04/02-05/22 埼玉県立近代美術館

▼柳宗悦が見出してきた美、民藝運動、宗教観などを、作品と資料で紹介しています。展示品そのものが柳の美意識を表現し、キャプションは柳の著書からの抜粋。他者の介在が少ない分、柳宗悦像がストレートに出ている感がありました。

▼美の探究は、「白樺」から始まり、李朝工芸、木喰仏、日本各地の工芸品へと続いていきます。誰も気にとめないような品々に目を向け、既成の価値観にとらわれず、自分自身で美を発見する柳。そんな、気付きそうで気付かないことに気付いた功績は大。と、思われます。それから、単純に羨ましかったり。どうしても価値観という名の色眼鏡で見てしまいがちなので。

▼と、感じたそばから。李朝の素朴な民画や金具や凝った形の竹製印箱、実用が意表をつくデザインに結びついた鉄瓶や自在掛、海草!で作った蓑、味わいのある陶器に見惚れてしまったのですが、それらは柳のフィルターを通したもの。いつのまにやら、既成の価値観に乗っかってる?そんな風に考えると、きりがなくなってしまいますが。強引に結論:裸眼は難しい。それと、運動は激しくカロリーを消費しそうです。

▼「巨匠たち」は、富本憲吉、バーナード・リーチ、河井寛次郎、濱田庄司、芹沢けい介、棟方志功、黒田辰秋。陶芸家同士は、影響し合ってる様子。色彩など似通った作品があり、興味深いです。あと、黒田辰秋のお碗が素晴らしかった。(05/05訪問)

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今後の巡回

▼眠りと夢―安らぎ、もしくは… 4月27日〜7月24日
作品は、まどろむ人々と、まどろみの先にある夢の世界。眠る女性を囲む緑(森田恒友「午睡する看護婦」)をかきわけると、幻想の森へ迷いこむ次第(ポール・デルヴォー「森」)。すだれ越しの、浴衣姿の女性(伊東深水「宵」〜6/5展示)が見る夢は、水に滲む墨のしずく(井上有一「夢」)か、案外、極彩色で月が化けちゃったり(タイガー立石「Coral moon」「Beautiful moon」)。閉じた瞳の奥底を、覗き込むは駒井哲郎(「夢の始まり」「夢の推移」「夢の終わり」)。両目に転写されているのは、鳥、魚、虫、卵、海底、塔、モチーフの洪水。細密な夢か幻を、描くは小林敬生(「蘇生の刻 S62-9」)。夢の終わりに、空っぽのベッドが残されて(三尾公三「蒼天の刻」)。おそまつさまでした。(05/05訪問)

04/29-06/26 うらわ美術館

▼I「宮廷絵画からアカデミスムへ」II「バルビゾン派とその周辺」III「ヨーロッパ諸国の絵画」の3部構成。伝統に裏付けられた、「物語る」絵画を楽しむといった趣向のよう。印象派前史みたいな、見せ方も狙っているのかも。

▼I部はロココから新古典主義、ロマン主義、アカデミスムへ。ロココの呪縛から逃れると、ジェリコーによる、サルヴァトール・ローザ「英雄の戦い」の摸写が見られたりします。ある種、貴重な作品という印象で、躍動感に重きをおいた仕上がり。が、ジェリコーに無反応の場合はいらんのかも。アントワーヌ・ヴォロン「糸を紡ぐ女」は、思わず足を止めてしまう作品。私的No.1。解説にシャルダンが出ている通りの場面設定だけど、シャルダンより硬質な面持ち。

▼II部が、作品数においてもメインじゃないかと。バルビゾン派から想起される画家が、満遍なく出ています。揃いの状態で見ると、光の使い方の一部に共通点を見出せたり。あと、空の細やかなうつろいが、色彩やタッチで表現されたりすることがあるのは、幕が開き始めているのでしょうか。そういえば、コロー作品3点にも、変化や幕開きが記憶されているような。(すごく適当なことを言ってみる)それと、動物画はトロワイヨンですね。「草を食む牛」の呑気顔は、愛玩の対象。クールベ展示は、オルナン風景や波と定番。

▼III部は、上記カテゴリー以外の作品を集めた感じ。ムリーリョ、ロイスダール他。

▼全体の印象は悪くなかった。見る前はあまり期待をしてなかったのだけれど、そんなことなかったです。(05/05訪問)

