2002年1-2月

あの世の情景 −描かれた地獄と極楽−
2001/12/01−01/06 板橋区立美術館

▼江戸時代の地獄図と極楽図を集めた展覧会。
薄暗い通路には血を思わせる飛沫、出入口にはのれん、地獄図の周囲は黒、極楽図は金色で統一。工夫の跡はよくわかるが、どことなく手作り風の演出が泣かせます。

▼まず、入口に鎮座いたしますのは「臨終行儀」の模型。見たことあるなと思ってたら、昨年「異界万華鏡」展で遭遇していました。ついでに、出品作も一部重なってたり。

▼地獄図は、画面狭しとトグロを巻く炎と血、閻魔さまや鬼の赤が目に眩しい。その中で人々は、釜茹でにされたり、獣に喰われたり、身体引き裂かれたり、縛られたり。あらあら、肉片が。
こういうものを観ていると、内部に眠る黒々とした嗜好が頭をもたげてくるよう。本来は「地獄に落ちると、こんなひどい目に遭うぞ。だから、悪事は働かないこった」という目的で描かれたらしいのですが、劣情をチクチクと刺激され、心躍らされる始末。逆効果。

▼対して極楽図は、刺激が足りません。いや、極楽ですからそれでいいのでしょうが。
筆の方も、地獄図の方がはるかに進んでる感じ。極楽図は、魂抜けた作風…あぁ、極楽に行ったら、とうに魂は抜けてるのか。て、オチがつまらなすぎ。

▼ともあれ、残虐場面が細々とちりばめられた地獄図は、かなり楽しめました。年明け早々地獄とは、縁起がいいこと。嘘。(01/06) 作品:六道絵より「地獄 阿鼻城」


ソニア・ドローネ
01/05−03/10 うらわ美術館

▼油彩、グアッシュ、版画、本、スカーフ、タペストリーなど、約130点の展示。画家であり、デザイナーでもあったソニア・ドローネの全体像をみることができます。

▼どの作品にも、鮮やかな色彩や配色が踊っています。たくさんの色に囲まれる感覚が楽しい。でも、絵は後ろに引いて観ないと、少々ツライ…かな。個人的には、絵画より衣装や布のデザイン画、テキスタイル、スカーフの方が「ハマッてる」感じがしました。彼女の色や形が、より生き生きするように思います。

▼チケットやチラシが丸い形で、すごく可愛い。こういう演出、好きです。(01/26)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
巡回:04/06-05/19 北海道立函館美術館
05/25-06/30 いわき市立美術館
07/06-09/08 東京都庭園美術館


チャルトリスキ・コレクション展
01/19−04/07 横浜美術館

鳥:「案外すいてたね。いい日に行ったかも」
鱸:「日曜なら、こんなものだろう程度の人出。午前中の悪天候の影響か?」
鳥:「それでもさすがに、ダ・ヴィンチの『白貂を抱く貴婦人』の前は人垣がすごかった。まぁ、しばらく待てば、作品全体が拝める位の込みようでしたけど」

鱸:「やっぱりダ・ヴィンチはテクニシャン。ダ・ヴィンチ全般にいえることだけど、服のしわの表現が上手い。あと、昨日描いたような保存のよさと、顔や手が綺麗な形をしているのが印象に残った」
鳥:「確かに布がなめらかだった。それと、色も綺麗でよかった。『本物は、こんなに色がにごってるの?ちょっとがっかり』みたいのが、たまにあるから。まぁ、ダ・ヴィンチだし、それはないか」

鱸:「『白貂…』一点で、一部屋使用。あ、あと、長々とした説明文があった。ところで、あれ必要なの?技法なんか知ってどうするんだ?」
鳥:「知識を欲しがってる人って多いみたいよ。需要と供給」

鱸:「他の絵画は、素朴にみえた」
鳥:「工芸は凝った細工で美しい。馬装具一式ってのもあった」

鱸:「ところで、白貂の部屋以降はガラガラだった」
鳥:「工芸と17−19世紀以降の展示室。あと、常設展も寂しいもの。ダ・ヴィンチ観たら帰っちゃうのかな?それとも、ダ・ヴィンチで止まってる?」

鳥:「関係ないけど、表の看板に書かれてた『白貂ぬいぐるみ』っつーのは何?すごいグッズだ。なぜか置いてなかったけど」
鱸:「ダ・ヴィンチとぬいぐるみって凄まじい取り合わせだな」(01/27)

鳥:暇な管理人 鱸:一緒に行った友人


「馬へのオマージュ」展
12/04-02/24 東京都写真美術館

▼馬の写真を中心とした展示。この展覧会では、様々な視線で捉えられた馬の姿を観ることができます。

▼馬の連続写真は、科学の視線。「脚はどのように動いているのか」という、長年の疑問を解いてみせました。
馬の姿が当たり前のように溶け込んだ風景写真は、日常の視線。馬が身近な存在だった頃の写真たち。観ると、なぜか郷愁に誘われます。
さらには、身体に浮き出る血管や筋肉が美しい調教中の馬、物憂げな表情を浮かべるメリーゴーランド、死の匂いが充満する解体場など、視線は定まることなく馬を捉え続けていくのでした。

▼そうして印画紙に閉じ込められた馬たちは、クルクルと表情を変え同じ顔を見せることがない。それが不思議で面白く、時に物悲しい。観た後、ちょっぴりセンチになった冬の夕暮れなのでした。意味不明。

▼話しは変わりますが、操上和美の作品(むき出し状態)ににじり寄ったら、角に座ってるおじさんが飛んできましたとさ。心配しすぎ。あと、スティーグリッツの「終着駅」が印刷物でがっくり。印刷といっても、「カメラワーク」という由緒正しき雑誌に掲載されたものみたいですが。でも、やっぱり生が観たかった。この写真、手に入りにくいのでしょうか。(02/07)

