まさか、「魅惑の17-19世紀フランス絵画展」の前座って自己申告してるんじゃーなかろうね。三鷹と新宿はすぐだし。それにしても、ラストがクールベじゃないとは。助走に入る間もなく、倒れこんだ気分。(05/28訪問) ドアの上に作品を展示する豪快さが見られました。

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巡回:06/12-07/24:新潟市美術館 07/30-08/28:豊橋市美術博物館 09/15-09/27:大丸ミュージアムKYOTO 10月開催予定:大丸札幌店7階ホール 11/12-12/25:北海道立帯広美術館 2006/01/07-03/21:大分市美術館

館蔵品展 江戸狩野派ってなに?

前期:04/23-05/29 後期:05/31-07/03 板橋区立美術館

▼板橋区立美術館は、狩野派はつまらないという定説を覆そうとしています。面白を目指すべく、現代タイトルを付けたりして頑張ってます。(以上、単なる想像です)こちらの展覧会を見れば、狩野派に対するうろこは多少剥がれると思います。て、終了してしまいましたが。

▼前期:探幽から暁斎まで、江戸狩野派の流れを概観。養信「鷹狩図屏風」(鷹はどこだ?)の俯瞰構図と、細かく描かれた風景がツボでした。尚信「大原御幸・富士見西行図屏風」(平安のものがたり)は、空間・対比を活かしつつ、洒脱な筆捌きで締め。
畳敷きの「お座敷コーナー」では、素っ裸状態の屏風を鑑賞できます。大御所・探幽があったりするのだけど、いいんですか。突然の眩暈で屏風に激突とか。ツバがびっちりかかるとか。恐怖の想定なんて、知ったこっちゃないのでしょうか。きっと太っ腹なのですね。そのおかげで、ケース入りでは得られない、画面の広がりを体感出来ちゃったりするのですが。(05/29訪問)

▼後期:前期同様、流れを概観。印象に残ったのは、英一蝶「士農工商図屏風」(身分が違うぞ)。画面に、様々な身分の人々が集う楽しい作品。医者と法師が蹴鞠をしていたり、随所に洒落がきいています。それと、暁斎は群を抜いて上手いなと。即興の「骸骨図」(ホネ・骨・ロック)から、描き込んだ「鍾馗二鬼図」(鍾馗の小鬼退治)まで。何でもござれ。
「お座敷コーナー」では、狩野永叔のリバーシブル屏風が見られました。小禽図は見たことあったのですが、鶴図の方は初めて。両方見られる利点もあるのだな。小鳥と鶴の群れに間近で囲まれ至福。(07/03訪問)






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