▼曾我蕭白「真浄寺障壁画」の平常展示(4月24日まで)にあわせて行こうと画策したものの、すっかり予定が狂いました。が、代わり(?)に「鳥獣人物戯画 乙巻」が見られたので、満足です。この作品はチラシ化もされておりました。人気度を加味した厚待遇でしょうか。他の絵巻も見どころ大ありでした。

▼古代―近世絵画 絵巻など 4月27日(水)〜5月29日(日)
「鳥獣人物戯画 乙巻」(平安・高山寺蔵)は、視線を移すごとに動物の種類が移って行く、躍動感を持った動物大百科。中には、空想の動物も潜んでいます。そして、その動きは、巻の進みによる場面の移り変わりに留まらず、動物自身にも波及。走る、怒る、飛ぶ、ちょっと休憩といった動作が大変リアルに描かれており、作者の観察眼が窺えます。擬人化は控え目。犬の取っ組み合いが見られたりしますが。二足で踏ん張るの図(なんだか一物も気になる…)。「粉河寺縁起」(平安・粉河寺)は、観音安置の由来と、娘の病が癒えた長者一家が出家し寺の別当になるストーリーが同居。素朴な筆致と色合いが魅力。激しい欠損が勿体無いです。「一遍聖絵」(鎌倉・清浄光寺)は、精緻に描かれた景観が広がって。「将軍塚縁起」(鎌倉・高山寺)は、築造の様子が描かれます。スピード感たっぷりな筆による人物。と、思う間にアクセル入れちゃったようで、猛スピードにより草木(多分)など表現。線は音速で跳び、抽象表現に突入。
このコーナーには座屏も集められており、山水の長谷川等伯、厚塗り花鳥の狩野直信、手堅い狩野山雪が見られました。

▼今回の展示では狩野派、特に初期が強化されていました。作品は、正信・元信から永徳と続いていきますが、詳細は流動的。元信の弟?子?の「もう隠印」とか色々あったりして。それと、永徳の細密で色鮮やかな花鳥画が出てましたが、知られてなかった作品らしいです。20歳頃に描かれたとのこと。以上、4月27日(水)〜5月29日(日)(05/15訪問)

03/08-05/29 国立西洋美術館

▼思い浮かぶままに。

▼表情が豊か。特におやじ系。ヴィエル弾き3点は、どれもイイ顔。「ランプをともす少年」のとがった口元と、頬の凹凸も愛らしいです。 / 作品によりタッチが異なるような。跡が残るほど大胆だったり、剥き身のようだったり。それが自身の変化によるものなのか。描いた情景に対応させたものなのか。不明。 / 「聖ヨセフの夢」は、光と闇が織りなす効果を最大限に発揮。考え尽くされています。そこにラ・トゥールの画業諸々が加わり、こぼれ落ちることなく画面に結晶。しかし、光と闇の様式のみが写し取られている作品も若干。気のせいでしょうか。やっつけ仕事に見えるのがあるのだけど。 / 「荒野の洗礼者聖ヨハネ」は、ラ・トゥールらしいようならしくないような微妙な作風。でも、画面全体を深く覆う静謐さに引き寄せられます。 / 「聖ペテロの涙」は、移入できたという意味において、最も印象深いです。表情にやられました。つーても、見当違いの場所に入ってたりして。光により、透ける繊維も美しい。脛がシルエット。おやじのですが。 / 模作も結構な数あり。同じ作品を模しているのに、陰影具合が少々違ってたり。意味不明にラメ度が高かったり、身体が人形化してる作品もあったりで。これらの展示は、失われた真筆を補完する意図もあると思われます。(05/20訪問)

04/05-06/12 東京国立博物館

▼先史時代から19世紀までの文化財を紹介。時代や地域を、広範囲に横断した展示です。つなぐ言葉は「聖なるもの」。

▼エジプトの神々の造形、鮮やかな色彩が残る木棺やミイラ・マスクが印象的。あと、エジプト部門では、座る「猫」が可愛らしくて。しかし身体には、猫のミイラを忍ばせていたらしい。入れ子状態。それから、エジプト、古代西アジア、ギリシャ・ローマ、ビザンチン美術の浮彫が出ていたのですが、それぞれ特色が表れており興味深かったです。彫りが繊細だったり、丸みを帯び肉感的だったり。中でも、ビザンチンの「馬上のキリストと天使」が、原始的な大胆さをもった仕様で好みでした。噛むほどに味が出る。