特別協力:エルメスということで、馬スカーフ売ってます。受付のお姉さんも首に巻き巻きしてました。それから、エルメスに代々伝わる巨大木馬も展示されてます。たてがみが超ロング、しかも生毛で、お菊人形を彷彿とさせる一品です。いえ、可愛いんですけどね。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
巡回:03/16−05/26 神戸ファッション美術館


ナジェージダ 本橋成一写真展
01/20-02/11 東京都写真美術館

▼チェルノブイリ原発事故で放射能に汚染され、地図からも消えた村。その村に、今も暮らし続ける人々を撮影。「無限抱擁」「ナージャの村」「アレクセイと泉」と、三部作の展示。

▼汚染された土地で繰り返される日々の営み。農作業をする逞しい手。村に残る人々が力強く生きる姿。背後に広がる何かが抜け落ちたような風景。人間の強さと、壊してしまった取り返しのつかないものが、写真の中にはこめられていました。

▼被写体である村人たちには、感銘を受けました。それは確かです。でも、作品自体は正直苦しかった。批判や否定的意見は「人として」タブーであり、感じ方に「正解」がある作品。そんな制約を(勝手に)感じてしまい、観てる間中「どんな風に感じればよいのでしょうか」と、お伺いをたててる自分がいた。
こんな感覚で観てしまったのは、多分私がひねくれすぎてるからです。ごめんなさい、としかいえません。(02/07)


芳年・暁斎・年方−幕末・明治に活躍した国芳系の絵師−
02/05−02/28 03/05−03/31 太田記念美術館

▼歌川国芳傘下の月岡芳年、河鍋暁斎、芳年門下の水野年方の浮世絵展示。少しだけ肉筆画もあります。3人の他に、歌川国芳の浮世絵、肉筆画の展示も。

▼観るたび楽しませてくれるのが暁斎。一見普通にみえても、細部には遊び心や微かな毒気が。そんな洒落がきいてる所がたまりません。可愛らしいヒナたちが遊んでるわー、よーく見るとトカゲの死骸を引っ張り合いっこ、あらあら。それから、生き生きした線も魅力のひとつだなーと思ったり。

▼血みどろ絵師で有名(?)な芳年は、生首ゴロリの作品が出てました。サーローメー。ところで芳年って、女の微妙に淫靡な表情を捉えるのが上手いですね。

▼水野年方は、門人に鏑木清方がいたという事実に深ーく納得の作風。美人画です。

▼国芳系といっても、一括りにし難い感じ。根っこは国芳でも、全く別の場所から3つの芽が出、各々違う色の花を咲かせたという印象です。それでも、芳年と暁斎の花は同系色なのだけど、年方は色合いさえ違う、それはそれは美しいお花を咲かせていたのでした。
どの花を愛でるかは、観る側の好み。個人的な好みは、河鍋“デーモン”暁斎です。(02/09) 作品:「暁斎楽画」より兎図


未完の世紀 20世紀美術がのこすもの
01/16−03/10 東京国立近代美術館

▼同館の所蔵品を総動員し、他美術館などからも作品を借りて、東京国立近代美術館の常設展を再現したという趣き。前に何度も見た光景が、会場には広がっていました。懐かしい。以前から常設展でお馴染みさんだった作品も多く、これまた懐かしかったです。

▼テーマは「近・現代全部」。(本当はテーマが細かく設けられています)とにかく何でもあります。何というか、観た後、5枚組のオムニバスアルバムを一気に聴いた感覚に陥りました。アルバムの中には、気に入らない曲も入っているのだけど、いい曲を初めて知ることも出来た。値段の割に曲数(作品数)も多いし、もしかして儲けものだったかも。そんな感じです。ようわからん例えですが。

▼この展覧会は、リニューアル・オープン記念で開かれたもの。それが昔懐かしな展示になったということは、「うちは変わりません」という決意の表れなのでしょうか。んなことないって。(02/22) 作品:岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」


古代アメリカの動物デザイン
02/23−04/07 たばこと塩の博物館

▼動物をかたどった壺、土偶、織物などの展示。地域は中南米、時代は紀元前から15世紀頃までと幅広いものです。

▼この展覧会は、とにかく面白いです。平たくいうと、プリミティブな魅力が満載。ちゃっちい理屈があっさり吹き飛ぶ造形や、表面を埋める模様が楽しくてしょうがない。ずーっと観ててもあきません。どことなくとぼけた動物たち、何頭か連れて帰りたかったなぁ。

▼最後に。壺の根っこに脚が生えていてもいいじゃないか。ベタですんません、本当に生えてるんです。(02/24)


ウィーン分離派 1898-1918 クリムトからシーレまで
01/02−02/24 Bunkamura ザ・ミュージアム

▼絵画にとどまらず、ポスター、建築、彫刻、家具など多彩な展示で、ウィーン分離派の活動を振り返る展覧会。分離派が海外の美術を紹介していた流れで、印象派などの作品もありました。

▼会場内は、どことなく散漫な雰囲気。その雰囲気は、ウィーン分離派全体をかき集め、箱の中にポンと置いただけというゆるゆるな展示が醸し出していたような。分離派は「展示そのものも総合芸術というコンセプトだった」らしいのに。

▼あと、「クリムトからシーレまで」というサブタイトルに期待を持ってしまったのはいけないことなのでしょうか。クリムトの「パラス・アテネ」とか来てるんですけど、どうも物足りなかったです。(02/24)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
巡回:03/05−04/21 島根県立美術館






topback