▼中世ヨーロッパ彫刻の見事さにも惹かれました。「磔刑」の聖なる表情、そして細い脛と大きな足のアンバランスな感覚。「使徒マタイ」の衣服の皺も美しい。

▼それはそうと、ボッティチェリ「ヴィーナス」の異世界っぷりは尋常ではありません。漆黒の世界に、蜘蛛の糸の如き巻き髪が揺れる。形容し難い浮遊感。足の形や指の様子も気になりました。(05/21訪問)

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今後の巡回:07/09-10/10 神戸市立博物館

▼季節感たっぷりな展示品たち。四季があるって素晴らしい。 山元春挙「藤」(明治時代・19〜20世紀 4/26〜6/5)は、巨大掛軸。応挙の藤花図をトリミングして、縦長に再構成してる節が。藤は、鞍鐙や小袖にも花をつけていました。小袖は、菖蒲、牡丹もあって(4/26〜7/3)。窪俊満「宇治茶摘」(江戸時代・18世紀 5/17〜6/12)も、季節柄。茶葉の緑が目に染みる。

▼特集陳列「こどもの姿」 4月19日〜5月29日
子どもが主の作品がある一方、子どもが居合わせているだけの作品もあり。テーマは子でも親子でもないのでは。という。聖徳太子立像持ってきてるのは、流石というより、ベタと言った方が適切か。もちろん、出品はあった方が良いですが。「子供遊水合戦」「子供竹馬遊」(江戸〜明治時代・19世紀)も、ベタっぽいかも。 印象深かったのは、「埴輪 子を背負う女子」(栃木県真岡市鶏塚古墳出土 古墳時代・6世紀 )。子は芋虫のようで、母の背に貼り付けてあるだけ。でも、子の表情と、背に腕をまわす母の仕草には、安堵感や慈しみ、親子の情愛が滲み出ています。五姓田芳柳「子守」(明治時代・19世紀)は、陰影表現が恐怖に転じるの図。リアルにしたかったばかりに。江戸時代の教科書もありました。ことわざなど学習。

▼特集陳列 兜のながれ ―古墳から江戸まで― 3月29日〜7月3日
古墳〜平安時代のシンプルな兜が、チューンナップされていく様子を確認。突起物付きの鉢型兜の周囲は、しころ(というらしい。首を保護する)が囲み、ひさしのようなものが現れ、頬当てが覆い被さり、最終的には立物が宙に伸びたりします。実用に即した変化が、途中からは装飾に命かけます的になっていくという。「紺糸威筋兜」(銘 明珍信家(花押) 天文二年癸巳三月吉日 室町時代・天文2年 1533)は、菖蒲の立物に鼻付きの頬当。時代を経るに従い、ますます手がつけられなくなり、「黒糸素懸威雑賀鉢兜」(江戸時代・17世紀)は、脳天にホウキ状の物体が付着しています。口元にちょび髭、頭をサザエで包装、立体龍を乗せ凄んでみたりもします。デザインに意味はあるらしいのですが、それより何より頭に浮かぶ言葉はデコトラ。文太、アクセル全開。いや、嫌いじゃないです。 「紅糸威星兜」(南北朝時代・14世紀)は、一般的な兜のイメージに最も近く、三鍬その他が美しいです。正統派の予感。

▼特集陳列 室町時代の漆芸 3月8日〜6月5日
様々な技法を用いた作品が見られます。「蒔絵技術は前代より精巧なものとなって、ほぼすべての付加技法が出揃い、いくつもの技法を組み合わせた、複雑な表現が見られるようになりました」という、室町時代の特色にリンクした顔ぶれ。 まず沈金。この頃の沈金の遺例は少ないそうです。「蓮池輪宝沈金経箱」(室町時代・16世紀)は、図柄をさり気なく流麗に表現。技法がともなってのことなのかも。鎌倉彫も誕生ということで、複数展示。「花唐草彫木漆塗大香合」(室町時代・16世紀)は、彫りが深いうえに粗いためか、少々下品な図像になっていました。黎明期のいたずらか。「阿弥陀三尊彫木漆塗鉦懸座」(室町時代・16世紀)、「椿鶴亀彫木漆塗重箱」(室町時代・16世紀)は、素朴さで勝負。意匠を凝らすという地点から、逆方向に歩を進め、独自の味わいに到る。柄付きで不思議な見た目なのは、「織物貼文台硯箱」(室町時代・16世紀)。明の江南地方で織られた銀襴を貼り付けているとのこと。

▼日本の博物学シリーズ 特集陳列 上野の山と東京国立博物館 5月10日〜6月19日
寛永寺が広がる上野の山が、整備されることとなり。そんな、江戸から明治にかけての移り変わりを、資料で表しています。明治時代の都市計画(なのか?)、再開発(なのか?)が垣間見れたり。錦絵では、当時開催された博覧会や上野風景を振り返り。 起点ともいえる「東叡山之図」(江戸時代・18世紀) 「上野御本坊表門等絵図」(文政5年 1822)が、激しく変化。変わり様は、その時々の絵図にて語られていきます。ビジュアルに訴える仕様が、大変わかりやすい。寛永寺本坊跡には東博、根本中堂跡には竹ノ台噴水、子院跡には芸大、東照宮別当の寒松院などには動物園が作られていきます。弄ばれる寛永寺。嘘。河鍋暁斎「東京名所之内明治十年上野公園地内国勧業博覧会開場之図」(明治10年 1877)は、大仏や風車?が目に付きます。大仏は、楊泉延足「上野公園地全景」(明治22年 1889)でも健在。

▼桜:季節が少々ずれてましたが、桜をあしらった蒔絵あり。「吉野山蒔絵棚」(江戸時代・19世紀)は、吉野山だけに一面の桜。取っ手にも金具にも桜。大変気に入ったのが、「桜蒔絵十種香道具」(江戸時代・19世紀)。一重、八重と様々な種類の桜が舞う。細かい部分にも区別をつけているので、種類を考慮に入れつつ制作したのかも。花弁は、朱、金銀で彩られています。(以上、3/15〜6/19)
渦:狩野山楽「車争図屏風」(江戸時代・17世紀 屏風と襖絵 ―安土桃山・江戸 5/10〜6/19)は、群集が回る回るよ。押したり踏んだり倒れたり。動きが魅力を喚起する。歌川広重「阿波鳴門之風景」(江戸時代・安政4年 1857 浮世絵と衣装 ―江戸 5/17〜6/12)は、無数の渦が異形な感じで好み。でも、基本的には広重テイスト。(05/21訪問)

▼特集陳列「平成16年度新収品」 5月24日〜6月19日
決して悪くはないのだけど若干煮え切らない印象。「織部脚付角鉢」(江戸時代・17世紀)と「志野草図向付」(安土桃山〜江戸時代・16〜17世紀)はよかったですが。織部の図柄は、固定概念を超越。有機的なものを表しているような、でも回路に見えたり。解読不能。そこが高ポイント。「楼閣山水人物螺鈿屏風 」(明時代・16〜17世紀)は、中国で日本向けにしつらえた品で、稀少な例なのだそう。形状は、東洋館にある中国の螺鈿ものと変わりません。細かな螺鈿の線にて情景を描くという。

▼「松に鷹図屏風」(安土桃山〜江戸時代・16〜17世紀)の雛は、目付きが凶悪すぎ。

▼「L'Exposition de Paris 1889 1889年パリ万国博画報」「L'Exposition de Paris 1900 1900年パリ万国博画報」「鳥類図譜」(江戸時代・19世紀)は、東博が力を入れている部門(に見える)。最近、ここらの展示が多い。(05/27訪問)

04/15-05/29 江戸東京博物館

▼徳川幕府の終焉により、対照的な道を歩むこととなった二人の幕臣。歴史に翻弄された人生を、日記や書簡、周辺資料で振り返る。

▼4部構成。「1 旗本と御家人」「2 御一新―それぞれの選択」は、井上・川村の動きを同時進行で見ています。両人による明治元年日記あり。

▼道が枝分かれしてからは、個々の人生を辿って行きます。井上廉は、「3 内閣官僚として」歩んでいくのですが、印象に残ったのは夏目漱石の媒酌人だったこと。すまん。

▼反して、川村帰元は、長男の清雄が絡むこともあり、興味深い資料が散見されました。しかし、「女房の夜業(家計簿)」の中身は火の車だったりするので、興味本位は罪かも。
帰元は幕府の瓦解で出世の道を絶たれ、清雄に家督を譲り隠居することになります。その後の生活は「4 家の守り・次代への希望」へと繋がっていくのですが、とにかく金がありません。留学中の清雄のため、多額の借金をしていたり。帰国後、清雄が大蔵省御雇いとなっても、質屋や親戚からの借金で生活を送る有様。そして、清雄はあっという間に辞職。頼りになりません。不肖の息子です。でも、帰元は「川村清雄宛川村帰元書簡」(明治23年 8/29)にて、勝海舟邸で清雄が描いた肖像が評判になっていると新聞に掲載されていたことを知らせていたり。誇らしげな様子にほっと一息。窮状を示す資料から離れ、つかの間の安らぎというかええ話でした。やっぱり息子は可愛いということで。そんなこんなで不肖清雄ですが、帰元が亡くなった際に親不孝を詫び、古式に基づく葬儀を出したそうです。詫びは「川村帰元葬儀弔辞」にて確認。
清雄関連では、留学先・アメリカでの様子を報告している「川村清雄両親宛ネイ夫人書簡」(明治5 7/8)、作品販売形態が窺える「川村帰元宛松本常磐書簡」(明治38 3/5)、川村清雄御救助金の記事入り「海舟日記」(明治15 1/26)が、優れた語り部でした。ここでも金の話が含まれています。肖像画「伝川村龍水像」の展示もあり。

▼資料により、生き様や人となりが垣間見られたり想像出来たりしました。例えば、川村帰元は、経済的に恵まれないにも関わらず、時たま体裁を整える的行動をとったりする。元幕臣というプライドから来るのかな。とか。あと、日記や書簡って威力あるなと、思い知った次第。(05/28訪問)

▼めくるめく巨大模型。のっけから日本橋が出迎え、渡った先には江戸城や大名屋敷が広がっている。掴み所を心得ております。 稼動式模型もあり。時間が来ると、お姉さんの解説とともに動き出します。鹿鳴館の屋根が開けば舞踏会、ニコライ堂が輪切り状になったり。銀座煉瓦街は、一日の動きが早回し。終了後、人力車が逆戻し走行を見せていたのは御愛嬌。 時折現れる、体験もので遊ぶことも可能。印象に残ったのは肥桶担ぎですが。て、他のは浮かばないのか。ひとりツッコミ。 資料も豊富。模型の補佐役、付随品になっている部分が、若干あったりなかったりする気がしますが。

▼展示は、江戸ゾーン、東京ゾーン、通史ゾーンで構成。それぞれ気になった所をだらだらと。

▼江戸
町割り、人々の暮らし、産業、文化 両国橋西詰の模型など。賑わいの中で、釘付けになるのはやはり見世物。 北斎の画室再現模型は、部屋荒れ放題。室内には、83歳頃の北斎がいますが、随分と念入りな皺が顔に刻まれております。錦絵の完成するまでを再現したコーナーもあり。 江戸の料理本展示は、中身をつぶさに知りたい気分。「豆腐百珍」他のレシピ記載希望。イベントで料理再現をしてくれるとか。

▼東京
文明開化、関東大震災、空襲から戦後 「精リ水」の金ピカ看板。目薬、岸田吟香、劉生の実家つながりで印象に残る。劉生の作品でも傍らに置けば…と思ったのですが、そういうコーナーではなさそうなので。 馬鹿と煙は…パターンにのっとり、浅草凌雲閣(十二階)のとりこ。展示も、錦絵、写真、絵はがき等の資料と模型が上手くかみ合っており楽しい。原型が失われているにも関わらず、凌雲閣像を立体的に見せてくれます。ところで、煉瓦片は下町風俗資料館でも見かけましたが、あちこちで分けてるのだろうか。あと、当時のグッズ・手ぬぐいが欲しいです。 カストリ雑誌にはまる。緑のビキニで誘惑「アベック」、幼女がバスタオル姿で誘惑「女性犯罪」、転落女學生座談會・愛情は怪奇する・妙奇デカメロンって何?な「怪奇雑誌」、ヌードは欠かせない「獵奇界」、「官能」「快楽」「獵奇ゼミナール」。どさくさという名の荒地に咲いたドクダミ。 カストリから少年へ。少年サンデー、少年マガジンの創刊号(ともに1959年)展示あり。表紙は、サンデーが長嶋で、マガジンが熊さん系胸毛力士。サンデーには手塚治虫の科学漫画、マガジンには西鉄稲尾選手物語が掲載されているとのこと。

▼通史
記憶があやふや

▼全体の印象はとにかく詰まってる。詰め込んである。落ち着きがないっちゃーないのだけれど、落ち着かないまま飽きずに見てまわれる利点もあったり。(05/28訪問)

04/16-06/05 三鷹市美術ギャラリー

▼「油彩1 初期〜パリ・コミューンまで」「クールベと周辺の画家」「油彩2 パリ・コミューン以後晩年まで」という構成。大まかにいうと、頭と尻がクールベで、胴体はクールベ以外。

▼頭と尻は、肖像や風景。「オルナンの若い女性の肖像」に見られる、短く切られた爪と、作業に疲れたような手は、クールベの面目躍如。小品だけど、「トゥルーヴィルの黒い岩」が、理由不明に気に入りました。あと、一番の大物である「シヨン城」は、筆触がイメージと違ってて、そこら辺楽しんだり。

▼胴体は、周辺の画家たちによる風景画など。オルナン付近を描いていたり、タッチにクールベが憑依していたり。フランソワ=ルイ・フランセ「釣りをするクールベ」、ニコラ・フランソワ・シフラール「ギュスターヴ・クールベの肖像」、ケルビノ・パタ「クールベの寓話的な肖像」と、クールベ像が見られたり。ちょっと異色な存在だったのが、ビュッフェの「クールベのために、ヴェルドン川の峡谷」。作風は、どこまでいっても何から何までビュッフェでした。その他、共同作品があったりします。クールベ「仕上げとサインはやるから。その前の工程はよろしく」「はい、わかりました」というやりとりがあったとかなかったとか。て、今、作ったんですけど。
この部位を、単なる穴埋めとみるか、クールベを感じる為の生きた資料とみるかで、展覧会に対する評価が乱高下するかと思われます。甘くいくか辛くいくか。

▼最後に展示されていたのは、ロベール・フェルニエ「クールベのためのオマージュ」。「出会い、こんにちはクールベさん」をモチーフとし、アレンジを加えた作品なのですが、つまり、この展覧会は「クールベ展」ではなく「クールベのためのオマージュ展」であるというメッセージなのでしょうか。まさか、「魅惑の17-19世紀フランス絵画展」の前座って自己申告してるんじゃーなかろうね。三鷹と新宿はすぐだし。それにしても、ラストがクールベじゃないとは。助走に入る間もなく、倒れこんだ気分。(05/28訪問) ドアの上に作品を展示する豪快さが見られました。

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巡回:06/12-07/24:新潟市美術館 07/30-08/28:豊橋市美術博物館 09/15-09/27:大丸ミュージアムKYOTO 10月開催予定:大丸札幌店7階ホール 11/12-12/25:北海道立帯広美術館 2006/01/07-03/21:大分市美術館

前期:04/23-05/29 後期:05/31-07/03 板橋区立美術館

▼前期:探幽から暁斎まで、江戸狩野派の流れを概観。養信「鷹狩図屏風」(鷹はどこだ?)の俯瞰構図と、細かく描かれた風景がツボでした。尚信「大原御幸・富士見西行図屏風」(平安のものがたり)は、空間・対比を活かしつつ、洒脱な筆捌きで締め。
畳敷きの「お座敷コーナー」では、素っ裸状態の屏風を鑑賞できます。大御所・探幽があったりするのだけど、いいんですか。突然の眩暈で屏風に激突とか。ツバがびっちりかかるとか。恐怖の想定なんて、知ったこっちゃないのでしょうか。きっと太っ腹なのですね。そのおかげで、ケース入りでは得られない、画面の広がりを体感出来ちゃったりするのですが。(05/29訪問)

▼後期:前期同様、流れを概観。印象に残ったのは、英一蝶「士農工商図屏風」(身分が違うぞ)。画面に、様々な身分の人々が集う楽しい作品。医者と法師が蹴鞠をしていたり、随所に洒落がきいています。それと、暁斎は群を抜いて上手いなと。即興の「骸骨図」(ホネ・骨・ロック)から、描き込んだ「鍾馗二鬼図」(鍾馗の小鬼退治)まで。何でもござれ。
「お座敷コーナー」では、狩野永叔のリバーシブル屏風が見られました。小禽図は見たことあったのですが、鶴図の方は初めて。両方見られる利点もあるのだな。小鳥と鶴の群れに間近で囲まれ至福。(07/03訪問)






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